第7話 取り調べ

 その数日後。

 取り調べ室で、黒川はバスジャック犯の一人とむかいあっていた。

 ひと昔前のドラマの取調室には机に犯人の顔を照らすスタンドが置いてあったものだが、この部屋のテーブルには何も置かれていない。追い詰められた容疑者が、何を武器にするか分かったものではないからだ。

 部屋の隅で、記録係の女性がノートパソコンの上に指をのせ、誰かが何かをしゃべるのを待ち構えている。

 黒川は、改めて正面の男を見据えた。

 バスの中で刃物を振り回していたこいつは、輝之(てるゆき)という名前らしい。

 近くの土木会社に勤めていて、派手な髪色をしている割に勤務態度はまじめだったという。

 バスジャックというとマスコミを通じて何かを訴えたり、精神的にやけになって、というのが多いけれど、特に仕事仲間にグチをこぼしたりはしていなかったらしい。

 なんとかして動機を聞き出したいのだが。

「で、なんでこんなことしたんだ?」

 もう何度目かわからない黒川の質問に、輝之は机を両の拳で叩いた。

「もう! 何度同じことを言えばいいんだ! 本当に、自分でも分からないんだ。記憶がないんだ」

 輝之は机の上に両肘をついて、両手で顔を覆った。

 あごまである赤い髪がうつむいた顔を隠す。整った顔をしていたが、おそらく両手の下の顔は今、半泣きになっているせいで残念に歪んでいるだろう。

 さすがに黒川も疲れてきて、軽く痛む眉間を揉(も)んだ。何度聞いても答えは同じ。

『なんでそんなことをしたのかわからない』

 だが、動機がわからなくても輝之が罪を犯したのは事実だ。

 あれから、輝之の家宅捜索が行われた。そこで輝之の字で書かれた計画書が押収された。

 その計画書によると、主犯はこの男。どういう計画を立て、どういう風に実行したのかしっかりと記されていた。輝之も、襲撃計画についてはわりと素直に答えてくれた。

 けれど、動機になるとさっきのようにわけの分からない供述をし始める。

(どういうことだ、これは……?)

 普通、犯人がここまで覚悟したら、洗いざらいしゃべるものだ。この後におよんで言い逃れをしようとするなんて。

 疲れたようすで、輝之は口を開いた。

「本当に、あんまり覚えていないんだよ。うっすら記憶にあることも、なんだか夢の中の出来事みたいで。自分が出てるドラマを見ているというか、操られてるみたいな……」

 輝之は続けた。

「なんか、そう、操られていたみたいなんだ。それが分かっていても、抵抗しようという気すら起きない、みたいな」 

「おいおい、バカなことをいうなよ。催眠術にでもかけられたとでもいうつもりか?」

 そのふざけた言い分に、疲れでなえかけていた怒りが、またぶり返してきた。

(自分のしたことを分かってねえのか?)

 ナイフをちらつかされ、人質がどれだけ恐怖を感じたか。バスの外の家族が、どんな思いで事件の成り行きを見ていたか。

 黒川は身を乗り出して顔を輝之の顔に近づけた。

「そんなふざけた言い分が通ると思うなよ。麻薬検査でも反応なかったんだ。心神喪失は通用しない!」

「本当に、本当なんだよ!」

 犯人は、両手で自分の顔をなでた。

 その時、黒川は輝之の手の甲に小さな跡があるのに気がついた。虫にでも刺されたような小さな点が二つ横に並んでいる。

 犯罪者といえどもケガをしていたら治療してやらなければならないが、このぐらいなら放っておいて大丈夫だろう。

 輝之は、まだふざけたことを言い続けている。

 こいつは長くなりそうだと、黒川は溜息をついた。

 

 取り調べをいったん切り上げ、黒川は廊下へ出た。狭苦しい取調室よりは息苦しさがマシに感じて、黒川は大きく息を吸い込んだ。

「おう、お疲れ」

 声をかけてきたのは、同僚の浮島(うきしま)だった。

 浮島は、共犯の黒いタンクトップの男、繁利(しげとし)を取り調べていたはずだ。

「あのホシ、なんて言ってた?」

 聞かれて、黒川はさっきの取り調べの件を話した。

「犯罪の方法は自白したよ。見つかった計画書どうりだ。でも、動機がな」

 浮島は興味をひかれたように、軽く身を乗り出してきた。

「なんて言ってたんだ? 『忘れた』とか、『なんでこんなことをしたのか分からない』とか?」

 今度は黒川が目を丸くする番だった。

「ああ、そうなんだ。よく分かったな」

 浮島は、ちらりと輝之がいる隣の取調室に目をやった。

「繁利も同じことを言っていたんだ」

「ええ?」

 こういう風にごまかす、と口裏でも合わせることになっているんだろうか? でもそんな余裕があったのならもっとマシな言い訳を考えつくだろう。

 じゃあ、二人とも本当のことを言っているのか?

(まさかな)

 そのとき、少し離れたところで数人がバタバタと早足で去っていく気配がした。

「なんだ、またなんか事件か」

 立て続けに事件が起こるのはよくあることではあるが、気にならないわけではない。

「ああ、さっき自殺したご遺体が見つかったらしい。きっとそれがらみだろ」

 その事件の詳細を聞いて、黒川は胸騒ぎを感じた。

「隣の県の山奥で首を吊っているのが見つかってね」

「へえ」

「そいつは自殺する前、単独で銀行強盗を働いたらしい。で、まだ奪われた金は見つかっていない」

「は? なんだそりゃ」

 浮島に改めて向き直った。

「それっておかしいだろ。金が見つかっていないという事は、犯人が金を隠したということだろう。強盗してまでようやく大金を手に入れたのに、なんで自殺をするんだ」

「だから、皆それを調べてるんだろ」

「不治の病かなんかでやぶれかぶれになった、とかいうなら分かるけどな。もっとも、そうだったら強盗の金を使いきってからにするだろうけど」

「そうそう。だが犯人は健康そのものだったってよ。もっとも、虫刺されはあったそうだがな」

 まだ取り調べの時間が残っているのか、「じゃあな」と言い残して浮島は取調室へと入っていった。

(虫刺され……)

 いつもだったら、担当ではない事件にいちいち首を突っ込んだりしない。

 だが、なんだか妙に気になる。

(ちょっと、調べてみるか……)

 まだ、少し時間がある。黒川は、調べにむかった。


 黒川は、調べを終えるとスマホを取り出した。

『ああ、黒川さん、どうしたの』

 通話に出たケイは、少し疲れているようだった。

「ああ、ケイか。今バスジャックの犯人を取り調べしたんだ。結果を知りたいと思ってな」

 本来、もちろん操作内容を他人に漏らしてはいけないのだけれど、ケイは例外だ。

『ああ、確かにちょっと気にはなってたよ。で、どうだって?』 

 ケイが聞かれて、黒川は「まいった」というように白髪交じり頭をかいた。

「それがなあ。変なことを言っているんだよ。ほとんど記憶がない、自分が何者かに操られているようだと」

 黒川は、取り調べのことをケイに告げた。

 計画を立てたのは輝之で間違いないこと、当人にも動機は不明、と訴えていること。クスリ等はやっていなかったこと等々。

「それにまた、事件が舞い込んできたんだ」

 ケイが沈黙で先をうながしてくる。

「銀行強盗が首つりした事件でな」

 黒川は、発見された状況と、遺体についてケイに伝えた。

「気になって、資料をのぞき見たんだが……あと、手に傷があったんだ」

 地面に下ろされた死体の写真を思い出す。ごつい手の甲にあった傷。

「手の甲に、虫さされのようなが二つ、並んでついていた。それに、バスジャック犯にも同じような跡があった」

「ああ、そういえば俺も見たな」

 しばらくケイは考え込んでいるようだった。

 きっと、いつもの癖で親指の先を噛んでいるのだろう。その様子が目に浮かぶようだ。

 ケイが黙り込んでいる間を埋めるように黒川が言う。

「バスジャック犯も、銀行強盗した奴らも……普段は品行方正な奴だったんだがなあ。それでもう一つ、気味の悪い話があるんだよ」

「気味の悪い話?」

「その犯行の後、強盗犯の友人に電話がかかってきたそうでな。『なんでこんなことをしたのかわからない』と訴えていたそうだ」

『……』

 しばらくケイは黙り込んだ。

『もしかしたら、相手はボクのお仲間かも知れない』

 ようやく発せられた言葉に少し苦しみが混じっている気がして、黒川は少しドキリとする。

『実際に、バスジャック犯達は操られてたんじゃないかってことさ。たとえなんかじゃなくて』

 息を吸った拍子に、喉が変な音を立てた。

 確かに、ケイは不思議な力を持っている。でも、彼の他にそんな人間が他にいるとは思えなかった。いや、いたとしても、自分の前に現れると思わなかったのだ。能力者なんて、そうそうその辺を歩いているものではないだろうし。

「まさか。そんな訳が……」

『ボクと同じで、変な能力を持っている奴がいたとしても、おかしくないだろ?』

「同じじゃないだろ」

 自嘲気味なケイの言葉に、思わずそんなセリフが突いて出た。

「お前はその力をいいことに使ってる。犯罪に使うのとは大違いだ」

『ああ、そうかもな』

(よかった、ほんの少しケイの口調が和らいだ)

「じゃあ、お前は人を操る能力を持ってる奴がいるということか?」

『ま、可能性の一つというだけだけどねん』

 そこでケイは乾いた笑い声をあげた。

『まさか、レナの恋人も操られて浮気をしたんじゃないだろうな』

「レナ?」

『ああ、なんでもないよ。知り合いが、らしくもなく浮気したってだけ。レストランに行ったあと降られたっていうから、スープでも音立ててすすったんじゃね?』

「わりとどうでもいい話だな」

 黒川は溜息をつく。

『まあ、なんかあったら連絡するよ』

 そう言って、ケイは通話を終了した。 

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