怠惰の器
『やぁ。やっと起きたね』
意識が戻ると、あの正体不明な女性の声が耳に届いた。
僕は戸惑いながらも、その声の方向に視線を向ける。
目の前には――――――
「え?」
黒曜石のように輝く黒髪に、無気力な雰囲気を感じさせる、まるで瞳にハイライトがないよ美しい……いや、神々しさすら感じる顔立ちの女性がいた。
『はじめまして、アル=ビーステッド…。それとも転生前の名前で呼んだほうがいい?まぁ、いいか』
その女性は気怠げな調子で話し始める。
『ボクは{怠惰の神パレス}。主審ノアやその眷属神に代わり、君にスキルを与える七大罪神の一柱だよ』
「怠惰の神…」
怠惰の神パレス。聞いたことがない。この世界特有の神なのだろうか。
「なるほど…。あの、それで、主神ノアや眷属神に代わって、僕にスキルをくれるって言うのは、どういうことですか?」
ノウエルも主審ノアと言っていたが、僕はその主審ノアすら知らない。突然七大罪神だなんて言われても、正直ピンとこない。
パレスは僕の思考を読んだのか、それともただの偶然かはわからないけれど、僕の疑問に答えてくれる。
『面倒臭いけど、簡単に説明をしよう。まず、主神ノアはね、創造神が世界を去った後、この世界を統治している神なんだ。次に、眷属神。眷属神はノアが生み出した神で、言ってみればノアの子供だね』
ふむふむ…。
なるほど、わかったけど…。
え?七大罪神については…?説明無し?
パレスは僕のその疑問を察したのか、すぐに答えてくれた。
『しょうがないな〜。いいよ、このボクがまた簡単に説明してあげる。一回しか言わないから、ちゃんと聞いてよ?』
僕は頷く。
『七大罪神っていうのは、嫉妬、色欲、怠惰、憤怒、強欲、傲慢を司る神たちのことだよ。この七柱は、主神ノアの子供じゃなくて、君たち人々の感情から生まれたんだ』
それからパレスの顔つきが一瞬、険しくなる。
『ボクたちが生まれてから、30年ほどこの世界は表面上、平和だったんだ。人々は七つの感情を上手くコントロールして、協力しながら生きてきた。でもね、その日常がとある神の行いによって崩れたんだ』
『その神の名は【コレール】、憤怒を司る神だよ。彼女は、ボクたち七大罪神を殺し力を奪い取った。まったく、腹立たしい限りだね』
その瞬間、僕は凍りつくような寒気を感じた。
パレスから溢れ出すドス黒い殺気。今にも誰かを殺しそうなその気配に、僕は一瞬身を縮めた。
パレスは、僕の震えをよそに、コレールへの恨みをぶつぶつとこぼし続ける。
『だいたい、ボクたち七大罪神は不仲だったとはいえ、いきなり殺すことないだろう?その上、力も全て奪うなんて……。あぁ、本当に腹が立つ』
僕はその殺気に圧倒され、思わず息を呑む。
パレスが話し続ける間、僕の目の前には何か大きな影がぼんやりと現れる。その影は、まるで凶暴な熊のように荒々しく、恐ろしい顔をしているような気がした。
―――幻覚だろうか?
僕はふと、パレスの殺気に呑み込まれたのか、それとも心が不安定になったせいか。
次第に、パレスの殺気は小さくなり、僕も少しだけ落ち着きを取り戻した。
『あ、すまない。話が脱線しちゃったね。もう一度話すよ。ボクの長い自分語りが始まるから、しっかり聞いてくれよ?』
「え、ええ…」
僕は心の中で大きくため息をつきつつ、パレスの言葉に集中することに決めた。
『ボクはね、憤怒の神コレールに殺されてしまった。その際、ボクの力は全て奪われて、完全に弱体化してしまったんだ。もちろん、生き返ろうとしたけど、生き返るには相当な力が必要でね。弱体化したボクには、その力が足りなかった』
パレスは少し間を置き、僕の方を見つめながら続ける。
『その時、ボクの天才的な頭脳がひらめいたんだよ。ボクの眷属を作り、その眷属にボクの力をスキルとして与えて、代わりに強くなってもらおうってね。それからの行動は、実に速かった。ボクは残された怠惰の力を授け、その力に呑み込まれない人物を探し続けたんだ』
パレスは少し遠くを見るような目をして、静かに語る。
『大体、1500年くらい探したよ。まるで恋焦がれる少女のようにね。だけど、なかなか条件に合う人物は現れなくて…さすがにボクも諦めかけたんだ。でも、そんな時に君が現れたんだよ』
僕は思わず顔をしかめる。
へぇ~、1500年か…。なかなか気の長い神様だな。
だが、パレスの目は真剣そのもので、僕はそれを否定する気にはなれなかった。
『ボクはそれから君が神殿に来るのを待ち続け、ようやく今日、君に会うことができたんだ。これで、ボクの長~い自分語りは終わりだよ』
「なるほど…。事情は分かりました」
転生したばかりで右も左も分からないけれど、パレスがここまで頼ってくれるなら、頑張ってみようと思った。
―――頼られたら応えたい、って気持ちもあるし。
それに、せっかくの第二の人生だ。目標を持って生きてみたい。
それに、断る理由もない気がするし…。
「僕でいいなら、その役目、受けさせてもらいます」
パレスは僕の言葉を聞いて、嬉しそうに微笑んだ。
『あぁ!是非頼むよ!それじゃあ、今から君にボクの力を授けるよ』
その言葉に、僕は少し身構えた。次の瞬間、パレスは僕に歩み寄ってきて、僕を抱き上げる。
その腕に抱かれた僕は、目の前にある神々しい顔と目が合う。
―――あれ?ただ抱っこされるだけ?
僕の体は、パレスの顔と同じ高さに持ち上げられている。目の前で、パレスの美しい顔がぐっと近づいてくるのを感じた。
「え…?」
その瞬間、僕の心臓がバクバクと早鐘のように鳴り響く。
そして、パレスの唇が僕の額に優しく触れる。
僕は一瞬、呆然としていた。
慌ててパレスから降ろしてもらい、顔を見上げる。
パレスは顔を赤く染め、少し震えているようだった。
『…ボクの初めては君に捧げた。だから、君もボクにその人生を捧げてくれよ?そのための力は、もう渡したからね』
その言葉を聞いて、僕は一瞬固まってしまった。
―――え、え、えぇぇ!?
それから、またパレスの唇が近づいてきた。
―――あれ、これ、またキスされるのか!?
まだ、心の準備が……。
僕は目を閉じる。
しかし、唇は額ではなく、耳元にくる。
パレスが顔を真っ赤にする。するとパレスの震えた声が、僕の耳元に囁くように響く。
『君の怠惰な人生に幸がありますように…。願わくは、もう一度君に会いたいものだね…。それじゃあ、頑張って』
僕はその言葉に何も言えずにただ立ち尽くしてしまう。
するとパレスはボクに魔法を唱える。
『君をあっちの世界に帰すよ。何度も言うけど頑張ってね』
何も言えないままパレスは姿を消し、僕の意識も消えていってしまった。
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