第40話 四日目 七月二五日 〇八時四九分(06:03:11)⑤
「
バイクをかっ飛ばして来たのは
『
視界がクリアになり力が湧き上がる。自分が何倍もの大きさになったかのような高揚を覚える。
すぐさま跳躍。寸前で空気を切り裂きながらLv2が通過する。間一髪、オレにもバイクにも接触せずにすんだ。ギリギリのタイミングだった。
「がん、ばて!」
強化された聴覚が、ビアンカの声援を拾う。
簡単に言ってくれる。だがビアンカのことだ。自分の意思でここにやってきたのだろう。
命の危険も顧みず支援をくれた人間の言葉に、奮い立たないわけにはいかなかった。
――【危険感知】
スキルが強化されているお陰で、地中にいるLv2がどこにいるのかが、より感覚的に分かった。
バックステップすると、土を撒き散らせながらアスファルトを突き破り、Lv2が飛び出してくる。
「っらぁ!」
奴は何事も無かったかのように空へ飛翔すると、六枚羽を開きさらに高度を上げていく。最高高度に達すると、回転と共に落下を始める。
(どっちに来る?)
Lv2の攻撃は、Vの字を描く上下攻撃とJの字を描く
「Jだなっ!」
空中での微かな変化を読み切り、跳躍して弧状突撃を躱す。
「うらあっ!」
回避しながら鵺鳴を叩きつけるが、刃はその表面を滑るばかりだ。
虐殺蜂Lv2の攻撃は強力だが単調で、【スキル・ブースト】で強化された今ならギリギリ回避できる。だが地面をくり抜き、車を貫通するほど頑強な
互いに決め手がなく、Lv2が攻撃しオレが避けるというシーンが繰り返される。
「トイレ行きたくなってきた」
ストレージから出し、飲み干したコーラのペットボトルを投げ捨てる。怪我はないが汗だくだ。暑いしもう疲れたよ。
「なあ、ここは引き分けにしないか?」
休戦を持ちかけるも言葉が通じるわけもなく、Lv2は上空で再び錐揉み回転を始める。
「こりねえ、なっ!」
弾丸のように突撃してきたLv2を、同じ様に回避しつつ斬る。が違和感。
「ら? ……うげっ」
鵺鳴が刃毀れし、ガタガタになっていた。マズイ。あと何回も保たないかもしれない。
オレのギフト・【刃の祝福】による能力上昇は刃物を装備すると発揮されるが、これ以上に損傷すると刃物と見なされず、ギフトが解除されるかもしれなかった。もしそうなったら詰みだ。
「センパイくん、見てっ!」
綾がLv2を懸命に指差している。何を見ろと言うんだと目を凝らすと、変化があった。
Lv2の螺旋状になった白黒の体色に、ところどころ緑が混じっていた。出血しているのだ。その証拠に飛行に安定感が無く、高度も僅かだが低くなっていた。
鵺鳴をボロボロにしたのも無駄ではなかった。
(傷口に鵺鳴を刺せれば……)
勝機とも言えない僅かな可能性だが、そこに賭けるしかなかった。
Lv2はなおも回転する。引く気はないらしい。
ジェットコースターのように弧を描く突撃を躱す。しかし、
「と……」
「センパイくんッ!」
綾の悲鳴。頭上にドリルのようなLv2の針が迫る。
オレはもう一方の足と両腕で前転し、Lv2の攻撃をやり過ごす。
(引っ掛かったな――ここだ!)
演技に騙されたLv2にほくそ笑む。
オレは走り車に飛び乗ると、Yシャツを脱ぐ。袖に片腕ずつを通し、パンッと張った。
Lv2は地中に潜り、土を掘削しながら上昇してきている。
(こっちだ。来い、来い)
車の天井を靴で踏み鳴らす。音を頼りに奴がこちらへ接近しているのが【危険感知】のスキルで分かった。
(来たっ!)
車を突き破ってきたLv2は、オレの張っていたYシャツと頬を針で貫く。
(掛かれっ!)
オレは祈る。
ドリルのように回転するLv2。その体に、割かれたYシャツの繊維が運良く引っ掛かる。外皮に幾重にも刻まれた傷が取っ掛かりになってくれた。
オレはLv2にしがみつきながら、上空へと舞い上がった。
ギャッ、とLv2が唸るが、その大顎はオレまで届かない。Lv2になったことで関節の可動域や脚が退化してしまったらしい。レベルアップも良いことばかりではない。
高度を維持しようと広げた六枚羽を、オレは鵺鳴で叩き斬る。切れ味を失った刀でも切断できるくらいの強度だった。
飛行不能となったLv2は、地球の重力に掴まれる。高度は5階建ての建物くらいだろうか。
「初めての絶叫系が、こんな化け物とはな」
こんなクソデカ虫と高所ダイブしても何も面白くない。そう嘆きつつオレは、Lv2の体を上へと登る。
「さぁて、ノーロープ・バンジーといこうか」
Lv2の上げる悲鳴のような奇声が愉快だった。
落下速度が増し、ゴウゴウと荒々しい風が頬を削る。欠損した羽をバタつかせるLv2にしがみつきながら、オレは鵺鳴を逆手に握る。
狙うは鵺鳴を刃こぼれさせてまで作った外皮の傷。僅かだが覗く肉の部分が、いま最もLv2の脆い部分だ。ここに落下のエネルギーを合わせ刃を突きこむ。
「スマートさの欠片もねえな」
勝算は不明。だがゼロではない。そんな低い可能性で敵ともども墜落しようなどいうバカは、オレくらいなものだ。バカはバカらしく、バカに行動するのみ。
真っ黒なアスファルトに激突する直前オレは体を開き、空気抵抗が増したことで出来たLv2との僅かな空間を利用し鵺鳴を両手でしっかりと掴むと、傷口目掛け力の限り突き込んだ。
落下エネルギーと地面との激突で、刃先が内部の奥深くまで侵入する。が、ボロボロになった刀身では衝撃に耐え切れず、半ばで折れてしまう。
地面に叩きつけられたオレは、頭部を守るため防御姿勢を取る。体中のそこかしこで何度も嫌な音がするが、痛覚を遮断してやり過ごす。
体が回転するのが止まる。とりあえず、まだ生きている。
顔を上げ、周囲に視線を走らせる。
「やっぱ……まだ死んでないか」
折れた鵺鳴が突き刺さった箇所から緑色の血液を吹き出しながらも、体を起こしているLv2にオレは苦笑いする。
Lv2が小刻みに震える。するとハラハラと欠損した羽が抜け落ちた。
「……は? 嘘だろ?」
同じ所から伸び広がったのは、真新しい羽だ。六枚全てが生え揃った半透明の緑色の羽を羽ばたかせ、Lv2の体が浮き始める。
オレは自分のダメージを確かめる。左腕と左足の骨折、右肩の脱臼、
上昇を始めたLv2が、不意に空中で姿勢を崩す。
「させないよ」
「はは……ヤッバ」
六枚の羽を綾が連続で射抜く。カッコ良すぎだ。
「センパイくん!」
「人使いが荒すぎだろっ!」
こちとら怪我人だぞと毒づきながらオレは【黒のスマホ】を取り出し、ゼノゾンを開いてポーションを三本購入。その全てを一気に飲み干す。
(治れ治れ治れ――治ったっ!)
骨がくっついたところで地面を蹴る。まだ痛いが大丈夫だと自分を騙す。
速度を上げ、全力疾走の勢いそのままに跳躍。虐殺蜂Lv2に突き刺さったままの鵺鳴へとドロップキックをかます。
「死にさらせこのクソ虫ッ!」
折れた鵺鳴の断面を靴裏が正確に捉え、刃がより深く潜り込みその切っ先が背部へと飛び出す。
奇声を上げたLv2が悶え苦しみ、のたうち回り出したので、慌てて離れる。
しばらく暴れていたLv2だったが、徐々に動きが小さくなっていく。
オレは【黒のスマホ】を取り出し、『虐殺蜂討伐数ランキング』を開く。数字は四二九。順位は二位。数字が四二九から、きり良く四三〇になる。
これは倒せたか? とピクリともしなくなったLv2を観察していたら、【黒のスマホ】に通知が届く。
『虐殺蜂Lv2・第一討伐者につき、一〇〇〇万ポイントを進呈』
「いっ……」
一〇〇〇万!? そんなに! ゼノゾンは何でも購入できるのでポイントは現金に等しい。一ポイント=一円と考えていいから、そのまま一千万円を獲得したことになる。ポイントという美味しい餌をぶら下げてくるな、この『試験』は。だがそういうのは嫌いじゃない。
死骸となったLv2を撮影すると、六メートルはある巨体が一瞬で影も形も無くなる。【黒のスマホ】のストレージは有限だが、虐殺蜂の死骸は何体でもストレージ内に納められた。そしてそれは売却しポイントにできる。ウハウハであった。
「にゅふふっ」
所持しているポイント額に、オレが気持ちの悪い声を漏らしてしまうのも致し方のないことであった。
「お疲れセンパイくん。……ひどい怪我。ポーション塗ってあげる」
「あ……」
見られた。上半身裸になっていたことを忘れていた。
「…………あれ? 治ら……ない?」
綾が背中にポーションを塗っても、やはり綺麗にはならなかった。
「それは怪我じゃない」オレはゼノゾンでTシャツを買い着る。「怪我じゃないんだ」
背中の傷跡を見られた。綾がどんな顔をしているのか確かめることはできなかった。そこに何かしらの感情が浮かんでいるのを目にしたら、オレは綾のことを憎悪してしまうだろう。
消防車が再び駐車場に入ってくる。
消火栓にホースを繋ぎ、放水の準備をする。
「すまん! まだやれるか高校生ッ!」
「ああ、まだやれる!」
オレは
「しゃんとしろ。オレ達にはまだやることがある」
「…………うん」
絞り出すような綾の返事。オレが走ると後を付いてくる。
共に放水で地上に落ちた虐殺蜂を狩る。
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