第21話 weather report

 病態研究所への人の殺到どころではなく、週末に日比谷公園で開かれた共産党青年団主催の「放射線障害相談会」は混乱をきたす人の殺到ぶりだった。

 運営を丸投げされた党首の椎名は人の殺到ぶりに音を上げ、海削に電話を掛けまくったが全く出なかった。相談員としてブースに並んでいる共産党青年団達は、行列を捌くのに忙しいのでそのうちの一人に「海削を連れてこい」などと言うことはできなかった。駆り出された老害幹部達は誰もが久々に現場仕事をさせられてヘトヘトになっていた。

 相談はまだしも、運営や交通整理がグチャグチャなので相談会は崩壊した。首都機能が埼玉に移転し、ほぼゴーストタウンと化していた霞が関であったが、公共交通機関はマヒしているにも関わらず次々と訪れる人や、乗り付けられる車やバスで日比谷公園は早々にパンクした。どこが待機列か分からなくなり、公園を飛び出して人の列が日比谷公園を囲んだ。一応「本部」に詰めていた椎名は群衆に取り囲まれ、詰問攻めにあっていた。

 「放射線障害が不安なんです。」

 「板橋にはいけませんでした。ここで治療はできないでしょうか?」

 「海削さんはどこなんですか?」

 「車椅子なんです。優先してもらえないですか。」

 「イソベルリンの使い方がわかりません。」

 しかも突如大粒の雨が降ってきた。弱り目に祟り目、泣きっ面に蜂とはこのことである。

 群衆に取り囲まれながら途方に暮れていた椎名の耳に、遠くから街宣の音が聞こえた。皇居に面した交差点に車が乗り付けられ、櫓の上に一人の男が拡声器片手に声を張り上げた。海削である。

 「お足元の悪い中、日比谷公園にお集まりいただき誠にありがとうございます!しかし、日比谷公園は想定外の雨で相談会にとっては最悪の環境になってしまいました。そこで、私は我先に埼玉に脱出した石田首相と交渉し、今は無人の国会議事堂の無料開放に協力いただきました。お足元の悪い中、大変、大変申し訳ありませんが、そちらにお向かいいただきますよう、お願いできますでしょうか。日比谷公園門前に待機している係員が誘導いたします。」

 椎名たちの知らない間に日比谷公園各門には数人の共産党青年団達が配備されており、つつがなく人々は誘導されて行った。椎名達のドタバタは何だったのか、というかの如く、スムーズに人々は移動していった。ホッと一息ついたのも束の間、スーツの内ポケットに入れていたスマホがけたたましく鳴った。首相官邸からだ。共産党党首に首相から電話がかかってくることはほとんど無いと言っていい。椎名達がだらしないというのもあるが、共産党自体、国政というよりも地方政治に軸足を置いてアホな地方役人相手の仕事がメイン業務であったためだ。そういうこともあったので突然の首相官邸からの電話には戸惑った。しかし、一国の野党党首として威厳をしめさなけらばならない。一呼吸置いて電話に出た。

 「椎名ですが。」

 「バカヤロー!お前のところの党員はどうなってるんだ!『国会議事堂借ります』のFAX1枚で、今YouTubeでライブ配信しているぞ!」

 今野官房長官だった。いきなりの怒声で怯んだものの、椎名も長い党首経験があり、よく言えば老練な政治家である。怒声の使い所は弁えている。

 「いったい何の話でしょうか?」

 「海削がまた暴走してるんだよ!」

 「それはおかしいですね。国会議事堂は自衛隊が管理していると聞いています。そこをくぐり抜けているということは、正規の手続きを踏んだということじゃ無いでしょうか?」

 「無理やり難民引き連れて国会突入したんだよ!」

 「武器持っている自衛隊相手に突入なんてできませんよ。自衛隊は軍隊ですからね。怖い怖い。だから憲法9条は死守しなければならない。」

 微妙に話をずらしていく。

 「とにかく海削を止めろ、といってるんだ!」

 「いやいや私も今、日比谷公園に居ますが銃声の一つも聞こえませんでしたよ?自衛隊さんに平和的に入れてもらったんじゃないですか?自衛隊の判断はそちらの管理監督ミスですからわが党には責任は全くありません。」

 「もういいよ!」

 ガチャギリされた。もはや海削のスタンドプレーは制御不能だから、もうどうにでもなれ、という気分だった。


 東京地方に大雨が降り続けて。まるで魚になった気分だよ。まるで水槽の中の魚。まるで泳がない魚。

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