第二章 イーディス編(前編)
第17話 冒険者ギルトと迷宮
馬車は朝の光の中をゆっくりと進み、車輪が砂利を踏む規則正しい音を立てていた。
レインはクッションに寄りかかり、窓越しに遠ざかる故郷を眺めながら、先ほどの別れの場面に心を残していた。
涙を浮かべながら微笑む母の顔、優しくも厳かな父の眼差し、サラたちの名残惜しそうな表情。
それらの光景が、まだ彼の脳裏に繰り返し浮かんでは消えていった。
彼は指の暗紅色の指輪を優しく撫で、まるでそうすることで家の温もりを少しでも留めておけるかのようだった。
突然、レインは馬車がどこへ向かっているのかさえ知らないことに気付いた。少し身を乗り出し、照れくさそうに尋ねた。
「あの、どちらへ向かっているんでしょうか?」
年配の御者は振り向き、目尻の皺に優しい笑みを浮かべながら答えた。
「レイン様、イーディスのシズク冒険者ギルトへ向かっております。チャールズ様から、若様を無事にお届けするようにと特別な御指示を頂いております」
彼は少し間を置いて続けた。
「チャールズ様から聞いておられませんでしたか?」
「あ...」
レインはそこで、確かに父が冒険者として登録するように言っていたことを思い出した。
照れ隠しに後頭部を掻きながら、少し気恥ずかしそうに「ああ...」と声を漏らした。
御者は若者の困惑した様子を見て、微笑ましく首を振った。
朝日が高くなるにつれ、馬車はイーディスへと続く街道を進んでいた。
レインは車室の前方に身を乗り出し、好奇心に満ちた声で尋ねた。
「冒険者ギルトとは、どんな場所なのでしょうか?」
前世で小説を通じて冒険者ギルトについて読んだことはあったものの、この世界の実際の冒険者ギルトについては、レインはほとんど何も知らなかった。
御者は手綱を握る手に力強さを保ちながら、落ち着いた声で答えた。
「冒険者ギルトは、金を稼ぐ場所です」
「お金を稼ぐ?」
レインは首を傾げ、その簡潔な答えに物足りなさを感じている様子だった。
御者は微笑みながら説明を続けた。
「冒険者になれば、ギルトで様々な依頼を受けることができます。依頼を達成すれば、それなりの報酬が得られるというわけではないか」
彼は一瞬間を置いて付け加えた。
「個人の依頼と比べると、ギルトの依頼の方が安定していて安全じゃ。ギルトが監督している以上、依頼主も受託者も簡単には契約違反はできないです」
レインが思案げに頷いていると、御者はさらに興味深い情報を口にした。
「それに、冒険者の身分があれば、迷宮にも行けるようになります」
「迷宮...それは何ですか?」
レインの目が輝き、思わず身を乗り出した。
御者の手綱を握る手に少し力が入り、何かを思い出すような様子で話し始めた。
「迷宮というのは、神秘的な場所だと思います」
彼の声には畏敬の念が混ざっていた。
「王国の至る所に迷宮があってな、中から魔物が湧き続けるんじゃ。数が増えすぎると、魔物たちは迷宮から出てきて、一般の人々の生活を脅かすこともあります」
ここで彼の口調は、より専門的なものに変わった。
「そういうわけで、定期的な迷宮の掃討も冒険者たちの仕事の一つになっています。最初は王国の役人が直接清掃していたんだが、冒険者ギルトに任せる方が都合が良く、費用も抑えられることが分かっています。今では完全に協会の管轄になっております」
レインは御者の話ぶりに目を留めていた。その生き生きとした表情と、物慣れた口調は、まるでこれらすべてを熟知しているかのようだった。
「なるほど...」
レインは顎に手を当て、瞳には知識欲の輝きが宿っていた。
御者は声に神秘的な響きを込めながら続けた。
「迷宮の掃討は冒険者たちにとっても大きな利点があります。迷宮の魔物は自然界の魔物とは違ってな、完全に魔力で形作られています」
彼は馬車を操り、緩やかなカーブを安定して曲がった。
「迷宮の魔物を倒すと、魔晶を落とすんことがあります」
御者の口調は専門的になった。
「この魔晶は魔力結晶鉱と同じように、重要な加工原料となります。協会では相当な金額で取引されるし、様々な貴重な道具とも交換できますよ」
レインの目が輝き、思わずさらに身を乗り出した。
「それで、迷宮とは一体何なのですか?」
その質問を聞いた御者の口元に、意味深な笑みが浮かんだ。彼は馬車の速度を少し緩め、レインの方を振り返りながら言った。
「レイン様、良い質問をされましたな」
御者の声色が急に深みを帯びた。
「大抵の者にとって、迷宮の本質など眼中にはない」
彼は小さく溜め息をつきながら続けた。
「そういう連中の目には、迷宮攻略は単なる力と権力、富の象徴でしかないのことです」
朝の光の中で馬蹄の音が響き渡る中、御者は語り続けた。
「より深い階層の攻略も、より良い素材を手に入れるため、より多くの名声や虚名を得るため、より優遇された待遇を得るため、それだけのことですね」
突然、彼の声に賞賛の色が混ざった。
「じゃが、レイン様のように、迷宮の本質に並々ならぬ憧れを抱く者も、わずかながらおります」
レインの目が一瞬にして輝きを増し、知識に飢えた子供のように矢継ぎ早に尋ねた。
「それで?それで?」
期待に満ちた声が車内に響いた。
木漏れ日が馬車の中に差し込み、揺らめく光と影の模様を描いていた。
その瞬間、空気には何か神秘的な雰囲気が漂い、より大きな秘密の開示を予感させるようだった。
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