第18話 じゃしん大家族

 意識を取り戻した瞬間。


 瀬戸セト獅蝋シロウは、愕然としながら立ちあがる。


 ……どういうことだ、今、俺はなにをされた?


 数秒で全身の点検を終えて、重症箇所に意識を向ける。


 無意識下、深域の技能スキル自己修復セルフリペアを発動……粉砕骨折していた鎖骨を治し、へし折れていた左大腿骨を元に戻した。


 自動オートで発動した精神統一マインドリセットにより、霧がかっていたシローの思考は整っていく。


 意味がわからねぇ……なにをされたのかもわからず、意識を失うなんて経験したことねぇぞ……あの一瞬で、こんなところまで吹き飛ばされたのか……どいつにやられた……詩宝ノアの『神速』か……いや、アイツの技能スキルの発動条件は抑えてた……俺がアイツの一部に触れてる状態では、他者に効果を適用出来ない神速は発動不可能の筈だ……。


 瀬戸セト獅蝋シロウは、国選の迷宮探索者である。


 『国選』とも略称されるその迷宮探索者は、重要無形文化財保持者として認定されており、年間300~500万円の助成金を得られる他、新規発見された迷宮探索の先鋒を務めるだけの報酬と特権を約束されている。


 迷宮探索者の資格は国家試験を通るだけで得られるため、その人の努力次第でどうにでもなるが、国選ともなると『普通の人間』では、まず選ばれることのない天賦の領域にあるとされていた。


 ゆえに、その実力はと隔絶している。


 重要無形文化財保持者といえば人間国宝が有名だが、その平均年齢は78歳。


 長い年月としつきを要する研鑽が必須であるとうかがえるが……国選迷宮探索者の平均年齢は28歳、その大半は10代、20代である。


 なぜ、国選に若者が多いのか。


 若人わこうど特有の無謀さが迷宮探索においては効率的プラスに働いていること、そして、国選の死亡率が高く入れ替わりのサイクルが早いことが理由とされている。


 国選には、若い人間が多い。


 若い人間は増長しやすく、傲慢プライドをもっている。


 ある意味、同業ともいえるDtuberに対し、若者の多い国選たちが子どもじみた敵愾心を向けるのは自然な流れともいえた。


 瀬戸セト獅蝋シロウもまた、その例に漏れなかった。


 国選が命懸けで安全性を確立したダンジョンで、視聴者たちから金を集め、へらへらしながら遊び呆けて、国選の数倍以上の所得を得て人気者になっているDtuberは……彼にとって、唾棄すべき『敵』であった。


 人外遺物アーティファクトの有り無しは、迷宮探索者にとって生きるか死ぬかを分ける境目と成り得る。


 だからこそ、シローはそれを回収する『役目』が己にあると盲信し、多少の悪行も国選である自分であれば許されると妄信していた。


 眼の前で。


 ハイタッチを交わし合っている新人Dtuberを眺め、シローはゆっくりと問いかける。


「おい、腐れDtuberども。お前ら、今、なにしやがった」


 その中のひとり、小さな少女は振り向いて親指を立てる。


「スタッフさん、お疲れ様じゃったの〜!! ふたつ目の課題って『不良迷宮探索者をぶっ飛ばせ!!』とかじゃろ? わしらの勝ちで一対一……この盛り上がりはパーフェクト、コレで蒲焼きリヴァーくんの負債はゼロじゃ〜!!」


 ふたつ目の課題? なにを言ってる?


 混乱しているシローの前で、クマ耳を生やした女がぴこぴこと耳先を動かす。


「しかし、めちゃくちゃ露骨な仕込みでしたね。こんなにもわかりやすい三下悪役キャラとか、久しぶりに見ましたよ」

「……あ?」


 筋骨隆々の美青年は、謎の美少女抱き枕を抱えながら首肯する。


「フハッ、我らの慧眼は誤魔化せぬ。特に我の目は、数多のギャルゲープレイによって肥えているからな。放送事故アクシデントを装って乱入してきたところまでは良かったが、いにしえのギャルゲーを思い出させる小悪党ムーブ……詩宝ノア含め、達者な演技であったと神たる我の称賛を与えよう」

「ば、バカ!! セティ!! ノアちゃんたちが、わしらを勝たせるために八百長してるとバレたら炎上じゃぞ!!」

「いやでも、三番勝負で先に二勝して終わりになるパターンなんて見たことないですし……視聴者さんたちも、そこらへんのお約束は理解してますよ」

「……さっきから、なに意味不明なこと喚いてやがる」


 きょとんとした三邪神は、カメラを指差してアピールする。


 なんの反応も示さないシローを確認し、三人は円陣を組んでひそひそ話を始めた。


「なんか、まだ、続いてるっぽいんじゃが……終わりじゃないのかの?」

「リトル、貴方、倒すのが早すぎたんですよ。尺ですよ尺。本来の予定であれば、きっと、リヴァーくんと小悪党さんで一時間くらいは使う予定だったんですよ」

「どうする、我らで尺稼ぎをするか」

「小悪党のスタッフさんもやる気満々じゃしな……なんか、プロレスっぽいことした方が良いかの?」

「あぁ、それなら、私に任せてください。大得意ですよ、そういうの」


 両腕を組んで。


 偉そうに仁王立ちした『マリフ』と呼ばれていた女は声を張り上げる。


「お〜い、そこのDV顔〜!!」

「…………ぁあ?」


 精神統一マインドリセットが発動し、キレかけていたシローは余裕を取り戻――


「ダッセェサーフパンツだなぁ!! ビニールプールで波乗りするためにママに買ってもらったのか? その肥溜めみたいなファッションセンスは、幼児服売り場の便所でひねり出してきたんじゃねぇよなぁ〜? ドメスティックバイオレンスの教習ビデオに出てきそうな面しやがって、お前、女にもらった小遣いとパチ屋でバフかかりそうな人生してて恥ずかしくねぇの〜?」

「殺す」


 一瞬で、ストレスの許容量を超えて踏み込んだ。


 景色が線となって掻き消えて、一瞬で接敵したシローはマリフの首を刈ろうとし――勢いよく、地面に叩きつけられた。


「あ、やべ」


 彼の頭頂部に手刀を叩きつけたマリフは、頭から地面にめり込んでいるシローを眺め冷静につぶやく。


「すみません、私、小蝿とか殺し回って三千里をくタイプの人種で」

「こ、このバカタレがァ!! 口プロレス通り越して誹謗中傷まで及んどったわ!! その上、無辜むこのスタッフさんに致命的な反撃まで加えて……心とかないんか、おぬしは!!」


 頭上の口論を聞きながら。


 自己修復セルフリペアを発動させたシローは、愕然としながらも目まぐるしく思考を回す。


 な、なんで、『感覚遅延』も『自動反射』も『風圧防御』も効かない……そ、そもそも、どうして素手で触れられる……お、俺は、領域レベル1420だぞ……め、目で追えるわけがないのに……あ、人外遺物アーティファクトもなしで……な、なんなんだ、コイツらは……!?


「せ、セティ!! なんかグロいことになったらマズいから、それ、中身抜いてスタッフさんに貸してさしあげい!!」

「あ、貴様!!」


 無理矢理、立たせられたシローはふわりとした布に包まれる。


 古◯渚の抱き枕カバーに詰め込まれた彼は、わけのわからないままリトルとマリフに囲まれる。


「よし、マリフ!! 白熱の接戦を演じるんじゃ!!」

「わかりました、任せてください!!」


 視界を封じられたまま。


 左右から、シローは殴られたり蹴られたりする。


「町も人も、みんな家族です!! だんご大家族です!!」

「泣いていいのは、おトイレかパパの胸!!」


 ぼこぼこぼこぼこ。


 CLAN◯ADの名言を浴びせられながら、蹴りつけられているシローINナギサは、右へ行ったり左へ行ったり右往左往する。


「マズいマズいマズい!! マリフ、ストップストップ!! 絵面が!! 絵面が、相当、マズいことになっとる!! 今のわしら、無抵抗の美少女をリンチしてるようにしか見えん!! 悪役が入れ替わっとる!!」

「大丈夫ですよ!! モザイクかかってますから!! 全身モザイクまみれの変態を蹴りつけてるようにしか見えません!! なにをしようとも、正義は我々にあります!! 喰らえ、オラァッ!! ふざけてんじゃねぇぞ、ゴミ虫がァッ!!」

「ふざけてんのは……テメェらだろうがァッ!!」


 勢いよく抱き枕カバーを引き裂いて、シローは外へと飛び出し人外遺物ナイフを構える。


虚仮コケにしやがって!! 生きてココから出られると思うな……よ……っ?」


 殺気。


 その濃密で純粋な殺意を浴びて、シローはその場にへたれ込む。


「貴様は」


 眼の前に立っている。


 筋骨隆々の美青年の顔面が、ぼろぼろと崩れながらその正体を現し――猛烈な勢いで、精神統一マインドリセットが連続発動し――それでもなお、防ぎきれなかった余波で、シローは泡を吹きながら白目を剥く。


「我のナギサをなんと心得るか」


 そして、シローの脳内に流れ込むのは存在しない記憶――CLA◯NAD、本編22話と番外編1話の全23話――脳内で始まった一挙放送のリフレイン、萌えの過剰摂取により彼の身体が震え始め、無価値だと思い込んでいた抱き枕カバーに対する罪悪感が胸いっぱいに広がっていき――


「次は、AFTER STORYだ」


 びくんと全身が震えた彼は、完全に意識を失った。

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