第37話 ペペロンチーノの飴
「絶対無理って思ってる??」
「いや、ロシアとウクライナは2年以上戦争しているんだよ?絶対無理に決まってるでしょ!」
「それって嘘じゃない?」
確かにそうかも知れない。こいつらはクリミア大橋を落としたし、ウラジオストクも落とした。総理大臣の首さえもすげ替えた。絶対無理とは言い切れないのではないか。自信が揺らいできた。井上の言葉は続く。
「五木さんも凄腕の暗殺者なんでしょ?ゾンビマサユキにもビビらなかったし、俺のケツアナに銃口確定もした。」
「確かに私は武器とか暴力についてはプロと自認しているが、戦争屋ってわけじゃないぞ!」
「武器、暴力と戦争。何か違いがあるんですか?」
ひろ◯きみたいな返しをされて腹が立ったが、ぐうの音も出なかった。その感じを見てか、井上は続けた。
「とにかくウクライナ連邦道路をナイチンゲールで疾走すれば楽勝ですよ。ロシアは畑で兵士が採れるらしいので、人海戦術が主力だと思いますが、こちらは壁とか床にこの種を投げつければ兵士が採れますからね。向こうの伝統的戦術に正面からぶつかって圧倒して勝つ。これほど簡単で単純で美しい解法は無いと思います。」
そう言って井上は地面にゴマを振りまいた。脚だけナイチンゲールは霞が関で一回見たことがあるが、間近で見るのは初めてだ。グロテスクな見た目もあるが、血みどろで薄汚れ非常に気持ち悪い。しかも量が多い。
「じゃあ行こうぜ!」
4tトラックほどの大きさのナイチンゲールが井上の前にあった。うげぇ。これの背中に乗るのか。
「どうしたよ、早く来いよ。」
井上は両手では抱えきれない太さのビッグナイチンゲールの脚の皮膚を掴みながら背中まで登っていった。そうやって登るのかよ。乗降口くらい付けとけ!あいつは小太りのクセして身軽にクライミングしていた。
やっとのことビッグナイチンゲールの背中に登った。背中はびっしりと短い毛が生えていて、芝生のようだった。しかし、その毛のせいか歩き心地は悪くなかった。井上は椅子に座っていた。その椅子は肉塊でできており、なんかヌメヌメしていた。
「ほら、最高級のヌメヌメ細胞で作ったソファだよ。座り心地良いから座りなよ。」
井上の言葉に私が躊躇していたら井上が笑い出した。
「ははは、冗談だ。自衛隊の車から一つカーシートを拝借してきたからこれに座りなよ。」
井上はショルダーバッグからドラ◯もんの如くカーシートを取り出した。そして手際よくビッグナイチンゲールの背中にビス止めした。なんとも異様な光景だった。
「見ようによっては、ト◯ロのネ◯バスに見えなくもないでしょ?じゃあ出発しよう!」
ナイチンゲールは気持ち悪い動きをしているくせに時速100キロくらい出るという。しかも何千という人間大のナイチンゲールに囲まれて高速道路いっぱいに広がって疾走している。幸い、高速道路周辺は人家がほとんどなく、民間人を撲殺する事態には陥っていない。たまにロシア軍が簡易なバリケードを設置していたが蹴散らす。モスクワまで720キロ。気長な旅だ。井上との旅行は石和温泉以来だ。本当に嫌な思い出しかない。今度は戦争だ。本当にわけがわからない。自衛隊から貸与された白色の冬装備の防寒対策は完全だった。ついでに20式小銃も貸与してくれた。これは自衛隊の最新式。私は拳銃しか扱ったことが無いが、使い方はすぐに分かった。しかし心許ない。
「敵地なのに敵全然いないな!ハイウェイスターになった気分だ。」
井上が肉塊ソファの上で呑気にくつろいでいる。能天気すぎやしないか?
「お、おい。そんなに呑気にしてていいのかよ!例えば対空とかどうすんだよ!」
「え、対空?」
井上はアホ面で振り返った。コイツ何も考えて無い。途方に暮れた矢先、遠くから低いブォォーーンという轟音が聞こえた。その直後、高く鋭いエンジン音が聞こえたかと思った瞬間、「バァァァン!」と耳元で炸裂音が鳴り響いた。咄嗟に目を伏せ耳を塞いだ。
「やられた。」
完全にミサイルの餌食になったかと思った。しかし相変わらずナイチンゲールは自走している。炸裂音はスホーイが通り過ぎた際のソニックブームだったようだ。少し安心して周りを見回したが、高速道路いっぱい埋め尽くして走っていた前方のナイチンゲールたちがいなくなっていた。
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