五日
5日/14日
今日は昨日約束したプールに行く。
早めに行けば空いていると思い、今回も開園と同時に入場した。
チケットを買う際にクラージュは何に分類されるのか分からなくて一応小学生のチケットを買った。
保護者がいないと小・中学生は入れないプールもあるらしいが、うちのプールは特にそんな規制も無く入場出来た。
「久しぶりにプール来たけど、暑すぎてプールに来る人も減ってるのかな?朝早いと言っても人少ないね」
僕は周りを見回してから言った。
皆のブルーシートが日陰に収まるくらいしか人がいない。
「クラージュはどこ行きたいとかある?」
僕が試しに聞くと、クラージュは昨日見せてくれたクシャクシャの紙を再度見せてきた。
「これ!!!」
クラージュが指さしたのは紙一面に印刷されているウォータースライダーの写真だった。
ウォータースライダーは自分たちの位置からも見える程高く、今は人が並んでいない様に見えた。
「い、行くか」
人生初のウォータースライダーに少し緊張するが、クラージュがやるなら僕もやってみようかなという好奇心もあった。
こんな時くらいしかやらないだろうし、僕には米粒並みだったとしても少しの勇気があること、この間の花火大会で知ったから、きっと出来る。
ウォータースライダーの入り口にいた係員さんに声をかけると、待ち時間0秒でできることになった。
僕は、どんな雰囲気なのか知りたくて、下でクラージュが滑るのを見ることにした。
「ヤマダ!行くよ!」
僕が下に降りたのを確認してからクラージュが声をかけてきた。
僕は声の方を見上げて、手を振り返した。
クラージュは係員さんに軽く説明と指示を受けてから入り口に吸い込まれる様に消えた。
「え、早……」
途中にあった下半分しか壁のないところをクラージュが通り過ぎる速度が尋常じゃなく早かった。
ヒュンっ!バシャ―――――ン!!!
この高さがあるにも関わらず、クラージュは既に僕の目の前にある水溜めにいた。
「え、いや、え?」
僕は困惑しながら、水中から上がってこないクラージュを引っ張り上げた。
「めっちゃ早くね?」
僕は持ち上げたクラージュに声をかける。
「これ、あれだ。酔う」
恐怖こそ感じてはいなさそうだったが、クラージュは目を回していた。
これは、死ぬ……。
僕は直感でそう思った。
しかし、上にいた係員さんは僕を逃がしてはくれないようで、上から僕の名前を呼んでくる。
先程、クラージュが大声でヤマダと呼んだせいで覚えられたのだろう。
山田なんてありきたりな名前を僕は改めて嫌いになりそうだった。
「ヤマダ、自分も滑ってるとこ、見たい」
上にいる係員さんと手元にいるクラージュに挟まれて僕は逃げ道を失った。
諦めて階段を昇り、僕は入り口の前に立った。
「本日、体調の方は大丈夫ですか?」
毎回一応確認しているのだろ質問を流れるように聞かれた。
「さっきの見て、死を覚悟しています」
僕は日頃のコミュ力の無さが嘘の様に冗談をかませた。
「じゃあ、大丈夫ですね!降下中は手は胸の前でクロスしててくださいね!引っかかったりしたら危ないので、絶対にそのポーズは崩さないでください!」
係員さんの笑顔が段々捕食活動前のシャチに見えてきた。
こんなにかわいい顔しているのになんて怖い笑顔を浮かべているんだ。
僕はちびりそうになるのを我慢して係員さんの「それでは、いってらっしゃ~い!」の合図と共に入り口に飛び込んだ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
せっかく治った喉がまた枯れそうなくらいに大声が出た。
声を出すのが止められない。
止めた瞬間に意識を飛ばしそうだ。
目の前をグルグル回る黄色い壁にクラージュが言っていた酔うを思い出した。
これは、確かに酔いそう……。
そう思った瞬間に僕の視界は急に空を映した。
ここは……どこだ……?
一瞬だけ見えた綺麗な青空は、僕にはスローモーションに映っていた。
ザバ――――――――――ン!!!
次の瞬間、僕の視界は水に覆われていた。
綺麗……。
揺れる水に合わせて乱反射する太陽の光がとても神秘的で、僕はずっとこの光景を見ていたいと思った。
家にある風鈴の中はこんな感じになっているのだろうか?もうすぐ一週間経つから、風鈴……取りにいかないとな。
僕はクラージュが作った風鈴をまだ見ていない。テーマは思い出と言っていた。早く見たいな。
僕はゆっくりと水面に浮かび上がっていて、気づけは神秘的な景色から綺麗な青空の風景に戻っていた。
口の中に入った水をぴゅーと水鉄砲の様に口から出して上半身を起こした。
「ヤマダ!生きてた!」
クラージュは足が届かないから平泳ぎで僕に近づいた。
「ククッ」
僕は堪えようとしたが収まらなかった。
「あははははははは!!!ははははは!!!」
怖かった。すごく怖かった。本当に死ぬかと思った。恐怖に支配されていた気持ちが一気に解放されたことで尋常じゃない安心に襲われた。
僕は笑いが止められず、涙が出る程笑った。
「ヤマダ、壊れた!!!」
クラージュは急に笑い出した僕に困惑してバタバタしていた。
勇気を出してウォータースライダーをやってよかった。
もしもやっていなかったらこんな感覚も、気持ちも知らなかった。
特別な体験をした。
「ご、ごめん!ぼ、く、怖くて……安心したら急に、笑いが、こみ上げて来て……ククッ」
僕はお腹を抑えながら笑い続けた。
僕が壊れた訳じゃないことが分かったクラージュも落ち着いて僕を見ていた。
「ふふっ。もう、出ようか!」
僕はプールサイドに向かって泳いだ。
僕に続いてクラージュも泳ぎだす。
僕たちの様子を見に来ていた係員さんに僕たちはお礼を言ってウォータースライダーを後にした。
「楽しかったね!僕、ウォータースライダーって初めてやったけど、あんなに楽しいんだね!やってよかったよ。誘ってくれてありがとう」
僕はクラージュに感謝を伝えた。
クラージュは日焼けなのか照れなのか、頬が少し赤くなっている様に見えた。
その後、僕たちは流れるプールでのんびりした時間を過ごした。
昼が近づくに連れてどんどん人が増えた。
「屋台混む前にお昼にしよっか?」
僕はクラージュが入っている浮き輪の端っこに寄っかかりながら真ん中に建っているデジタル時計を見た。
11時。お昼には少し早いが、プールの屋台は12時を過ぎると急に込み始める為、少し早めくらいが丁度いいと父が言っていたのを思い出した。
その後小腹が空いても3時か4時、その時にはもう屋台は空いているから、と。
僕の提案に半分寝かけていたクラージュは勢いよく上半身を起こした。
「やたいって何!?」
クラージュは耳だけ僕の方を向けたので、僕はクラージュが入ったまま浮き輪をプールサイドに引っ張った。
そのままクラージュを先にプールサイドに持ち上げてから、浮き輪、最後に僕の順でプールから上がった。
「屋台っていうのは……なんて説明すればいいんだろ?まぁ、見れば分かるよ!」
僕がそういうと、クラージュは光のない目を輝かせて「早く行こ!」と言って、僕の手を引っ張った。
僕は屋台では必ずケバブを食べると決めていたので、浮き輪をブルーシートに置いてから一直線にケバブも置いている屋台に向かった。
「ヤマダ、それにする?」
僕が屋台のメニュー表の前にいると、クラージュが手を引いて聞いてきた。
「うん。クラージュはどうする?焼きそば?ハンバーガーもあるよ?」
僕が聞くと、クラージュは困り顔をしてメニューと睨めっこを始めた。
少しして、「ヤマダと同じの」とクラージュは言った。
僕は「分かった。味は?」と聞くとクラージュは「おまかせ」と答えた。
プールで騒いで疲れたのか少し眠そうに見えた。
「分かったよ。僕と同じのね」
僕は誰も並んでいない屋台のレジに行き、ケバブの甘口を二個とコーラのLを一つ頼んだ。
クラージュは半分閉じた瞼を擦りながら僕の手を握っていた。
店員さんは気を利かせてくれて、ケバブをビニール袋に入れてくれた。
左手にクラージュの手を握り、右腕にケバブの入っているビニール袋を提げて、右手にコーラを持ってブルーシートに向かった。
「クラージュ疲れた?食べたら帰る?」
僕が聞くと、クラージュは首を横に振った。
「まだ、帰らない。でも、眠い。でも、お腹空いた」
色んな欲求がクラージュを襲っていた。
ケバブは袋に入っているし、最悪起きてからでも食べられる。
僕は、ブルーシートに着いてすぐにクラージュに膝枕をして寝かせた。
日焼け防止の意味も込めて顔にタオルをかけてあげた。
僕はケバブを食べ始めた。
足がしびれる前に起きてくれるといいんだけどな。
なんて呑気なことを考えてから、もう一度クラージュの顔を見る。
山登りの時は体力に限界なんて無いと勝手に思っていたけれど、クラージュも疲れるんだなと思った。
なんだか、クラージュが最近人間らしくなってきていて微笑ましい。
このまま人間になってくれたりしないだろうか。
僕は改めて自分のクズさに驚いた。
傍にいて欲しいとは思うけど、クラージュの夢を奪ってまで傍にいて欲しい訳じゃない。
クラージュに夢があるならそれを叶えて欲しい。
友達ならそう思うはずだ。
僕がケバブを食べ終わる頃にクラージュは目を覚ました。
「おはよ」
僕がかけていたタオルをどかしながら声をかけると、クラージュは先程の疲労が一切嘘の様に元気な顔をしていた。
「ヤマダ、おはよ!」
起きると同時にクラージュはビニール袋を漁ってケバブを食べ始めた。
初めての食べ物に光のない目を輝かせて食らいついていた。
ケバブを食べる度に具材を溢す僕と違い、クラージュは綺麗に食べ終えた。
僕が飲みきれなかったコーラも飲み干して、クラージュはふぅと一息吐いた。
「お腹いっぱいになったら今度は僕が眠くなってきたよ」
僕はブルーシートに寝っ転がりながら言う。
食べてすぐに寝るのは体に良くないから日頃はやらないが、プールで体力を消費した今は許して欲しい。
僕は真上にある木々の隙間から空を見上げた。
数時間前に見上げた青空より、白が多くなっていた。
「この後何する?」
僕は空を見上げたままクラージュに聞いた。
「あれやりたい」
僕は上半身を持ち上げてクラージュの指さす方を見た。
そこには、射的の水鉄砲Ver.みたいな屋台があった。
花火大会に連れて行ってあげられなかった後悔がずっと残っている僕は、ここで出来る屋台を全部体験させてあげたいと思った。
「いいよ。やろ」
僕は立ち上がってクラージュに手を差し出した。
クラージュは右手に握っていたケバブのごみをビニール袋に入れてから僕の手を取った。
片手でクラージュを持ち上げると、僕たちはそのまま屋台に向かって歩き出した。
「ケバブ美味しかった?」
「うん!そうすがおいしかった!」
「やっぱり?僕もあのソース好き」
日頃食べられない特別感も相まってケバブは本当に美味しい。
屋台の店主に二人分お願いして水鉄砲を受け取った。
ルールは簡単で、足元の線から景品目掛けて水をかけて濡れた紙が切れたら景品ゲットという感じだ。
僕たちより前に何人も挑戦しているのか、紙は結構濡れていて、既に景品が無くなっている物もあった。
ルールもルールなので、景品も大した物は無かった。
僕は一番簡単に取れそうな水鉄砲のセットの奴を狙った。
僕が今持っているものと同じものが袋に入っているので、もしかしたら一番定価が低いかもしれない。
僕は水鉄砲の中身が無くなるまで同じ紙に勢いのある水をかけまくった。
景品は無事に取れたが、見た目の濡れ具合よりも獲得に手こずった。
店主から景品を受け取って、クラージュの方を見ると、クラージュは可愛い河童のぬいぐるみを受け取っていた。
「可愛い河童だね」
「かっぱ?」
僕が言うと、クラージュは首を傾げた。
「そう、河童。そのぬいぐるみの名前だよ」
僕がぬいぐるみを指さして改めて言うと、クラージュは嬉しそうに河童!河童!と言っていた。
僕は景品で貰った水鉄砲を袋から出して、水道で水を補充してから、フリースペースでクラージュと遊ぶことにした。
「クラージュ、見てて」
僕はそう言って、水鉄砲で放物線を描きながら何度も水を放った。
すると、水が放たれている間だけ虹が出来ていた。
「キラキラしてる……」
「これは、虹だよ」
「にじ……」
クラージュは虹に見惚れてあほ面で見ていた。
スコッ、スコッ。
ずっと見せてあげたかったが、すぐに乾いた音がして、水が空になってしまった。
「水、補充してくるね」
僕はそう言って水道に向かった。
水を補充してすぐに戻ると、クラージュも虹を作って遊んでいた。
「ただいま」
「おかえり!」
戻ってきたら今度はクラージュの水鉄砲の中身が空になってしまった。
結局もう一度水道に向かった。
フリースペースに戻って来てから、僕はクラージュに水鉄砲を向けて水をかけた。
「うお!?」
クラージュはいきなり飛んできた水に驚いて僕の方を見た。
僕が再度水を飛ばすと、クラージュは状況を察したのか、クラージュも僕に向かって水を飛ばしてきた。
「つめた!?」
水が足に当たったが、意外にも冷たかった。
もしかしたら、プ炎天下にさらされ続けているプールの水よりも冷たいかもしれない。
僕は負けじとクラージュに水をかけた。
「わぁ!!!」
「つめた!!!」
「くらえ!!!」
「やったな!!!」
僕とクラージュは何度も水を補充してお互いの水を掛け合った。
「は、はぁ。はぁ、ちょっとタンマ」
僕は今も水をかけてくるクラージュに掌を見せて降参を示した。
クラージュは僕に水をかけるのを辞めて走って近づいてきた。
「ヤマダ、疲れた?」
膝に手をついて地面を見ていた僕の顔をクラージュは覗き込んだ。
「ちょっと、笑いすぎて、疲れた。お腹、痛い」
僕は未だに零れる笑い声を抑えようと手で口を押えた。
「ヤマダ、楽しい?」
「うん。楽しいよ。クラージュは?」
「自分、楽しい。来て良かった」
僕は今までに何度も聞いたその言葉に笑顔で答えた。
「そろそろ帰ろうか」
僕は上半身を持ち上げてクラージュに言った。
「満足した、いいよ」
クラージュの返事を聞いてから僕は水鉄砲の中身をその場に捨ててブルーシートを目指して歩き出した。
水鉄砲の入っていたビニールをケバブのごみが入っているビニール袋に一緒に入れて、屋台のごみ箱に捨てた。
敷いていたブルーシートと空気の抜いた浮き輪を入れてきたビニール袋に入れて更衣室に向かった。
「楽しかったなぁ」
更衣室に向かう道中、僕は余韻に浸る様にもう一度呟いた。
「自分、楽しかった。やりたかったあれも出来たし、みずでっぽうも楽しかった!」
クラージュは後ろに指さしながら言った。
指さした方を見なくても分かる。そこにはウォータースライダーがある。
「僕も、ウォータースライダー出来て良かったよ。誘ってくれてありがとうね」
僕は改めて感謝を伝えた。
クラージュは頬を赤く染めて照れていた。
更衣室に到着して、僕たちは二人で使っていたロッカーの鍵を開けた。
元々クラージュは全裸なので、入れる荷物が僕の分しかなかった。クラージュの荷物は水筒と麦わら帽子しかない。
既に乾いているが、一応バスタオルでクラージュの体も拭いた。
僕は着てきた服に着替えて、濡れた水着はブルーシートと同じ袋に入れてリュックに詰めた。
「また来たいね」
更衣室を出てバス停に向かう途中で僕は口をついてしまった。
「ご、めん」
僕は自分の失言に気づいて口を手で押さえた。
「また、遊びに来る。その時、また、連れて来て」
クラージュは地面に顔を向けたまま言った。
「う、うん。絶対、絶対行こ!約束!」
クラージュの言葉が嬉しくて、僕は声を上げた。きっと今の僕はいつものクラージュよりも目を輝かせていただろう。
クラージュは僕の方を見て、僕の真似をして小指を突き出した。
指が四本しかないからそれが小指なのかも分からないが、僕は差し出された小指を自分の小指で絡めとって指切りをした。
「おまじない!」
僕は、困惑しているクラージュに笑顔でそう伝えた。
「おまじない」
クラージュも嬉しそうに僕の言葉を繰り返した。
「あ!クラージュ!バス、もう来てるよ!」
僕たちは既に到着しているバスを逃さないように急いで乗った。
あまり混んでおらず、僕たちは二人席に座ることが出来た。
「ふぅ」
僕は一息吐いてからリュックの中に入れていた水筒を取り出して水を飲んだ。
クラージュも隣で水を飲んでいた。
クラージュに持たせている水筒は僕が小学生の時に使っていたお子様用の水筒なので、一回一回コップに出さないと飲めない。
手間がかかるが、クラージュはこの手間を楽しんでいた。
バスが出発して僕は窓の外に視線を移した。
「ヤマダ」
隣から小声が聞こえて僕はクラージュの方に視線を戻した。
「今度は、自分が連れて行く」
いきなりの発言になんのことか分からなくて僕は首を傾げる。
「今度、自分の見つけた場所、連れて行く。そのために、船の修理、集中する」
その言葉を聞いてやっと理解した。
クラージュはあのロケットを直すために山に籠ると言いたいのだろう。
僕は、どこに連れて行ってくれるのか、あのロケットに乗れるのかという期待と、もうすぐ来る別れを実感した寂しさで複雑な気持ちが胸を締め付けた。
「あ、うん。分かった」
やっと絞り出せた言葉はとても素っ気ないものになってしまった。
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