第41話 ワンダーウォール
今日がその日。向き合う時がきた。今、俺がやるべきことは、何となくわかったはず。俺のことがわかるのはツアレ様だけだ。ソジュンはそう感じた。
「首都防衛隊がやってまいりました。ツアレさん、こいつらは無視して先に進みましょう。」
「無視も何も、舞水端里のゾンビが各地で増殖してもうここまで来てるよ。ターボゾンビだからね。」
ツアレがそう言うと同時に地面から這い出した無数のゾンビ軍団が首都防衛隊の隊列の横腹に突っ込んだ。混戦だ。朝鮮軍も白兵戦の訓練は相当積んでいるので、不意に現れたゾンビ相手にも引けを取っていない。ただ、銃でストッピングできない相手など想定した訓練はしていないので、結局戦闘員個人個人の戦闘センスによることが多いのか、戦えている奴と戦えていない奴の差が如実に出ていた。一方ゾンビは全てハンコを押したような行動様式だった。首都防衛隊は弱いところを押し込まれているようで劣勢だ。ソジュンはふとツアレの方を見た。ツアレはとても楽しそうにこの戦を観戦していた。これを邪魔してはいけないのではないか、と感じた。
「ツアレさんにはこの場をお任せします。私は将軍の場所を探します。」
「ああ、分かった。ところで飛行機やミサイルの類は来ないのか?」
「ゾンビがここにいるということは、ここに近い基地は壊滅させていると考えていいでしょう。」
「なんだ、来ないのか〜。」
ツアレは少し残念な顔をしていた。
「おそらくここにいる部隊が、朝鮮軍の全てでしょう。また後で合流させてください。それでは。」
「もう少し目を覚ます時間が必要かもしれないね。しっかりと過去と結局つけてきなさいよ。君の悲しそうな顔を見ると私も悲しくなる。」
その何気ない言葉を聞き、ソジュンは泣きそうになった。必ずこの人を幸せにしたい。そう思った。
ソジュンは柳京ホテルに飛んだ。労働党中央本部の建物はあったが、おそらくそこには将軍は居ないだろう。偉いやつの相場は、殺し合いは下にやらせて尻尾を巻いて逃げ出すと決まっている。この短時間で平壌から逃げ出すことはできないはずだから、廃墟になって久しい柳京ホテルにいると睨んだ。
未完成で廃墟のまま放置されているはずなのに、入り口に厳重な警備が敷かれていた。あからさますぎる。不気味にそびえ立つ三角形の建造物であるが、将軍様は地下にいるだろう。ヒトラー然り、負けそうなカリスマは往々にして地下に逃げ込むものだ。柳京ホテルをソジュンのスキルで丸ごと潰しても地下だからノーダメだろう。生き埋めにはできるだろうが、将軍様を殺さないと自分の過去を清算できない気がする。このそり立つ不思議な壁の下に、俺の未来があるのだ。
鹵獲したトカレフは持っていたが、できるだけ銃火器は使わないと決めていた。舞水端里ではよぼよぼの老兵が防衛していたが、さすが将軍閣下の親衛隊だ。門番でさえ精鋭が守っている。
「お前、何やってるんだ!」
ある程度距離を取って観察していたはずだが、門番に見つかった。訓練兵時代のソジュンならこんなヘマはしなかっただろう。だが、異世界でレベルが上がり、ほぼ無敵になったことで心の隙間ができたのかもしれない。ソジュンは少し反省した。
丸腰のソジュンを視認してか、2人の門兵はカラシニコフは携帯しているものの構えずにこちらに向かってくる。ただ、ポケットに手を突っ込むなどしたら即座に射撃態勢に入るであろうことが想定できた。ソジュンはそのまま手をぶらぶらさせてだらだらした歩みをしながら、向かってくる門兵に近づいた。
「あー、すみません。散歩していたらなんだか物々しかったので。」
「戒厳令だ!一般人は外出禁止って知らんの・・」
門兵が喋り終わる前に、ソジュンは2発のパンチをお見舞いして2人を殴り倒した。と同時にパニシングでホテル入り口に飛び、残りの門兵も胸を強く叩き気絶させた。一人、警笛を吹こうとした門兵の首を掴み尋問した。
「おい。地下室への入り口はどこだ。」
「ぐっくっ、隠し部屋のことなら知らん。」
「やはり『隠し部屋』はあるんだな。もう自白してるのと同じだぞ。お前の選択肢は、今死ぬか、後で死ぬかの2択だけだ。2秒で決めろ。」
「ウッウッ、エスカレーター脇の階段室の中だ。」
「ありがとう。お礼にお前を南朝鮮に亡命させてやろう。パニシング。」
兵士はソジュンの手から消えた。
ソジュンは護衛のいなくなったホテルに侵入した。上階には囮の兵士が待ち構えている気配を感じたが、目的は地下室である。吹き抜けの二階に繋がるエスカレーターの横と裏はザラザラしたダークグレーの金属製の壁で塞がれていた。一見何の違和感も無いが、よく調べていくと裏側に外から溶接したような跡を見つけた。溶接跡をパニシングで消すと、階段室の空間に入ることができた。灯りもないその空間の真中には地下室へと続く深く、暗い穴が、ソジュンの記憶を覗き込むように存在していた。
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