ひと夏の思い出
紅あずま
プロローグ
『ひと夏の思い出』
誰もが一度は考えたことがあるだろう。
もしも授業中にテロリストが来たら。
もしも怪獣が街を襲ったら。
もしも僕に超能力があったら。
もしも、もしも、もしも……。
そんなもしもの世界の僕はいつだって現実と違い勇敢に挑んでいく。
皆に感謝され、英雄と称えられる。
現実の僕はきっと皆を助けるどころか足が竦んで皆に助けられる側になるだろう。
大雨でいつもより蛍光灯が明るく見える午後の教室で僕はそんなことを考えながら外を見ていた。
ピカッ!!!
一瞬、光ったと思ったらすぐに雷が落ちた。
「え?今、山に落ちた?」
一人の女子生徒がそう言うと、先程まで授業そっちのけで寝ていたクラスメイトが次々に起きだして、途端に教室は騒がしくなった。
「え?なぁに?今の雷近くに落ちたの?」
「そうみたい」
「マジで?怖」
クラスメイトは他人事の様に次々と言葉を放った後に再度眠りについた。
教室はいつもの静かさを取り戻し、またいつもの様に授業が続く。
そうだ。何も変わらない。
何も変わらないいつもの日常のはずだったが、僕はついさっき変な妄想をしていたせいか、なんだかその雷が普通の雷のように感じなかった。
僕はなんだか今日が特別な日になるような気がして、放課後雷が落ちた場所に向かった。
「はぁ。はぁ。な、なんだ、これ……。」
大雨の中、足場の悪い山を登った僕の目の前にそれは現れた。
顎を伝うのが雨なのか汗なのか分からないが、僕はそれを拭いながら目の前のそれに近づく。
近づくと雨で輪郭のぼやけていたそれはみるみる形を表していった。
「ロケット?」
僕は恐る恐る近づくと、それは小型ロケットのような形をしていた。
手の届く距離になったロケットに僕が恐る恐る手を伸ばすと……。
プシュー。
ロケットの扉は煙と音を立てながら静かに開いた。
「え、えぇ!?」
想像していなかった動きに僕はその場に腰を抜かした。
開ききった扉から黒い何かが顔を覗かせた。
殺される。僕は直感でそう感じた。
しかし、黒い何かはそのまま力なくその場に倒れこんだ。
僕はそれを支えるように咄嗟に立ち上がった。
支えたことでそれは黒い何かではなく、肌色の何かだということが分かった。
「こ、こいつ、う、宇宙人……?」
明らかに人間ではない肌色の何かは長い首と酒っぱらの様に出た腹、4本しか指の無い細い手足、第一印象は気持ち悪い……だった。
しかし僕はこれから来る非日常、特別な自分に心を躍らせて後先考えずにそいつを家に連れて帰った。
大雨で暗く視界が悪いのが幸いして、誰も僕の抱えているこいつに違和感を持たずに下を向いて歩いていた。
おかげでそれを家に持って帰るのは比較的楽だった。
強いて言うならこいつは見た目の割に重かった。
夜遅くに着替えるためだけに父が帰ってくるだけの家ならこいつを隠すことは簡単だった。
近くに置いてあった座布団にそいつを乗せて軽くバスタオルをかけて、僕はそのまま自分の部屋の押し入れにそいつを押し込んだ。
時間が経ってから段々目を覚ましたそいつが何をしでかすか分からないことに恐怖を感じ、軽くて足をビニール紐で縛った。
これが僕とこいつの出会い。
そして僕とこいつのひと月の夏の物語がここから始まった。
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