第18話 ポテトサラダ

 八王子汚染地域を囲うようにバニシングで結界を作り、その中のものを地表10mまで異世界へ転移させるという壮大な計画である。しかも八王子を囲う山々も削るので、相当な質量である。俺のレベルでは成功・失敗確率は五分五分と言ったところか。

 「ということで、レベル上げにご協力願えないか、お嬢様。」

 俺はさやかにニヤニヤと話しかけた。瞬間、さやかに睨まれた。

 「じゃあそっちは井上さんと五木さんにしっぽりシケこんで貰うとして、共産党青年団はどう動くんですか?」

 金子は新井に問いかけた。

 「海削君のアドリブ力は素晴らしい。放おっておいても最適解で行動してくれる。井上さんの娘さんは本当に天才なんですね!親に似なくて良かったですね!」

 ひとこと多いやつだ。仕返ししてやろう。

 「なんならお前を婿に貰ってもいいぞ。ハン・ソジュンみたいになるけど。」

 新井は急に神妙な顔になった。仕返し成功だ。

 「冗談が過ぎました。すみませんでした。これから海削達は板橋にある病態研究所で記者会見を開くことになってます。八王子から異世界に送って魔改造した人たちはそこで検査入院しています。そこでトンデモ療法を発表し、事実、患者の放射線障害が治ったことを喧伝します。八王子の人々は一応本物だし、放射能に怯える人々の心に刺さります。そして、無人の国会議事堂を占拠し、新政府宣言・・は時期尚早としても、埼玉スーパーアリーナを代用している移転政府に解散総選挙を迫ります。」

 金子が口を開いた。

 「一応東京を今も守っている自衛隊はどうするんだ?」

 新井は金子にしては意外な質問が出た、という顔をして応えた。

 「あれ?言ってなかったでしたっけ。多摩川防衛のローテーション終わりの隊員を攫ってワームホールに落としています。そしたら電子レンジみたいに一分くらいで洗脳完了した奴が出てくるんです。チーンって。あれ、ほんと便利ですね!」

 俺はガタっと音を立てて立ち上がった。

 「生身の人間をワームホールに落としているのか!?」

 「え、何か問題でも?」

 「いや、生身の人間がワームホールを通過すると何が起こるか分からないから今までやってなかったんだよ。簡単にハードルぶっ壊しちゃって!」

 「逆に今までなんでやらなかったのかが謎だったんです。何でも試してみなきゃ笑」

 こいつ自制心とか倫理観とかぶっ壊れてるんじゃないか?

 「いや、向こうの世界でどうなってるか慎重に観測したかったんだよ。化外化するか意識は残るか。あと、うちの娘を勝手にレンジ扱いするんじゃないよ!」

 新井との言い合いには金子が仲裁に入るのが定番だ。

 「まあまあ、最近の若者ですから。結果、上手く自衛隊も乗っ取れそうで良かったじゃないですか。新井、洗脳した隊員はどれくらいなんだ。」

 「まだ20人くらいですかね。でも、市ヶ谷の偉いさんも何人か攫って洗脳して戻してるんで、かなり影響力はありますよ。いや〜いい塩梅で記憶も性格も残って、我々の言う事だけは絶対服従みたいな形で理想的なチューニングですよ。」

 

 テレビをつけたら海削が記者会見を始めたところであった。とは言っても在京のテレビクルーは大手はほとんどいないので、フリー記者数名相手だった。それを見越してYouTubeでのストリーミング配信もしていた。決死の覚悟で八王子に潜入したこと、封鎖された地域を巡って取り残された人々を救助して回ったこと、薬科大の志ある学生の悲劇的な死等など、写真や動画を織り交ぜた演技は、涙無しでは見ることができない語りだった。素晴らしい演技力だ。

 「八王子で救助した皆様はここ病態研究所に検査入院していただきました。我々も放射線障害が出ましたが、病態研究所の西崎先生の画期的な治療方法により、私も含め皆さん病状が改善してきている。」

 ここでマイクが初老の男に手渡された。

 「えー、西崎です。皆さん、ここに彼らが担ぎ込まれた際は私もビックリしました。しかし、様々な大学病院などには受け入れ拒否をされたそうですし、海削君の熱意に負けまして、我々が受け入れることとしたのです。」

 西崎は前口上を置いて淀みなく話す。

 「我々は放射線障害専門機関ではなく、あくまで検査機関ですから、放射線障害に対する通常の対処法を持ち合わせてはございません。ですが、それが良かったのかもしれません。持ち合わせている検査機械を駆使して検査し、共産党青年団の皆様に臨床試験に協力していただく形で、一定の成果を得られました。」

 「6〜10GyEqの被曝線量の方がほとんどでしたが、臨床試験の結果ある一定の成果を見せた方法で治療したところ、末梢血リンパ球数など各種数値も安定し、下痢や嘔吐など、ほとんどの方で改善しています。」

 西崎の説明に合わせ、海削が一人の少年を連れてきた。

 「八王子市立第11小5年2組の小林陽翔です。僕は家が潰れて僕以外助かりませんでした。下痢とゲロで苦しんでいるところをお兄さん方に助けてもらいました。家族の分まで一生懸命生きたいと思います。」

 おぉ~とため息交じりの声が会場にひろがった。中には泣いている記者もいた。それをよそに西崎が説明を続ける。

 「彼は子供で免疫力が高いからか、一番回復が早かった。この通り、もう普通の小学生の健康状態と変わりがないです。」

 ここでフリーの記者が口を挟んだ。もちろん仕込みであろう。

 「その画期的治療は何なのでしょうか?」

 一拍置いて西崎は説明を始めた。

 「ヒト白血球インターフェロンのサイトカイン療法に、ある薬剤を併用したところ、画期的な効果が出ました。」

 「それはなんなのでしょうか?」

 満を持して西崎が机の中から薬品を出した。

 「イソベルリン、ただのうがい薬です。」

 静まり返った会場の沈黙を破るように、海削が補足を入れた。

 「私もよく分からないのですが、うがい薬の中のヨウ素が関係あるみたいなんです。現に私もこのように回復しました。思うに、うがいするだけでも予防効果があると思います。」

 新井が言っていた通り無茶苦茶な説明だ。放射線障害がうがい薬ごときで治ってたまるか。しかし、YouTubeのコメント欄の反響は凄かった。吉祥寺をゲリラから救い、放射能まみれの八王子に乗り込んで人命救助に尽力した英雄。おまけに容姿端麗、眉目秀麗ときている。恐怖、不安、絶望の中に差した一本の光と大衆には映ったのだ。SNSでも疑問を呈する専門家、知識人は袋叩きにされていた。

 茶番も茶番、裏側まで知っている俺は本当にどうでも良くなって、さやかを連れて外に出て車に乗った。


 久々に訪れた品川駅前は寂れた地方都市のようになっていた。とにかくポテトサラダが無性に食べたかった。ボールに一杯のポテトサラダが食いてえ。チェーン店は軒並み閉まっていたが、暗がりの場末の個人居酒屋が開いていた。すかさず飛び込み、迷わず注文した。それを肴にウイスキーと吟醸酒を飲んだ。

 飲酒運転だが取り締まる警察もいない。五反田まで向かい、開いていたラブホテルにさやかとしっぽりしけ込んだ。

 射精後、茶番のバカらしさとアホらしさと自己嫌悪に襲われレベルはめちゃくちゃ上がった。赤子の手を捻るように八王子を丸ごと異世界の天空の空間に転移できた。

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