恩返し


「――何しやがったんだぁ?」

 深い溜息をついた後で、厳十郎は高橋へと問う。


「殺人と身代金目的の誘拐です」

「……そう、かぁ」

「では現在判明している時系列順に説明させていただきます」

「……おう」


 それに変わらぬ鉄仮面で、高橋が答え始めた。


「先月中旬、長野県の山奥にある十畑とばた村において住人三七人が斬殺され、一人の成人男性と産まれて間も無い新生児が一人変死する事件が発生しました」


 第一発見者は長期連休で帰省した住人の孫であったらしい。


「調査の結果、被害者三七名はすべて鋭い刃物で斬られ即死していたということが判明しています。加えて調査に立ち会った佐々木からは『一刀のもとに全員斬り伏せられている』との報告がありました」


それがしも剣の腕には多少の覚えがある。……あるのだが、アレを見てしまっては某の自信など粉微塵よ』と、一人の侍が少し経ってから自虐気味にこぼしていたらしい。


 そんな一個人による大量殺人事件として歴史に刻まれるような凶悪事件は、現時点ですら報道されていない。


「どうして異対我々が関与することになったかといえば、その村に住んでいた一人の『鍛冶師』が関係しています」

「鍛冶師だぁ? おいおい、まさか『魔剣・・打ってました』なんざぁ言わねぇよなぁ?」

「――その通りです。もっとも、出来上がったと思われるのは妖刀・・ですが」


 厳十郎から不意に出てきた軽口を、高橋は鉄仮面のまま肯定した。よりにもよって最悪・・の情報と共に。


 ――魔剣。

 現在の定義では『魔術的事象を内包、または発動することのできる刀剣類』を指すし、俗に言う『魔術剣』だ。

例えば刀身に常時炎を纏っていたり、振ったら火炎放射器のように炎を吐き出す剣は『火の魔剣』となる。


 当然『表』では基本的に流通していない。

 『裏』ですら製造・販売には色々と面倒な制限があり、年々その製造本数が減少していると厳十郎は風の噂で聞いていた。


「……名前はなんつぅんだぁ?」

「氏名は田村たむら真一まさかず。年齢は三五歳です」

「ん~、聞いたこと無ぇなぁ」


 厳十郎も日本にいる『魔剣鍛冶師』をそれなりに知っていたが、今まさに高橋から聞いた名前には心当たりが一切なかった。


「ええ、そのはずです。彼はただの刀鍛冶でしたから。屋内にあった夥しい数の刀剣を検めた結果、腕もいたって平凡なものといえました」



 ――であれば何故『妖刀』などという存在を創り出すことができたのか?



 そんな当たり前の疑問を、厳十郎は視線でもって投げかける。


「『狂った』と言えばいいんでしょうか?」

「あぁ?」

「彼が求めていたのは美術的価値のある日本刀ではなく、『折れず曲がらずよく斬れる刀』だったんです」


 高みへ必死で手を伸ばす。

 手を変え品を変え、来る日も来る日も鉄を打ち続けた。

 しかし届かない。どうしても理想に辿り着けない。


 ――足りないのは己の技術ではなく、才能。


 それを漠然と感じた時、その男が狂うには十分だった。


「自身の命と自分の子供を材料に、一振りの大太刀を完成させました」


 狂気的な執着の果て。

 命を燃やし尽くし、尊い生命を犠牲にして――醜悪な理想が具現化してしまう。


「『狂星くるいぼし』。それが切られたと思しき銘です」


 ――魔剣・妖刀。

 文字通りの『魔の剣』または『妖しき刀』。

 呪われていたり、不幸を呼び寄せたり、使用に伴い大きな代償を要求するような代物。

 どちらかと言えば『魔剣』のイメージはこいうものが一般的かもしれない。


「その性能の全てが判明しているわけではないですが、一つだけ確定している能力があります」

「――魂を喰う・・・・、とかじゃあねぇか?」

「はい、おっしゃる通りです。今回の事件において地縛霊の類いが一切確認されていないため、決定的でしょう」

「ったくよぉ、胸糞悪ぃ話だぜぇ」

「ええ、本当に」

「……んでぇ、その出来上がっちまったぁ妖刀ヤツを兵丞が持ってるわけだぁ?」


 剣の達人が『魂を喰う』という能力を持った妖刀を所持し、既に何人も斬っている。

 到底、表沙汰にできる内容ではない。


陰陽師ウチの子達が視たんよ、間違いあらしまへん」


 現代最高の陰陽師は自身を持って答える。


「一応周辺のコンビニなどの監視カメラを確認しましたが、確かに鈴木兵丞本人と思われる男が映っていました。現場の指紋も一致しています」


 鉄の警察官も間違い無いと断言する。


「では次に身代金目的の誘拐についてですが、よろしいですか?」

「おう、続けてくれやぁ」

「鈴木兵丞はアメリカ大統領の一人息子を誘拐し、国家予算並みの現金を要求しています」

「――はぁ?」


 予想外の内容に思わず声が漏れてしまった厳十郎だった。


「意味不明にして達成不可能な要求ですが誘拐は事実であったたこと、また鈴木兵丞がかなりの剣の使い手であることを踏まえアメリカ軍特殊部隊の超能力部隊【New Moon】から中級部隊が出動しました」


 大統領令が発令されたかどうかは不明だが、少なくとも大統領が何かしらの命令を飛ばしたことは間違いないだろう。

 でなければアメリカの裏の治安を守る者達が動くわけがない。


「でぇ、失敗したわけだぁ」

「そのようです。『この程度の雑魚で俺の首を獲れると思ったら大間違いだ』という書き置きと、塩漬けの首が四つ。ホワイトハウスに並べて残されていたようですので」


 それを聞いて厳十郎の中で一つの仮説が出来上がる。


「つぅこたぁアレかぁ? 本当の目的は手練れ・・・ってかぁ?」

「おそらくは。既に多額の懸賞金がかかっていますので、ここまでは鈴木兵丞の思惑通りかと」

「にしちゃあ、えらく回りくどいやり方じゃねぇかぁ?」


 いずれ来るかもしれない強者を待っているよりも、さっさと自分から行けば遥かに早く戦えるはずだ。

 であれば何か時間をかけなければいけない理由が存在するということになる。


 そう考えた時、厳十郎は剣士ならではの理由を思いつく。


「アイツ、適当な雑魚で慣らしてやがんなぁ」

「これから本格的に動き始める、というとですか?」

「多分なぁ」


 得物が変われば動き方も変わる。それが打刀から大太刀になれば、なおのことだろう。


(ったくよぉ、本当に何やってんだあんの馬鹿はよぉ)


 露のついたコップを手に取り、厳十郎は一息に飲み干した。


「……なるほど。そうなると色々と詰める必要性がありそうですね」

「いやいや、お前さんとこにゃあ侍がいたろぉが」

「お恥ずかしい話ですが佐々木は今自信喪失中でして、あまり口を開かないんですよ」

「おいおい、しっかりしろやぁ公務員」

「後で厳十郎さんがそう言っていたと伝えさせてもらいますよ、そうすれば少しはマシになるはずですので」


 珍しく苦笑いを浮かべる高橋だったが、すぐに気を取り直して続けた。


「今回の大まかな内容は以上となりますが、何か質問がありますか?」

「そうだなぁ」


 腕を組み、厳十郎は思案しながら思いついたことから質問していく。


「つぅかよぉ、どうして兵丞はそんな長野の山奥に行ったんだぁ? あいつの家は九州の方じゃなかったかぁ? それともぉ弟子かなんかがぁ、その村にでもいたのかぁ?」

「そのあたりは現在調査中です。お弟子さん方にも事情を伺っていますが、誰もが『信じられない』といったようすで有益な情報は今のところ確認できていません。加えて十畑村どころか長野県出身の方はいませんでした。家系図も調べましたが同じような結果で、田村との接点も不明です」

「アイツの家にゃあなんかなかったのかぁ?」

「自宅にも事件後に帰った形跡はありませんでした。現在も付近でそれらしき人物は確認されていません。家宅捜索の結果、今回の事件に繋がる物証もありませんでした。強いて言うなら自宅も道場も本当に人が住んでいたのか怪しくなるほど整理されてはいましたが」

「あ〜、アイツぁ筋金入りの几帳面だったからなぁ」

「やはりお弟子さん方との証言と一致していますね」


 それから色々と厳十郎が質問してみるが、そのほとんどが調査中や不明なようだった。


「――つまりだぁ、本人から聞かねぇと動機も何も分からねぇってことかぁ」

「はい。ですので厳十郎さんにはトドメを刺す前になるべく色々と聞き出してもらえると、外交的にも事後処理的にも助かりますね」

「てめぇサラッとエグいことぉ言うんじゃねぇよ」

「これも仕事ですので。それでいつから動き出されますか? なるべく早く行動されると日本政府としても助かるのですが」


 高橋の言わんとしていることは厳十郎も理解している。


 既に被害者多数であり、アメリカ大統領の子供が人質になっているという前代未聞の大事件だ。それも犯人は日本人というものなのだから、政府としても迅速な事件の解決を求めることも当然だろう。


 だから最上厳十郎というある種の絶対的な手札カードを切る理由も十分だ。



 それでも急に『友人を殺してください』と言われれば、厳十郎ですら悩み、躊躇うのだ。

 その情や人間味こそが厳十郎がただ恐れられているだけでなく慕われ、頼られている理由でもあった。



「……いやぁ、そうだなぁ――」

『――気乗りしないなら、私が斬ろうか?』



 そんな珍しくウンウンと悩んでいる厳十郎の代わりに、弟子・・が男とも女とも呼べぬ声をかけた。


「「っ!?」」

『これは失礼。先に挨拶するべきでしたね』


 不意に声が伝わり・・・驚いている二人へとリビングの窓を外から開けながら、その人物は自身に施していた魔術を次々に解除していく。


『お二人とも、お久しぶりです』


 突然窓から現れた仮面に外套姿の不審者――もとい【正体不明最上総護】は、二人に向かって深々と頭を下げた。


「……久しいね【正体不明アンノウン】」

「もぅ、びっくりするやないの」

『ハハハ、かの【安倍晴明】殿と【冷鉄】殿に驚いてもらえるとは、私の魔術も捨てたものではないですね』


 総護の登場で真剣な空気が漂っていた場が少しだけ緩む。


 といっても、一人だけは変わらずだが。


「相手はあの兵丞だぜぇ?」


 双方の実力を知る厳十郎は総護に問う、『勝てる見込みはあるのか?』と。


『勝負に絶対など無い、そうだろ師匠?』

「馬っ鹿野郎ぉ、誰もんなこと訊いて――」

『 ――「てめぇにゃ無理だぁ」とは言わないんだな?』

「っ、!?」


 総護も無謀な戦いを挑むつもりなど無い。『死ねない理由』も増えたのだからなおのこと。

 もし仮にさっき言った通り、厳十郎が無理だと言えば大人しく引き下がるつもりだった・・


『情で鈍ったあげく返り討ちにあって殺されました、なんてことになったらシャレにならないんだよ師匠。アンタ、自分の価値が分からなくなったわけじゃないだろ?』

「おい馬鹿弟子ぃ、儂を誰だと――」

『――「おう、分かったぁ。んでぇ、ソイツは今どこにいんだぁ?」。普段のアンタならそう言うはずだろ? 違うか?』

「そ、りゃあ……っ」


 こんなに迷う厳十郎を総護は初めて見るが、別に驚きはしなかった。


 同じ時代を歩み、互いに鎬を削り、孫を預けるほど信頼していた友人を、即刻斬り捨てることができる人間はいないだろう。


 腑に落ちず、納得できないから厳十郎は迷っている。その迷いを突かれないと、誰が断言できるだろうか?



『私も先生には教えてもらった恩がある。だから、まずは私が戦おう』

『仮にもう言葉で止まらぬというのならば、せめてこれ以上罪を重ねる前に――』


 己の覚悟を言葉に込めて、総護は迷わず言い切る。




『――私が斬ろう。それが私の、最後の恩返しだ』




**********



(……今夜はいい満月だ)


 老人は揺れる甲板から夜空を見上げる。ちょうど今夜は雲も少なく、海を照らす月がよく見えた。


「酒でも持ってくればよかったな――ゴフッ、ゲホゲホッ!!」


 そんなことを考えていた男だったが、不意に口を手で覆い咳込む。


「おい、大丈夫かジイさん?」

「コホっ、気にするな、咽ただけだ」


 激しく咳をする老人をみかねたのか、中から一人の若者が近寄ってくる。どうやら酒を飲んでいたのか、口から酒気が漂っている。


「見たとこもう若くねーんだろ? 無理せずもう中に入ってろよ」

「……すまんな、気にかけてもらってよ。それに、乗せてもらって助かるぜ」

「気にすんなって!! 肩身の狭い悪党同士、仲良くしようじゃねーかっ。今日はブツが少なかったからな、ジイさんとガキが増えたとこで変わんねーよ」

「……そうか、そいつは運が良かった」

「そんじゃ俺は中に戻るからよ〜。なんかあったら仲間に言ってくれ」

「……ああ、分かった」


 老人の言葉を聞いた若者は軽い足取りで船内へと戻っていく。


「『悪党同士』か、人生どうなるか分からんものだな」


 また一人に戻った甲板で老人はぽつりと呟き、近くに立てかけてあったロッドケースを抱えながら再び口を手で押さえた。


「待ってろよ、今度こそ、今度こそお前を――」


 今回は咳ではない。歪みそうになる口と激情を抑え込んでいた。


「――殺して斬ってやるぞ、厳十郎。……ククククっ!!」



 そこには鬼が一人、狂気に塗れた相貌で嗤っていた。

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これは守護者の物語外伝〜月下閃刃〜 橋 八四 @Ha4ba4

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