第20話 一日目 七月二〇日 一六時二三分(09:19:37)

 九弦くづる学園高校・体育館の中央で、オレは二〇〇人以上に囲まれていた。ビアンカが送ってきたメッセージを読み上げるためだ。


(何でオレが……っ)


 注目されるのは好きじゃない。逃げ出したかった。


 腕にそっとビアンカが触れてくる。そのくぼんで皺の寄った口の中には歯が一本も無い。だから話すのが難しく、代わりに送られてきたメッセージをオレが読むことになった。腹を括るしかない。


「えー……わたしは……」

「声が小さいぞ! もっとハキハキ話せ!」「そーだそーだ! 会長の言う通り!」「とりあえずガンバレ〜」


 あや誠也まさや騎士ないとがチャチャを入れてきたので、そちらへ小さく中指を立てる。


 やりゃあ良いんだろ、やりゃあ。


「私は、ゼノゾンに髪と歯と爪を売りました。なので下手だった日本語が、ますます下手になってしまいました」


 メッセージは一旦ここで切れる。みんな無反応だった。


 これはまさかジョークだったのか? ビアンカの方を見ると、顔をほのかに赤くしていた。ジョークだったらしい。オレが滑ったみたいになったじゃないか。


 ビアンカを小突き先を促すと、次のメッセージがくる。


「私は髪と歯と爪を売り、一つのスキルを購入しました」


 ゼノゾンは『何でも』売れる。ビアンカは自らの体の一部を売ったポイントで、スキルを得た。


 ビアンカが手をかざすとオレの体が光に包まれ、人々がどよめく。


『ビアンカの【スキル・ブースト】の効果により、当真仁とうまじんの全スキルレベルが二倍になります』


 対象者のスキルレベルを二倍にするのが、ビアンカの取得した【スキル・ブースト】の力だ。


 オレは深く沈み込み、床を蹴った。


「おおっ?」


 自分の体がバスケのゴールリングを越え、宙を舞っていた。あんぐりと口を開ける人々のマヌケ面がオレのことを見上げていた。


 一回転し、オレはダダンッと着地する。ちょっとだけ怖かった。


 ビアンカから、さらにメッセージが送られてきたので読み上げる。


「私には娘がいます。アンジェリカという名前です。でも今は氷の中です。私は娘を助けたい。でも力のない弱い女の私には、あのモンスターを倒すことができません。けれどこの【スキル・ブースト】でお役に立つことはできないでしょうか? 勝手な言い分だと言うことは分かっています。でもお願いします。どうか皆さんのお力を貸して下さい。娘を、アンジェリカを助けるためならなんだってします。どうかアンジェリカを助けて下さい。お願いします」


 文章からでもビアンカの思いは伝わってくる。だがそれよりも雄弁に語っているのは、ずっと頭を下げ続けているビアンカの姿だろう。髪を捨て、歯を捨て、爪を捨て、変わり果てた姿になろうとも娘を救おうとする母としてのビアンカに、誰もが胸を打たれていた。


「ああ、ビアンカさん。なんてことなの!」

 人垣ひとがきの中から走り寄ってきてビアンカを抱きしめたのは、野山英里のやまえりだ。


 この騒がしいババア、凍ってなかったのか。英里えりは涙ながらにビアンカへ語りかける。


「わたしも、わたしもなのよ、ビアンカさん。わたしの娘の花恋かれんも氷漬けにされてしまったの。あなたと同じ。わたしたちは娘を助けるために協力しあわなければならないわ。そうでしょ?」


 英里の言葉に、主に避難民たちが賛同を示す。非協力的な避難民と衝突していた生徒と保護者は、あからさま過ぎる掌返しに白けた顔をしていたが、どうにか大人の寛容さを絞り出し、拍手をする。


 その間ビアンカはにこやかに頷いていたが、その本心はどうなのか、オレに察することはできなかった。


 ともあれ九弦学園高校の人間たちは、一先ひとまずのまとまりを見せたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る