ポンコツ忍者にラブコメは難しい!!
土管
第1章 忍者と同居は難しい
第1話 I have a Dream
1位野球選手
2位サッカー選手
3位医者
俺、
いずれも簡単になれるような職業ではないが、小学生の夢なんだから大目に見てほしい。幼稚園児に将来の夢を聞いたら"恐竜"なんていう子どもは1人、2人はいるだろうし、それに比べたらまだ現実的なほうだ。
かくいう俺も小学1年生の頃の将来の夢はサッカー選手だった覚えがある。服を泥だらけにしながらボールを追いかけて、あの頃は本当に将来サッカー選手になれる気がしていた。
あれから10年と数カ月。高校2年生を迎えた俺の夢は、いつのまにか公務員に変わっていた。
つまんねー夢だって?公務員を分かっていないな。安定した給料、問題を起こさなければクビになることもない終身雇用、そして倒産することもない。景気が良くないこのご時世、公務員こそが"最強の職業"であることを知らない同年代は結構多い。
中学の卒業文集の将来の夢の欄にも"公務員"と書いて、友人に笑われたっけ。内心俺は思ったね。お前の就職した会社が潰れても、俺はお前に金は貸さないぞってな。
「はぁ~…」
無駄に広い自宅の、無駄に広い庭の中央を我が物顔で占有している池の水面に、自分の深いため息が吸い込まれていく。
高校2年生となってから早1カ月、ゴールデンウィークも終わり、今日からまた学校。池を泳ぎ回る錦鯉に朝食を撒きつつ、俺は1枚のプリントを片手にしゃがみ込んで頭を抱えていた。
このゴールデンウィークは終始、高校から出された"課題"が悩みのタネとなっている。1枚のペラペラのプリントには"進路希望調査票"という文字が躍っていた。みんなも書いたことがあるだろう?第一希望、第二希望、第三希望と大学名を書いていくアレだ。
まだ高校2年生の春。具体的な大学名なんか想像できないから、そちらに関しては適当に近くの大学名でも書けばいいのだが、問題はその下。
今回は"将来希望する職業"というところに希望職業を書いて、最後に親のサインをもらってこなければいけない。希望する職業は"公務員"。ボールペンですでに記入し、あとは親にサインをもらえばいいのだが…。
「おっす葉太郎、どうしたよ」
低くもよく通る声のした方向に首だけ動かすと、そこには制服の学ラン姿で朝食のパンをかじっていた同い年の
身長185cm、俺より10cmも大きい巨躯は、しゃがんだ俺から見ればまるでガリバー。ガッチリした胸筋は制服を着ていても分かるほどで、衣替えを果たしたシャツの袖先からは丸太のように太い褐色の腕がのぞいている。
パンをかじりながらこちらを不思議そうに見つめていた蔵之介だが、やがて左手にプリントを持っていることに気づいたようで、表情はすぐ苦笑いに変わった。
「まーだ親父にサインもらってねーのか」
「バカ野郎、こんなプリント見せてみろ、その場で破られて電子レンジに放り込まれるわ」
「まあそうだろうなあ、親父が認めるとは思えねえしなあ」
ケラケラと笑う蔵之介の声が池に波紋を作る。笑い過ぎなんだよバカ野郎。こっちは死活問題なんだぞ。
進路調査票を親に見せるのが死活問題なんていう家庭は日本にどれくらいあるんだろう。
これが進路調査票に最近流行りの"YouTuber"なんて書いていたら、親から「現実を見ろ」なんて言われて、進路調査票を速攻破られるかもしれない。
俺が記入したのは"公務員"。そんな進路調査票を破る親は日本広しといえどそうはいないだろう。そんなの普通の家じゃない。そう、ウチは"普通じゃない"。
「…蔵之介、お前はもうサインもらったのかよ」
「あたりめーよ、当然第一志望は"アレ"に決まってんだろ。親父、喜んでサインしてくれたぜ」
こいつの言う"親父"は自分の父親ではない。俺の父親のことだ。諸事情があって蔵之介、そしてもう一人の同級生の女子が、このただっ広い古いのが自慢のような俺の家に住み込んでいる。保護者もウチの父親だったから、サインの担当も当然父親だ。
「葉太郎、いい加減に諦めろって。お前の天職は1つしかないんだからよ」
「諦めてたまるか、俺は普通の人生を生きたいんだ、堅実に生きたいんだよ」
「そんな各駅停車の山手線みたいな人生、つまんねーだろ?せっかく"才能"に恵まれたのによ」
「何が"才能"だ、お前山手線をバカにすんじゃねーぞ。目白なんていう他の路線がどこも止まらないようなところにもしっかり止まってくれる優しい路線なんだぞ。俺はそんな"才能"より資格とって公務員になって、堅実な人生を歩みたいんだよ」
「…親父もかーちゃんも泣くぜ?」
「姉貴が"ソッチ方面"に行ったんだから別にいいだろ…」
そう言って俺は池のほうに向きなおると、残りのエサを雑にバラ撒き立ち上がる。突然大量のエサが降ってきた鯉たちが我先にとエサを争いしぶきを作った。
いいよな、こいつらは。何も考えてなさそうで。再度溜め息をついて空を見上げると、視界にはカラっとした晴れた空が広がった。いいな空は。自由そうで。
「ヨウー、蔵之介ー、パパが話があるってー」
そんな青い空に、これまた毎日嫌になるほど聞く女性の声が響く。声がした方向、自分から見て右手側を見ると、庭の奥にある応接間と呼ばれている和室の入り口の手前で、黒髪の女がこちらに向けて手を振っていた。
肩の下まで伸びた艶やかな黒髪、小さな顔、整った目鼻立ちにキリっとした目元。離れたところからでも分かるほど整ったスタイル。クラスのマドンナ的な存在であり、多くの男子学生から羨望の視線を集めていた。
そんな彼女に男子学生たちがしょっちゅう告白し、山のような屍を築いている光景をこれまで何度も見てきている。
蔵之介と一緒に住んでいることはもちろん、香月と一緒に住んでいることもクラスメイトには内緒だった。学園のマドンナと同じ家に住んでいるなんてバレた日には、放課後にクラスメイトや同級生たちから理不尽な尋問を受けることだろう。毎日のようにマドンナ目的でこの家に来られても迷惑極まりない。
こんな美少女と同じ家に住むなんてそんなラブコメ的展開、読者は喜ぶだろうが、残念ながら俺には香月に対する恋愛感情はない。幼少期、それこそお互い赤ん坊の頃から知っているヤツに恋愛感情なんてミリ単位も芽生えないのだ。
「ねえヨウ聞いてる!?パパ呼んでるんだけど。早く来なよ、あと10秒以内に来なかったら蹴り倒すから」
口を開けば蹴り倒すなんて物騒なことを言う女に恋愛感情を持つほうがおかしい。
香月は学校では猫を被って優等生を演じている。俺と蔵之介以外の男はこのマドンナの本性を知らないのだ。ちなみにパパとはウチの父親のことだ。決してパパ活の類いではない。
「おい葉太郎、香月は本気で蹴りにくるぞ…」
「ああ、分かったよ…。行けばいいんだろ、行けば…。親父の呼び出しなんて絶対ロクなもんじゃねーぞ…」
俺は再度溜め息をつくと、池に続く石畳の道を引き返して下駄を脱ぎ、肩を落としながら和室に歩を進めた。
「おい葉太郎、ついでに親父からそのプリントにサインもらっておけよ。提出今日の朝だろ」
「…なあ蔵之介、俺将来希望の職業のところに"公務員"って書いたんだけどさ、これにサインもらえる確率、何%だと思う?」
「0%。電子レンジに投入されて燃やされる確率100%」
「…だよなあ」
「いい加減諦めろよ、親父は"忍者"って書かれた進路希望調査以外受け取ってくれねーぞ」
一般的には何ふざけたことを言ってるんだと思われるかもしれないが、蔵之介の表情は至って真面目だ。
大事なことだからもう一度言っておくが、俺の将来の夢は公務員だ。プロ野球選手だのサッカー選手だの大それたことは言わない。普通の公務員である。
俺の家…隠岐家は、先祖代々続く忍者の家系だった。
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