第4話 本体ポロリして大バズリ

 家賃2万8千円の安アパート。


 東京都中野駅からそれなり離れて徒歩14分、築45年で洋室4.5帖の東向き。


 ぎゅうぎゅう詰めになって暮らしているのは、あくびひとつで世界を滅ぼせる三柱の邪神……ア・リトル・リトル、マリフチョーロ、セティ=スタムレタス。


 本来であれば、常夜塒エヴェースと呼ばれる世界の裏側で暮らすソレらが、東京の安アパートに暮らす必要はないのだが、『なんか、苦労してた方がアニメっぽい』というアホみたいな理由で棲家としていた。


「結局、サインもらえんかったの~」


 寝転がっているリトルは、残念そうに声を上げる。


「でも、一緒に動画は撮れたじゃないですか」

「無意識下で行われた無許可撮影を、さも認可済みのように語るのはやめんかカスぅ」


 コンビニバイトで得た金で格安回線と契約し、今日も今日とてSNSの更新をかけようとしていたマリフはため息を吐いた。


「残念無念、どうやら世界は私の存在を理解しないようです」

「貴様は阿呆か。斯様かよう舞踏ダンスを投稿すれば凍結して当然の帰結よ。オタクの風上にもおけんわ」


 窓枠に腰掛けているセティは、自分で直したジャンクのレトロゲーム機でギャルゲーをプレイしながら鼻で笑う。


「詩宝ノアが目覚めていれば、我らのチャンネル登録者数も伸びていたかもしれんな。フハッ、神たる我は斯様なやすきは好まんが」

「わしは、生ノアちゃんを見れただけで大満足じゃ~! ほんに、めんこかったのぉ~! LOVEじゃ~!」


 上体を起こし、指でハートを作ったリトルはニコニコと笑う。


「わしらがいなければ、ノアちゃんは死んどったからのう。それだけでも、ダンジョン配信を始めたかいがあったというものよ」

「私も、邪神SNSに投稿するネタが増えて嬉しいですよ。深夜アニメを生で見れるのも嬉しいですし」

「我も、秋葉に行けて満悦である」


 スマホを弄りながらマリフは応答し、ボタンを押しながらセティも同調する。


「でも、わし、最近の秋葉はなんか怖くて……メイドさんたちは可愛いんじゃけど、なんか、こうズラっと並んで声とかもかけてくるし……営業の圧が……圧が怖くない……?」

「「わかる」」


 雑談に花を咲かせていると、マリフは「おっ」と歓声を上げる。


「なんだ、凍ってたのは別アカですか。貴方たちの暴行のせいでスマホを直してましたからね、ログインやら通知やらをしくじってました。無意識ノア眼前ダンス煽り動画の反応はど――」


 マリフは、目を見開いたまま硬直する。


 ぱちくりと瞬きし、その背中に乗っかったリトルは画面を覗き込む。


「なんじゃあ~? 凍結解除されたと思ったら、また凍結されでもし――」


 リトルは、瞠目したまま固まる。


「どうした、貴様ら? 暗転画面に映った己の面の惨たらしさで心停止でも起こしたか?」


 コントローラーを窓枠に置いて、セティは尊大に真上から画面を見下ろした。


「フハッ、受肉後に心の臓を鍛えておかんからそうな――」


 セティは、口をあんぐり開けて静止する。


 三者三様、その六つの目玉が捉えているのは――画面に映る数字だった。


 29.8万フォロワー。


 先日まで、15人しかいなかったフォロワーが約20000倍になっていた。


 ぶるぶると。


 小刻みに震え出したマリフは、天へと右拳を突き上げる。


「やったーッ!!」


 高らかに、邪神は宣言する。


「私の時代が、キターッ!!」


 瞬間、リトルはその胸ぐらを掴み床に叩きつける。


「お、おぬしゃぁああ!! や、やりおったなぁ!! の、ノアちゃんを出汁だしにして、己だけ甘い汁を啜るとは生き恥の生き字引きがァ~ッ!!」

「あっはっはっは!! SNSなんてやったもん勝ちなんですよぉ~!! ぬぅあ~にが、生ノアちゃんですか~!? 時代は死ノアですよ、死ノア~!!」

「マリフ、貴様は、存在してはいけない生き物だ」


 セティの右拳が強烈に光り輝き、今まさに、炸裂しようとした最中――


「あ、あ、あ~ッ!!」


 マリフのスマホを奪い取り、操作していたリトルが大声を上げる。


「こ、こやつ、わしのノアちゃんにフォローされとるぅう!! どころか、『One Point』のメンバー、全員にフォローされちゃっとるぅう!!」

「なんだとぉ!?」


 愕然と、セティは振り返る。


「わ、我のソンソン・ヴィーは……?」

「ふぉ、フォローしとる……」


 刹那。


 真顔のセティは、ぐいぐいとマリフの首を締め上げる。


「死ね……セティ=スタムレタスが命じる……死ね……」

「ぐ、ぐげぇ~ッ!!」


 見る見る間に、赤紫色に染まるマリフの面。


 その顔面を連写し、直ぐ様に添付してリトルは『ゴミ掃除』と題をつけて投稿する。


 数秒もしないうちに、ぽこんぽこんと、画面上に雪崩の如くリツイートやいいねやリプライの通知が届く。


「お、おゲェ~ッ!! おげへェ~へッへッ!!」

「な、なんてヤツじゃ……今、まさに死にかけているというに……つ、通知音を聞いて笑っておる……」


 死へと向かいながら、自己顕示欲の怪物モンスターは笑っていた。


「だ、ダメじゃ、セティ……今、こやつを殺せば、この怪物は死ノアの象徴となってしまう……あと、受肉体を殺してもあんま意味ないんじゃあ……」


 舌打ちし、セティはマリフの首から手を離した。


「興が乗らんわ! 結局は、コレの一人勝ちか!」

「まぁ、こうなってはしゃあないのう。願わくば、わしらのダンジョン配信用のチャンネルにこやつのバズが寄与することじゃが……まぁ、あまり期待は出来んのう。個人でバズっても、グループ全体で伸びることってあんまないんじゃぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!! 死ぬほどバズっとるぅううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!」


 腰を抜かしたリトルの手から、セティはスマホを奪い取り数字を確認する。


 チャンネル登録者数、38.2万人。


 前回、確認した時から約13万倍に登録者数が膨れ上がっていた。


「やはり」


 いつの間にか、立ち上がっていたマリフは半面を片手で隠しながら微笑する。


「私のダンスのキレ……ですかね」

「あんな、ぎっくり腰のオットセイみたいな動きのお陰なわけないじゃろ! さすがに、この伸びはおかしいんじゃ! マリフのSNSアカウントのフォロワー数よりも、わしらのチャンネルの登録者数の方が多い! つまるところ!」

「バズの震源は……我らのチャンネルの方か!」


 アーカイブの視聴回数が、軒並みハーフミリオンを超えている。


 この数日、目を離していた先に発生していた大バズり。


 その震源と予想されるアーカイブ、唯一、ミリオン再生を超えておりコメント数も1000件を超えている。


 三人は、そのアーカイブを確認し――顔を見合わせる。


「「「…………」」」


 リトルは、コツンと自分の頭を小突いて舌を出す。


「ポロリ、しちゃった☆」


 そして、三柱そろって頭を抱えた。

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