第3話 深森アンジェリカ

 やっぱり、誰も助けてくなかった。


 ランドセルを振り回している間も家の中から人が覗いていたのに、誰も出てきてはくれなかった。


 わたしが、わたしとお母さんが『ガイジン』だから?


 戦争で、ウクライナからお母さんと逃げてきた。日本はお父さんの国。でも日本での生活は辛い。


 髪の色が変だとイジメられる。言葉を覚えても誰も友達になってくれない。ご飯が美味しくない。味噌も醤油も納豆も大嫌い。


 ウクライナで戦っていたお父さんとは連絡がつかなくなった。


 国からの支援だけでは足りなくて、お母さんは夜の仕事を始めた。お母さんはあまり笑わなくなった。


 もう疲れちゃった。こんな世界で生きていても何も良いことなんて無い。もういいよね? もうお父さんのところにいこう、お母さん――


「――うおらあああああッッッ!」


 ライオンのような唸り声がし、男の人が走ってきた。


 男の人は自転車を大きな蜂にぶつけると、お母さんを抱え上げる。


「走れ、クソガキ!」

「は、はい!」


 男の人は、すごいスピードで走る。背の高いお母さんを抱っこしているのに、わたしは追いつけなくなりそう。


 走り方がすごく綺麗。チーターみたいに地面を蹴って、空を飛んでいるみたい。


 胸の奥が、ジュウジュウした。

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