第2話 推しは生きてる間に推せ

 ――わしらなら、直ぐに人気出るっしょ(笑)。


 そう軽く考えていたのは、無職ニートゆえのことか。


 数十年前に突如として発生した『ダンジョン』に対する法整備は完了し、なにをトチ狂ったのかダンジョン内の配信を認めているクレイジーな世界。


 十六歳以上であれば簡単に探索認可の下りるダンジョン界隈、この世界に住む全人類の目玉に分体を棲み着かせたマリフチョーロにより、戸籍やら印鑑やら認可やらを誤魔化して配信開始出来たところまでは良かった。


 しかし、華麗な配信者デビューを果たしてから、はや一ヶ月。


 芽が出るところか地に潜り始めている邪神一行は、揃いも揃って、人気のないダンジョンの下層で頭を抱えていた。


「なんでじゃぁ~!! なんで、人気が出ないんじゃぁ~!!」


 頭を抱えて、泣きわめきながらア・リトル・リトルは転げ回る。


 ガチ泣きである。


 その気になれば、この世界の法則性を捻じ曲げ、強制的に己の配信を見せつけることも出来る強力な邪神であったが、そのようなことをしてもなにひとつ意味がないことを知っているがゆえの惨たらしい痴態であった。


「……受肉した肉体の見栄えが悪いんじゃないでしょうか」


 邪神たちの中で、最も頭が良い(と自分で思い込んでいる)マリフチョーロはぼそりとつぶやく。


「「「…………」」」


 なんとなく、キモオタ邪神ーズは見つめ合い――


「「「趣味、出過ぎ」」」


 己の力で創作した互いの写し身を批評し合った。


「ア・リトル・リトル、ロリコンだったんですかあなた……」

「ちがわい!! 慈しみを形どったら、こうなったんじゃい!!」


 元は数億もの触手の群体であるア・リトル・リトルは、滑らかな銀髪をもった愛らしい少女に姿を変えていた。


 赤紫色ワインレッドのゴシックドレスを着込んだ彼女の目は、血液で象られた宝玉を思わせるように赤々と色づいている。


「わしにとって、いっちばんさいしょの信者じゃよ。もうとっくの昔にくたばったが、最期まで、わしに付き従ってくれた。ちなみに、チャームポイントは八重歯じゃ。かわいくない?」


 イーッと八重歯を剥き出しにして、アピールを行う元触手。


 愛らしいは愛らしいが、その中身は触手地獄である。


「そういうおまえこそ! マリフチョーロ! なんじゃあ、そのケモノ耳!! かんっぺきに、おぬしの趣味ではないかっ!!」

「は? ケモ耳生えてない人類とか、ことごとくカスの集合体ですが?」


 惑星大の目玉の塊であるマリフチョーロは、キツネ耳をぴんっと生やした色艶のある女性に変化していた。


 茶褐色のローブで全身を包んでいるにもかかわらず、ふくよかな身体のラインが出ているあたり趣味が全開であった。


「ちなみに、チャームポイントは、この耳を自在に付け替えられることですね。犬耳、猫耳、うさぎ耳、目玉耳、耳耳耳、なんでもござれとなっております」

「フハッ、ゲテモノ風情が」

「なんちゅうか、セティ=スタムレタス……おまえ、意外じゃなぁ」


 蠕虫ぜんちゅうの寄せ集めであるセティ=スタムレタスは、金色の野原を思わせる長髪を後ろで結び上げている男性になっていた。


 鍛え上げられた肉体美を誇示するかのように半裸で、金銀財宝で飾られたネックレスを裸身の上で踊らせている。


惑溺の蠱惑点チャームポイントは、『全』である。我は全であり一であり、祖にしてついでもあるからな」

「単に男キャラにして、妄想上のヒロインといちゃつきたかっただけでしょう?」

「然り」

「正直で、好感モテるの~」


 互いに呼び名が長いと呼びづらいとのことで(この世界の言語では)、『リトル』、『マリフ』、『セティ』と呼び合うこととした。


「こうして改めて見ても、見た目は悪くないと思うんじゃがの~。だって、コレってわしらの理想じゃぞ? キモオタの理想を凝縮再現して同接2は酷すぎんか?」

「最初の方は、二桁いたんですがねぇ。今に至るまでの総コメント数は3で、来てるコメントは『ケモ耳最高』、『ケモ耳万歳』、『ケモ耳のお姉さん可愛い』だけって……どこの無能どもが足を引っ張っているか明白なのがまた悲しいところですよ」

「全部、貴様の自演だろうが」

「ほんま死ね」


 邪神たちは気づいていないが、人気の出ない理由は明白であった。


 邪神たちの速度に、カメラが追いついていないのだ。


 リトルたちが使用している配信用のカメラは30fps、つまり、一秒間に30枚の画像で構成されている。


 0.03秒間に一枚の画像が出力されている状態のため、カメラのフレーム内で0.03秒を超える速度で動けば、出力されてくるのは『ダンジョンの壁と床』である。


 キモオタ三邪神は良いところを見せようと張り切っているので、当然、0.03秒に収まる速さで動こうとはしない。


 動き回る際にダンジョンを破壊しないように配慮しているものの、配信を視聴する視聴者たちへの配慮はひとつもしていなかった。


 結果として、この一ヶ月、遊んでいる時間を除けば『ダンジョンの環境音ASMR』配信を垂れ流している状況となっていた。


 三柱とも無職ニートゆえに『自分以外の誰かがチェックしてるだろう』という思い込みがあったため、誰ひとりとして配信内容の確認をしていなかった。


 数少ない視聴者たちも『そういう配信なのだろう』と思っており、コメントによる指摘が行われることもなかった。


「もうやめじゃやめじゃ~!! 今日は配信やめじゃぁ~!!」

「はいはい、配信切りますよ」


 キツネ耳をぴくぴく動かしながら、マリフは配信を切ろうとし――リトルはむくりと起き上がる。


「フハッ、どうした? 我に見惚れたか?」

「…………」


 ひゅんっと、音を立ててリトルは掻き消える。


 次いで、カメラを回収したマリフとセティも姿を消して後を追いかけ、到達先で胸に大きな空洞を開けた少女の死骸を見下ろした。


「あ~、やっぱりなんじゃぁ~! 大人気Dtuberの『詩宝ノア』ちゃんじゃぁ~! わ、わし、大ファンなんじゃ! 『One Point』のリーダーで、自他ともに認めるストイックビューティー! 好きな食べ物はうどんで、いつも、付け合せでかき揚げを頼むんじゃ! ぶ、Vlogとかも、わし、全部見とる!!」


 そわそわしながら、リトルはちらりとマリフを伺う。


「さ、サインとかお願いしたら迷惑かのう……?」

「いや、死んでますよ」

「うぎゃぁあああああああああああああああああああああああ!! 推しが死んだぁあああああああああああああああああああ!!」


 ギャーギャー泣き喚くリトルの前で、セティは彼女の額に手を当てる。


 見る見る間に、胸の空洞は塞がり顔色も戻っていった。


「とりあえず、我の力で生き返らせたぞ」


 セティは、懐から色紙を取り出す。


「ゆえに、我が一番だ」

「ず、ずるいぞ、セティ! 『One Point』の推しは、『ソンソン・ヴィー』ちゃんだと言ってたじゃろうが!!」

「本人に許可取りする前に、死体だった時の写真、SNSに投稿したら怒られますかね?」

「「ほんま死ね、お前」」


 登録者数100万人超の大人気Dtuberを前に、邪神たちの興奮度ボルテージは上がっていく。


 キモオタの本性を曝け出し、醜く言い争う三邪神。


 ソレらの気づかぬうちに、どろりどろりと、まとっていた皮の隙間から漏れ出しているのはその中身であった。


 それは、名状しがたき『ナニカ』であった。


 視たものは正気ではいられぬような、人間が恐れる闇を具現化した邪そのもの。


 大量の触手、蠕虫、目玉が、うじゃりうじゃりとダンジョン内を満たし始める。


 三邪神は、既に、誰かが配信を止めていた――と思い込んでいた。


 ゆえに、生まれた油断。


 所謂いわゆる、配信の切り忘れというポカミス。


『えっぐ!? なにこれ、人間じゃねぇの!?』

『下層にこんなモンスターいたか!?』

『いや、どう見ても人間から出てるだろ』

『チャンネル名「キモオタ三邪神」って正体丸出しで草』

『【悲報】推しと世界、終わり』

『みんな、SAN値はもったな!! 行くぞォ!!』

『いあ! いあ!』


 その邪神らしからぬミスは、あっという間に拡散されていった。

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