第10話 114514

 俺は吉祥寺駅前の放置自転車を拝借し霞が関に戻ることにした。走ること数分、すぐに環八にぶち当たった。我ながら乞食みたいな格好をして、しかも盗難自転車である。内閣官房のパスを見せても、関所の警官にはなかなか信じてもらえなかった。金子の所に照会が掛けられたようで、照会後は逆に敬礼されて、パトカーの配車までしてくれた。

 霞が関のオフィスに着いたところで、ニヤニヤした新井に出迎えられた。

 「不審者として逮捕されそうになったようで。」

 相変わらずムカつく物言いだ。言い返すのもバカらしいので黙っていたら二の句が来た。

 「僕が作った台本は完璧だったでしょう?今のところ全てがうまくいっている。」

 これには物申したい事があったので反論した。

 「お前、サンロードの雑貨屋の防犯カメラを一つ見逃してただろ。俺がSDカードをバックアップも含めて消しといてやったぞ。」

 それに対しても新井はニヤニヤしていた。

 「いや、それは井上さんが気づくかなーって思ってわざと台本に盛り込んでなかったんです。さすが井上さんですね!ドヤ顔が素敵ですね!」

 本当に性格が悪いやつだな。キンタマもぎ取ってやりたいくらいだ。俺が手を伸ばしかけたところ、ここでまた空気を読んだ金子が俺達の会話に割って入った。

 「とにかく井上さんのおかげで吉祥寺戦争はうまく行きました。次のフェーズに移りましょう。新井、次はどうするんだ。」

 「台本はまだ終わっていませんよ。待ちのターンですね。共産党本部が必ず動きますから、それからですね。」


 共産党本部は党員、しかも若手国会議員が組織した共産党青年団の暴走に頭を抱えていた。札幌核攻撃直後、これは党勢拡大の絶好のチャンスだと党本部で即強硬論を決定し、即広報した。不俱戴天の仇中国共産党と繋がっているロシアは許せないし、平和主義の党方針とも矛盾しない。どの政党も右往左往している中で、一頭地を抜くことができるはずだ。そういう目論見だった。しかし、思いもしない二発目が東京に飛来し、更には吉祥寺のゲリラ蜂起である。ただのアイドルオタクだと思っていた海削が若手党員を率いて鎮圧し、警察に連行されたと、情報量が多すぎて思考停止状態に陥っていた。しかしSNS上では「#共産党青年団」がトレンド入りし、木製のバット一本でカラシニコフの銃撃を防ぎつつ賊を殴り倒す海削達のショート動画がバズリにバズっていた。「現代のサムライ」「悪のコミュニストVS正義のコミュニスト」「暴力革命(バット)」「金属バットじゃないのがプロ市民らしくて良い」。茶化しコメントも多いが概ね好意的だ。ここで暴走した海削達共産党青年団を除名処分にするのは悪手だ。党首の椎名は共産党青年団を党として完全バックアップすることを決め、その旨の記者会見を開いた。

 「共産党青年団は共産党の公認なんですか?」

 「若手勉強会の集まりとしては聞いているが、公認というわけではない。」

 「ということは、共産党青年団は懲戒処分とするのでしょうか?」

 「法に則って刑事上、民事上の責任は当人達に負ってもらう必要があるが、党としては懲戒処分をしない。」

 「共産党としては今回の決起は是認する、ということか。」

 「政府が機能不全に陥っている中で、市民を守るために命をかけた。これこそわが党が掲げる平和主義の理念に叶っていると考えている。自力救済禁止の法理がある一方、政府に対しては助命や減刑、早期釈放を求めていく。」


 ジジイどもにできるのは楽して棚ぼたを狙う小賢しい行動だけだ。共産党青年団に世論が好意的であるのを利用して高齢化著しい党の立て直しを図ろうという姑息な手を取るのは想定済みである。海削達が早期釈放されるのも近い。


 俺はさやかを借りてレベル下げを手伝ってもらった。家庭があり娘がいるにもかかわらずにする不倫は罪悪感が半端ない一方、快感も跳ね上がる。レベルが相当下がった。

 「おい、ソジュン!イクぞ!バニシング!」

 ハン・ソジュンは拘束後すぐに化外部隊の一人とすり替え、偽物を警察に引き渡した。本物はこのオフィスで目隠しの上拘束していた。稀に見る高レベル個体だったので惜しくなり金子に頼み込んだのだった。


 「おーい、ツアレ。お土産持ってきたぞ〜。稀に見る高レベル個体だぞ〜。」

 拘束されたまま魂だけ転送されたソジュンを化外の村で拾い、土産として持って帰った。ツアレは目を輝かせていた。

 「ウホッ!いい男!」

 エマちゃんがまた余計な異世界知識を仕入れて、ツアレにまで吹き込んだな。

 「食べてもいいし、生かして精液絞り出してもいいよ。」

 「114514っすね。」

 「話が噛み合わないなぁ。。」

 「いかんですよ!」

 まあこれも家族のコミュニケーションの形か。無口で無言の暗い娘より腐女子でも明るい方がいいのかもしれない。 


 家族団欒がてら俺はツアレに手伝わせて次の手の仕込みをはじめた。今回の戦争では現世界でやり残したことが何だったかは結局分からなかった。


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