プロローグ
5年、日数にして1826日だ。
あの日から、俺は夜遊びをすっかりやめた。
もう、誰と寝ても満たされることはないと思ったから。
それから、今は家を出て保育士になった。
元気な子供達のお世話をしながら、
今日も普通の人の振りをして、
生活している。
お前は今、何をしているのだろうか。
もうあの日の痕は消えてしまったのに、
勝手に終止符をうったつもりでいた俺の感情は未だに根強く残っている。
「せんせぇ。」
ひとりの男の子が俺のエプロンの裾を引っ張って半べそをかいている。
抱っこして背中をさすってやると、しばらくして安心したように寝息をたてた。
子供だなぁ。
俺はこの保育園で愛しいかけらを拾い集めてるのかもしれない。
「きゃぁぁああ」
突然、広場の方から叫び声が聞こえた。
今は年長さんの子たちが遊んでるはずだ。
誰か怪我をしたのかもしれない。
俺は慌てて外へ出た。
でも、そこに居たのは、
怪我をした女の子でも、
イタズラ好きの男の子でもなく、
俺の愛しいひとだった。
「おまっ...え?」
彼はきっちりとネクタイを締めて、
片手には大きな薔薇の花束を抱えていた。
周りの園児たちは「イケメンのお兄さんだ!」
なんて、口々に騒いでいる。
「好きだから、迎えに来たよ。」
そう言って、彼は俺の前に片足で跪く。
「勘違いなんかじゃない。ずっと前から、愛してる。これからもずっと。」
大きな薔薇の花束が俺の前に差し出された。
まただ。やっぱりこいつは、
俺の感情をこうやって何度も揺さぶるんだ。
気づけば涙が
いつかの俺の感情も。
「俺でいいの...?」
「咲也さんだから好きなんだ。」
彼は俺がいままでみたなかで1番輝いた笑顔で言った。もう何年も見ていなかった、俺が大好きなあの笑顔だった。
「せんせぇ、泣き虫になっちゃったー。」
不思議がる園児達の声に囲まれて、世界で1番綺麗な薔薇を俺は受け取った。
。
。
。
。
騒ぎになったのをなんとか片付けた俺は、騒ぎを起こした犯人の助手席に座った。
彼は俺が仕事を終えるのを待って、
俺が1人で住んでいるアパートまで送ってくれるようだった。
家に着くまでの間、じりじりとしたもどかしさでどうにかなりそうだった。
「
もう、何年もちゃんと話をしていなかったから、どう話せばいいのかわからない。
俺も彼も、焦れったさで部屋まで向かう足が速まった。
そして、
玄関の扉が閉まった瞬間、
せき止められていたなにかが弾け飛んで、
互いに深いキスをした。
何度目かのキス。
でも、3度目のキス。
彼は笑った。
「お前が愛しい。」と
ずっと好きだったのは俺の方だ、って
言いたかったけど、言葉に出来ない感情が流れ込んできて、それを許してはくれなかった。
いつか言おう。
いつかちゃんとお前に話そう。
俺が隠していたこの感情を正直に。
「ごめん」と「ありがとう」を正直に。
そして聴かせて欲しい。
お前のことを全部。
俺たちは、あの日をやり直すかのように、
長い長いセックスをした。
ねぇ、聴いて。
これは、俺と愛しいこいつの物語。
俺と、
俺の腕のなかで眠る世界一愛しいこいつの、
これからはじまる物語。
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