第9話 口だけジャパン
海削は別途用意した選挙カーを吉祥寺北口広場前に乗り付けた。バンの上に設置した櫓に上り、選挙中さながらの街頭演説を始めた。
「私は共産党衆議院議員の海削綴です。只今、北朝鮮ゲリラの掃討が終わりました。現在核爆弾が八王子に落ちた関係で東京中が大混乱の中にあります。その隙をついて都内に潜伏していた北朝鮮ゲリラが蜂起し、吉祥寺を占拠しておりました。現在、政府も警察も自衛隊も機能しておりません。しかし、我々共産党青年団は有事にすぐに行動できるよう準備を怠っておりませんでしたので、即応でき、井の頭公園での激しい戦闘の後、ゲリラを駆逐することができました。吉祥寺は解放されたのです!」
群衆に紛れ込ませていたサクラが大きな拍手と歓声を送った。群衆もサクラに釣られて称賛を始めた。
「我々も少なからず犠牲が出ました。そして何より、ゲリラにより殺害された人々に対しては、涙を禁じ得ません。心より追悼の意を表します。」
海削は涙声で訴えた。そこに報道の記者が質問を投げかけた。
「あの、NBKテレビです。ゲリラとの激しい戦闘があったとのことですが、どのように戦ったのですか。ゲリラはまだ逃走中なのでしょうか。」
「吉祥寺を占拠していたゲリラはすべて殺害ないし捕獲いたしました。我々の武器は基本的にバットや素手です。ただ、立川駐屯地の正義感に燃える自衛隊員が隊規を破って数名駆けつけてくれて、自動小銃を数丁提供していただきました。ゲリラとの戦闘中に鹵獲したライフル銃などを使い、経戦しました。」
「ゲリラは戦闘のプロだと思います。共産党青年団はそれと渡り合えるほどの武力を持っているのですか。」
「最初は話し合いを持ちかけました。ですが、発砲され、我々の団員であった武蔵野市議が殺されました。話し合いは無理だと感じ、やむを得ず暴力を行使いたしました。暴力の行使といっても、ほぼ素手です。銃火器にバット一本で向かっていくのはとても恐ろしい。ですが、我々には日々鍛錬をしている肉体と、市民を守るという揺るぎない使命感がある。その気迫が相手を圧倒したのでしょう。武器の鹵獲に成功しました。井の頭公園での戦闘は熾烈を極めました。相手は重武装、こちらは鹵獲したライフル銃と自動小銃が数丁。しかも塹壕を掘って立てこもっている。かくゆう私も、この戦闘では耳が吹き飛ばされました。間一髪生き残れたことに感謝しています。」
海削は血が滴っている右耳を群衆に見せた。群衆はおお~と低い声を出した。
「テロ首謀者は今どうしているのですか。」
「我々が捕獲しています。警察か自衛隊が機能し始め、治安出動した際に引き渡します。我々も、緊急事態とはいえ武力行使を行ったことに対して罪を償いたいと思っています。」
一瞬の沈黙が流れた。海削が一呼吸おいて大きな声で叫んだ。
「私が最も訴えたいことは、政党が何も機能していないことです。与野党第一党は言うまでもなく、普段威勢よく愛国を叫んでいるどこぞのハゲも、実際有事が起きたら何もできないということです。それは情けないことに我が党共産党自体にも言えることです。口だけは何とでも言うでしょう。自衛隊や警察の人達に対して、『死んで来い』と。私が言いたいのは、それはおかしいということです。まず政党が先陣をきって問題に取り組まなければならない。政治家はどいつもこいつも口だけなんです。『日本を良くします!』っていくら叫んでもせいぜい役人に対して『やれ』って命令するだけ。結果、今回のゲリラ蜂起では何もできずに何人もの市民が殺されてしまいました。しかし、我々共産党青年団は違います。即応、行動、自分たちでやる、身体を張る。右だ左だ、主義主張は関係ない!文字通り死んでも市民を守ります!」
しばらくして武蔵野警察のパトカーがやってきた。八王子への核攻撃から1日、ようやく通常の治安機構が機能し始めたようだ。本庁からの指示で環八封鎖に駆り出され、地元でもテロだ。制服の警官も寝ていないのであろう、制服もしわしわで、目の下にクマができていた。
「それでは、我々は警察さんのお世話になります。炊き出しはまだ続けますから、どうぞ温かいものを食べていってください。」
海削はそういってパトカーで連行された。我々が乗ってきた緑色の警察バスはいつの間にか消えており、武蔵野警察が準備した我々と同じような緑色の警察バスに共産党青年団とハン・ソジュンが併せて収容されていった。
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