第19話 東方を征服せよ

 海削はさいたま市に移転した中国大使館を訪問した。共産党青年団を構成する若手議員の中には中共のスパイもいたが、化外化によるブレインウォッシュが完了しているため二重スパイとなった。そいつを通じて中国大使館に打診をし、海削の大使へのアポが成立したのである。

 豪奢な大使室で海削を出迎えた駐日中国大使の李明華は笑顔を装いつつも、最大限に警戒していた。共産党党首が椎名になってからの度重なる中共非難や、それに裏打ちされた国際会議での中国のメンツをつぶす行為に、李明華は毎度本国との間で煮え湯を飲まされていた。今更仲良くしましょう、なんて虫が良すぎる。しかし、二発の核が日本の共産党内の勢力図を大きく塗り替えたらしいと情報は掴んでいた。そもそもこの時期に何のために我々に接近するのか。意図が読めない。やはり会って真意を確かめよう、そう思った。

 日本の共産主義者なんて老人か、ガリガリの書生という先入観があった。しかし大使室に通された青年はガッチリして身長が高く、ハキハキした声をだす好青年だった。

 「李大使、この度はお目通りいただき、大変ありがとうございました。」

 しかも、流暢な北京語で話す。李は一目で好感を持った。

 「ウミゲさんは日本の共産党の書記局長になられたそうで。喜ばしい限りです。で、本日の要件は何ですか。」

 世間話を続けても意味はないので、単刀直入に尋ねた。一呼吸置き、海削は話始めた。

 「うちのボンクラ委員長の首を持って北京詣でをしたいのですが。」

 李は海削が一瞬何を言っているのかわからず、声も出なかった。

 「えーと、それはつまりどういうことですか?」

 やっと声が出た。

 「我々は中国共産党と今後協調路線を取りたいと思っています。近々行われる総選挙で我が党は第一党になり、政権を取ります。そのバックアップと、今後の世界情勢への協調をお願いしたいです。」

 李は露骨に嫌な顔をして見せた。

 「今までのそちらとの関係もありますから、なかなかうまくいかないと思いますよ。」

 「おっしゃる通りです。だからこそ椎名の首を持って北京詣でをしたいのです。うちのボンクラ委員長が長年そちら様と無駄な争いをしてきた。それを全て精算したい。」

 党首の首を差し出して投降する、か。さながら三国志だな。李は優位的な立場に立っていると感じ、追加の要求をふっかけることにした。

 「そんな小物の首を貰って、我が総書記はどう思うでしょうか。総書記は実利主義者です。せめて魚釣島から手を引くなどでないと納得しませんよ。」

 フーとため息をつき、海削は天井を一瞬見つめ、その後すぐに李に目を合わせて口を開いた。

 「魚釣島、尖閣諸島ですか。逆に問いたい。そんな小利で総書記は満足なのでしょうか。」

 「ん?」

 「我々はこれからロシアと事を構えようっていうんです。もっと大きなものがあるんじゃないですか?」

 「というと?」

 「アイグン条約をもうお忘れなんですか。4000年も歴史を持っていると、最近の出来事は昨日食べたご飯くらい軽いことなになってしまうのでしょうか。」

 李は皮肉を言われ苦笑するしか無かった。

 「そんな小さい島なんてもうええでしょう。日中両国のためにも爆破しても良いくらいだ。露助、イワンの帝国主義のシンボルを取り戻しましょう!」

 李は考え込んだ。東洋の歴史に学ぶということは日中両国の歴史にも学ぶということだ。

 「ウラジオで日中両国の利害が対立することはないのですか?我々には満州を盗まれた経験がある。」

 一介の政党、しかも代表でも何でもない男と国家間利益の話をしている。傍から見たらおかしな風景であるが、当事者はどちらも国を背負っている気概である。

 「我々は西をいただきます。」

 「は?極東からシベリアに攻め込むんじゃないのか?それ以外ないだろ。」

 「逆バルチック艦隊をやります。まぁ見ててください。人民解放軍を動かすのはそれが成功してからでいいです。そのマジックをお見せするのも、我々が政権を取らないと絵に描いた餅、画饼ですよ。くれぐれもできる限りのサポートをお願いします。」

 「わかった。同舟共济、呉越同舟といこうじゃないか。お手並み拝見するよ。」


 李は海削という若者の掌で踊らされた気分になったが、嫌悪感はなかった。むしろすがすがしい気分で大使館から海削を送り出した。

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