転生したのに特別な力も何もない!?このままの生活でいいと思っていたのに......妹の魔力覚醒から、全てが変わり始めた。

苦痛の仮面

第一章 運命の歯車が回り始める

第1話 転生しても、平凡な人生を送るのも悪くない

 夜明けの光が差し込み始め、部屋の中に柔らかな陽射しひざしが流れ込んでいく。

 静寂しじまな空間に温もりが優しく広がっていく。


 けれど、少年はその暖かな光にも目覚めることなく、深い眠りの中へと沈んでいた。


 突然、廊下から軽快な足音が響いてきた。

 そして、明るい笑顔の少女が部屋に飛び込んできた。


 漆黒の髪は肩に揺れ落ち、その瞳は何かを期待するかのように輝いていた。

 少女は軽やかな足取りでベッドに近づきながら、明るい声で呼びかけた。


「もー! 起きて起きてー! 今日は特別な日じゃない! あとどれくらい寝てるつもりなのよー?」


 レインは眉をしかめ、重たい瞼をわずかに開いた。


 今日は確か、大切な日のはずだ。

 だが、濃い眠気に包まれた頭では、それが何なのか思い出せない。


 少女は愉快そうに微笑みを浮かべ、遠慮もなく彼の袖を掴んで、ベッドから引っ張り起こそうとした。


「もう、どうしたの? こんな大事な日に起きられないなんて。今日は教会で魔力覚醒が行われる大切な日なんだよ? 絶対に遅刻できないんだから」


 何かを思い出したかのように、レイン体が震えた。ガバッとベッドから起き上がる。


 ぼんやりとしていた視界がだんだんとクリアになり、目の前の少女の姿もはっきりと見えてきた。

 目の前には、春風はるかぜのように明るい笑顔の少女が立っていた。


 肩までかかる漆黒の髪に可愛らしいピンクのリボンが揺れ、淡いクリーム色のワンピースの裾も朝の光に揺らめいている。


「リリア......ごめん、こんな大事なこと忘れてた......」


 まだ眠気の残る顔に申し訳なさそうな表情を浮かべながら、レインは気まずそうにそう呟いた。


 レインの慌てぶりを見て、リリアは面白そうな笑みを浮かべた。


「朝ごはんできてるからね。早く着替えて降りてきてよ。私は下で待ってるから」


 そう言い残すと、リリアは部屋を出て行った。


 妹の背が見えなくなるまで見送り、レインは小さくため息をついた。


 ベッドから降り、着替えながら、彼は頭の中の記憶を整理していく。


 彼は、転生してからこの世界に来て、16年が経ちました。

 彼は前世では大学生で、論文の締め切りに追われ、深夜にパソコンに向かっていた時のことだ。突然、視界が真っ暗になり、気がついたらこの世界にいた。


 彼には、一瞬でピンときた。これは——間違いなく、異世界転生だと。


 異世界に来たからには、何か特別な力を手に入れるはず。勇者や魔王のような、物語の主人公になれるはず——そう思っていた。


 けれど、現実は、彼は勇者でもなければ、魔王でもない。ただの通りすがりの一般人。モブキャラに過ぎなかったのだ。


 最初の頃は、「いつか突然、特別な力が目覚めるかもしれない」という期待を持っていた。でも、一年また一年と時が過ぎていっても、何も変わらなかった。


 特に三年前の魔力覚醒で、彼の魔法の才能がFランクと判定された。つまり、彼は「魔力無適性者」と言え、完全な一般人というわけだ。


 この世界は、生まれながらに体内に「魔力」という特殊な力を持つ者を「魔力適性者」と呼ぶ、人口の約15%程度が魔力適性者とされる。


 魔力の量や質には個人差があり、その差が魔法の才能となって現れる。


 魔力適性ランク


 S:伝説


 A:天才


 B:卓越


 C:優秀


 D:普通


 E:微弱


 F:無適性


 結局、レインはそんな期待も諦めることにした。


  でも、そんなに落ち込んでいない。

 父はマルス王国の子爵で、アンデルソンの領主、母はロジャース商会のお嬢様だから。


 つまり、生まれながらの貴族の坊ちゃんで、ずっと裕福な暮らしをしてきた。前世の普通の大学生には想像もできない生活だ。


 魔法は使いながら異世界で大活躍!...なんてことはできないけど、少なくとも贅沢な暮らしで気楽に人生を送れるんだ。


 それはそれで悪くない。そう考えたら、レインはすっと気が楽になった。


 ただ、父も母もすごく忙しい人たちだから、一緒に過ごせる時間なんてほんのわずかなんだ。


 だから、いつも側にいて、毎日一緒に過ごしているのは妹だけ、リリアだった。

 本当は結構活発で明るい女の子なのに、なぜかいつもレインの後ろをついて歩いて、お尻に付いて回る人みたいだ。


 実は前世にも妹がいた。血の繋がった妹なのに、なぜか二人の間には見えない壁があって。


 いつからそんな壁ができてしまったのか、自分でもわからない。同じ屋根の下で暮らしていたのに、どこか他人みたいで、お互いの生活に踏み込むことができなかった。


 両親は仕事で忙しくて、あちこち飛び回っていて、ほとんど家にいなかった。二人のことは放っぽりだった。

 大学に入ってから、レインは初めて妹との微妙な関係について真剣に考えてみた。そして気づいたんだ。


 自分は兄として失格だったって。

 レインは痛切な反省の末、いつか妹と真摯しんしな対話を交わし、二人の関係を修復しようと心に決めていた。

 でも、その願いは叶わないまま、気がついたら異世界にいた。


 今、リリアと過ごしていると、時々前世の妹のことを思い出して、後悔の念が胸をよぎる。


「せめて、この世界では、いい兄になれたらな……」

 レインは鏡に映る整った顔立ちの少年を見つめながら、ぼんやりと考え込んだ。そして、服装を整えて部屋を出た。


 一階のダイニングに降りていくと、父と母と妹がテーブルを囲んでいた。


 テーブルに並んでいる朝食は普段ほど豪華ではないけれど、明らかに母のカロリンが作ったものだった。

 年に数回しか味わえない、この家族にとって最高のもてなしだ。


 リリアは両手で頬を支えながらテーブルに座り、得意げな表情を浮かべている。両親も笑顔だ。


「もう、レインってば遅いよ〜。まるでお爺さんお婆さんみたい。私たちずっと待ってたんだからね……」

 リリアは頬を膨らませて文句を言った。


 レインは容赦なく、妹の柔らかい頬をつねった。


「いたたたた……何するの、もう!」

 リリアは膨れた頬を押さえながら、怒ってレインを睨んだ。


 レインは首を傾げて、にっこりと笑う。

「今日のリリア、可愛く着飾ってるから、つい触りたくなっちゃった。へへ」


「もう、あんたって……」


 リリアは人を食べそうな顔をしていたけど、レインにそう褒められて、内心ではすっごく嬉しかった。


 父と母はそんな二人の様子を見て、安心したような、幸せそうな笑みを浮かべた。


「あなたたち二人の仲がこんなに良くて、私たちも安心だわ」とカロリンが急いで取り持つように言った。


「ふん!」


 リリアは顔を背けて、両手を腰に当てて怒ったふりをした。でも、時々チラチラとレインの方を見ていた。


 でも、レインはふと前世の妹のことを思い出して、一瞬呆然としてしまった。何だか切なくなって。


 リリアは肘でレインの脇腹わきばらをグイッと突いた。

「なによ、その顔。急に暗くなっちゃって」


「ごめん……」

 レインは頭を掻きながら、苦笑いを浮かべた。


 ..........


 朝食を済ませた後、リリアとレインは教会へと向かった。木々の隙間から差し込む陽光が石畳いしだたみの上にぶち模様を作っている。


 リリアは前を跳ねるように歩いていて、黒い髪が弾むような足取りに合わせて、ふわふわと揺れていた。


「レイン!教会の魔法クリスタルがすっごくキレイだって聞いたの!」

 リリアは興奮して振り返り、憧れの光を瞳に宿して言った。


「私もクリスタルを光らせることができたらいいのに!」

 レインは足を遅くした。妹の無邪気な憧れを聞きながら、やっぱり何となく心残りこころのこりがある。


 三年前、初めてあの荘厳そうごんなクリスタルの前に初めて立ち、期待に胸を膨らませて両手を差し出したのに、何も起こすことができなかった。


 Fランクと判定されて、彼は生まれながらに魔力を一切持たない人間。


 いわゆる「魔力無適性者」。


 周りの人々の失望の眼差し、小声で囁きささやきあう声、そして平静に慰めてくれた両親の姿——それらは全て、刃物のように彼の記憶に刻み込まれていた。


 それでも、家に帰ってリリアが心配そうに尋ねたずねてきた時も、レインは落ち込む気持ちを必死に押し殺しおしころして、笑顔を保ち続けた。


 何でもないかのように振る舞った。


 妹にそんな暗い感情を見せたくなかった。それが兄としての務めだと思っていたから。両親もまた、特に何も言わなかった。


「レイン?」

 レインの沈黙ちんもくに気づいたリリアは、駆け戻って彼の手を優しく握り。


「何考えてるの?」と問いかけた。


 レインは微笑みながら、妹の温かい手を優しく握り返した。「何でもないよ。ただ……リリアが成功することを願ってるだけさ」


 リリアは顔を上げて、屈託なく言った。

「心配しなくていいの!私が魔力適性者なくても、レインがいるでしょ?確かに魔法使いになるのが夢だけど、レインみたいに普通の人として楽しく生きるのも、悪くないよね」


 そう言って、リリアは晴れやかな笑顔を見せた。その言葉に、レインの胸の中が温かくなった。





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