第43話 五日目 七月二六日 九時〇〇分(05:03:00)

虐殺蜂ぎゃくさつばちLv2が接近している。あと五分もしないうちに到達するはずだ』


「だっる」


 オレは忠伸ただのぶからの通信に大あくびをした。


 万戸まんど総合病院前の道路。車などの障害物は退けられ、辺りはゴーストタウンのようにガランとしている。


 そこに立つのはオレ一人。接近する虐殺蜂がLv2一体いったいだけだからだ。各所に配置された自衛隊と警察の偵察が同様の報告を上げているので間違いない。


 Lv2は、高度四〇メートル以上から弾丸のように落下し地中を掘削しながら再び空中へと飛び出してくる上下攻撃と、上空から猛スピードで滑空しながらの弧状突撃をかましてくる厄介な相手だ。これに対抗できるのは、ギフト・【刃の祝福】で身体能力が上昇し、かつビアンカのスキル、【スキル・ブースト】でスキル効果が倍化したオレくらいしかいなかった。


『……高校生のお前にこんな役回りをさせるのは本当に申し、』


「それは何度も聞いた…………切るぞ」


 Lv2が視界に入ったので通話を切り、【黒のスマホ】から刀を抜き出す。この鵺鳴ぬえなきは前回のLv2との戦闘で折れたが、ポイントさえ払えば何でもできるゼノゾンで修復できた。ついでに強度と重量も上げてあるので、前回のように折れたりはしないだろう。


 オレの思いに応えるように、鵺鳴がキンッと鳴る。


 飛行するLv2はこちらに気づいたのか、動きが目に見えて変化する。


 方法は分からないが虐殺蜂は仲間が討伐された数を理解しているようで、そのランキングが上位の者ほど攻撃の対象になりやすかった。二位につけるオレは相当の敵意を抱かれているようで、一直線にこちらへと向かってくる。


 奴はこちらの攻撃が届かない遙か上空で回転を始める。体長六メートルの巨体がドリルのように高速回転しながら落下する破壊力は凄まじく、人間の体など一瞬でミンチにされるだろう。


(まあ、当たればの話だが)


 オレは弾丸のように落下してくるLv2を躱す。【刃の祝福】と【スキル・ブースト】で強化された五感と身体能力なら、どれほどの威力があろうとも単調な攻撃なら難なく回避できた。


 命中しなかったLv2の攻撃は地面を穿うがち、その体を地中へと潜り込ませる。ここからさらに地中で方向転換し、足元から飛び出してくるのが奴の常套手段だ。空や地中にいる間、こちらからは攻撃不可能。チートすぎる攻撃方法だった。


 流岩ながれいわショッピングタウンの時はギリギリで勝てたが、もう一度あれを繰り返す根性はオレには無かった。


「人の叡智えいちを見よ」


 オレは厳かに言い、【黒のスマホ】のストレージから『それ』を幾重にも投擲とうてきした。


 ――【危険感知】


 【危険感知】のスキルが警告するのと同時にオレは後ろに飛ぶ。


 アスファルトが盛り上がり、ドリル状のLv2の針が飛び出してくるも、そこにオレはいない。


 攻撃はオレに命中しなかった。そして撒いておいた『それ』もあっさりと突き破られ、Lv2はそのまま空へと上昇していく。


 失敗の二文字が頭を過るも、『それ』は目論見通りの効果を発揮した。


 『それ』とは網。校庭の野球場などに張られている緑色の防球ネットだ。三万円もしない安物で、案の定ドリルのように回転する先端の針には耐えられなかったが、網の目が折り畳まれた足や羽などに引っ掛かり、絡みついた。


 ギュルルルー、とネットがLv2の体に巻き付き、回転と上昇する力を奪う。巻き付いた物のせいで重量と抵抗の増したLv2は重力に捕らえられ、打ち上げに失敗したロケットのように落ちる。


「今だ!」


 オレの合図で待機していた車が集まり、地面に落ち藻掻あがくLv2の四方を囲む。車のタイヤがネットの端を踏み、雁字搦がんじがらめになったLv2を逃さない。


 六メートルの巨躯と圧倒的な攻撃力で恐れられていた虐殺蜂Lv2は、今や緑色のネットで包まれ、まるで春巻きのような憐れな姿に成り果てていた。


「潰せ!」


 忠伸が、車から降りてきた男達に命じる。彼らは各々、ハンマーや斧を握っていた。


 後はもう、ただの蹂躙じゅうりんだった。Lv2の脅威は嫌というほど思い知らされていた。それは厳しい訓練を受けた自衛隊員や警察官であっても平静を保てるものではなかったらしい。滅多矢鱈めったやたらにLv2の体を打ち据える。


「ストップだ。下手くそすぎだろ」


 オレが制止すると男達は手を止め、大汗を流して武器を杖に荒い息をつく。


 Lv2の体はそこかしこが陥没し、傷から体液が溢れ出ていたが、二十人以上の男から鈍器を何度も叩きつけられたにも関わらず、まだ息があった。


「…………」


 Lv2を見下ろす。コイツは敵だ。だが痛めつけ苦しめたいわけではなかった。


 オレは鵺鳴を首付近の大きな陥没に滑り込ませ、体重をかける。外殻の亀裂を押し広げるように刃を進ませると不意に抵抗が無くなり、首と胴が分かたれた。


 それでもしばらくの間、脚や顎が動いていたが、徐々にゆっくりとなり、やがて止まる。


しまいだ」


 前回はあれほど苦労したのに、今回は楽勝だった。網を使った拘束方法を考えついたのは賢治だった。敵の弱点を分析し、どんな強敵も弱体化させるその発想力には一目置かざるを得ない。まあそれも、オレのアスリート並みの身体能力があってこその結果だが。


「ん?」


 通知がきた。【黒のスマホ】を開くと、綾からの動画だ。


 別の拠点に行っている綾から何で動画が? そう思いながら再生すると、目が点になる。綾がオレと同じ方法で虐殺蜂Lv2を捕らえていた。


 オレはギフト・【刃の祝福】と、ビアンカの【スキル・ブースト】で全能力を強化してあることに加え、Lv2との対戦経験もあるから実行できているのに、綾が持ち前の能力だけで同じことをやってのけたようだ。綾がどんなギフトとスキルを所持しているかは知らないが、とんでもない奴だった。


 動画の最後は綾の顔のアップになり、憎たらしいドヤ顔をしていた。


「何なんだアイツは……」


 才能の塊すぎる。本当に人間か? 悔しく思いながら、もう一度動画を再生する。見事な動き、そして尻だ。


「負けを認めるしかないな」


 オレはいそいそと動画を保存した。


『シークレットフォルダにこの動画を保存しますか?』


「お願いします」


 オレはオレにしか開けない秘密のお宝フォルダに動画を大切にしまった。




 後にこの動画は、知らずに撮影されていたオレの虐殺蜂Lv2捕縛シーンと共に、関係者へ共有された。Lv2の対処法を周知するためだ。


 自衛隊や警察、戦闘に参加する少数の関係者以外にはアクセスできない仕様になっていたのに、綾の動画は一〇万再生を突破した。対してオレのはたったの二〇〇。間違いなくリピーターがいる。


 しかしそれもしょうがない。オレもついつい綾の動画の再生数に貢献していた。美少女のコンテンツ力の強さを、まざまざと体験させられた出来事だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る