『体験ホテル』
佐野佐久間
「ぽぽぽ」
私の友人が一つの手紙を送ってきた。手紙には「俺が働くホテルに泊まりに来ないか?」その一文のみ。意味がわからないが面白そうなので行ってみることにする。
人通りの少なく少し薄暗い路地を進み一つのホテルを見つける。これが友人の言っていたホテルのようだ。ホテルの名前は…
「体験ホテル」?
変な名前ね。そんな事を考えながらフロントに足を進める。丁度そこには友人が居た。
「一樹。いきなり今回手紙寄越してきてなんなの?」そう問い掛ければ笑顔を此方に向けて「人全然来ないから潰れそうなんだ。そこでお前にネットで広めて欲しくてな。」一樹がネットを口に出して言ってくる時は大体良いことが無い。いくらネット活動者だとしても登録者も少なく知名度の無い私がやったって意味ない。一樹は最近落ち込んでいる私に楽しんで欲しくて呼んだのは分かってるけどそれを口に出して言わない所が良いところだと思う。
このホテルの概要を聞けば「ここは名前の通りに体験出来るホテルなんだよ。例えば怖い話とかな。ここに置いてる怖い話を読み進めるとその話通りの体験が出来るつー事だ」ってそんな事出来るのかは分からないけど動画配信者魂がこんな面白いネタを見逃しちゃ駄目って言ってるのがわかる。私も私ね。部屋の鍵と怖い話の書かれた紙を貰い部屋へ向かう。部屋の扉を開けば5畳程度。風呂とトイレが一緒になっていて部屋の真ん中には掘りごたつがある。泊まる部屋が角部屋だからなのか角の所に窓が2か所連なっている。
物を置き敷布団を敷いて、風呂等の準備を済ませて掘りごたつに入りながら持ってきた怖い話を読む。持ってきたのは「ぽぽぽ」…ぽぽぽ…?知らない話だ。一体何が書かれているのだろうか。
紙を開けば幼い子供が書いた手紙のようだ。内容は「私の弟が居なくなった夏」から始まった。
私と弟がおばあちゃんのお家に来て、近くを鬼ごっこしている時にと私は見えなかったけど弟は立ち止まって上を見あげて笑顔で何者かに話しかけていた。その日はそのまま帰っておばあちゃん達にその話をしたらおばあちゃん達は焦って住職?さんに電話して弟はお部屋に閉じ込めらて。無事にその日を過して翌日おじいちゃんの車に乗ってお家まで帰った。数日後におばあちゃんから電話で「ごめんねぇ…ごめんねぇ…八尺様を閉じ込めとくお地蔵様誰か壊しよって…弟くん…ごめんねぇ…」って言ってた。その日の夜から弟は行方不明になりました。
「ぽぽぽ」は「八尺様」だったらしい。そんな事を考えていると窓の方から視線を感じた。嫌な視線だ。獲物を狩る猛獣の様な視線。振り向いたら最後。私に振り向く勇気は無かった。這って窓まで近づきカーテンを閉める。
閉める際に視界に写ったのは死人の様な青白い肌、黒く美しく長い髪、麦わら帽子、落ち窪んだ目…そして窓を埋め尽くすほどの大きな顔…。
瞬時に体が冷えるのが分かった。私は何も見なかったかのように振る舞い掘りごたつに戻る。
紙を見れば何かが書かれている。
「なんで私じゃ無くて弟なの?」
姉の心情が書かれていた。可哀想に。そんな事を思っていると窓の方から閉めたはずのカーテンがシャッ…と少し開く音がした。
視界の隅に映るのはその隙間から此方を凝視する落ち窪んだ目。視認してしまった。体中から冷や汗が噴き出し体温が下がっていく。何故八尺様が女性の私を見ているんだ。八尺様の特徴は名の通り八尺の身長、そして連れ去るのは未成年の男児のみのはず。成人している女性の私が標的なのはおかしい。そんな事を考えていると間にも八尺様は此方を見て居る。
私は耐えきれなくなり掘りごたつの中で寝ることにした。窓の近くにひいた敷布団で寝るなんて私には出来なかった。
気がつけば朝になっていた。窓を見て私は絶望してしまった。自分の夢だと思っていたのにカーテンが少し空いている。そして窓の下に長い髪の毛が散らかっていた。私はすぐにフロントまで走る。フロントには友人、一樹が居た。
「お、どうだった?楽しかったか?」
呑気にそんな事を言ってくる。
「楽しかった…?」
「なによ!!なんなのよ!!は、八尺様が…!」
焦る私に一樹は「おお…大変だったんだな。まぁまぁ動画のネタとかにはなるだろ?」と微笑みながら私に言ってくる。はっとしたように話しかけてくる。
「そういや、このホテルの近くのバス貸し出してる所で女子高生が20人?だっけ、突然死して今朝死体が転がってるのが発見されたってよ」
「こえーよなー」
呑気に言う彼に恐怖を覚えたと同時に私はあの八尺様のせいだとそうおもってしまった。
その日は一度帰宅した。家に帰り体験談として動画にしたところ今までに見たこと無いほどの再生回数が得られた。私は完全に堕ちてしまった。もう一度、もう一度この数字が見たいと。翌日またあのホテルに行くことにした。
『体験ホテル』 佐野佐久間 @sakuma0401
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