エピローグ

「父さん、おはよ」

 俺はあれから、中学の受けられなかった分の授業内容をフリースクールで学びなおした。

 頭は比較的いい方だったので、すぐに習得することが出来た。

 今年から、皆より一年遅れで俺は高校一年生になった。

「勇気、おはよう」

 父は仕事で現実逃避をすることを辞めて家に帰ってくるようになった。

 見慣れない父のエプロン姿に朝から笑いが込み上げてくる。

「母さんのエプロンは流石に可愛すぎない?」

「これしかないからな」

 俺の指摘に父は少し頬を染めながら言った。

 テーブルには焼けたトーストと目玉焼きが並べられていた。

 俺は「いただきます」と言ってからトーストにかぶりついた。

 ニュースは今日も暗い話ばかりだった。

 俺は口の中に残ったパンを流し込むように牛乳を一気に煽った。

「ごちそううさま」

 俺は食べ終わった食器を流しに置いて水に浸した。

「父さん、俺、今日友達と飯行くから夜いらない」

 書斎でスーツに着替えてネクタイを絞めていた父に声をかける。

「そうか。父さんも研究が山場だから今日は帰りが遅いかもしれない」

「うん、知ってる。だから食べて帰ってくる!ご飯作りに一旦帰って来なくて良いってこと!父さんは、研究に専念して!」

 申し訳なさそうに言う父に俺は照れ隠しでそう言うと、父も嬉しそうに少し微笑んだ。

 俺はブレザーを羽織って、リュックを背負ってから玄関に向かう。

 父さんが急いで書斎から出てきた。

「忘れ物ないか?」

「うん。ないよ」

「そうか」

 父さんはボサボサの頭を掻きながら言う。

「行ってきます」

「あぁ、行ってらっしゃい。気を付けて」

 俺が笑顔で言うと、父さんも少し微笑んで言った。

 玄関を開けてから俺はふと、思い出したように父さんを見る。

 いきなり振り返った俺に父さんは不思議そうな顔で首を傾げた。

「父さん、髭は剃ったほうがいいよ。研究所の女性に不潔って嫌われちゃうよ」

 俺は舌を出してから滑り込むように玄関の外に出た。

 閉まりかけている玄関の向こうから父さんの「生やしてるんだ!」という声が聞こえた。

 俺はいたずらした子供の様に笑って、玄関先に吊るしてある二つの風鈴を見た。

「母さん、クラージュ、行ってきます」

 僕が声をかけると、どこからか風が吹いて高く綺麗な音が二つ響いた。


                完

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