照れ屋なヒロインは告白なんてしない。
つきのはい
01
高校二年の冬。
僕はその頃、
真ん中の列の最後尾。
小川さんは物静かな人で、いつもいつも読書に時間を費やしているような人だった。
十分の休憩時間も、お昼休みも。
彼女は同級生の誰とも話さないようだった。
常に独りぼっちで過ごしていて、どことなく人を寄せ付けないオーラみたいなものを放っていた。
席が隣になる前から薄々そうかなとは思っていたけど、隣になったことで確信した。
そんな小川さんに、僕はつい魔が差してしまったんだと思う。
彼女がその時手にしていた本のタイトルにも、少しくらい惹かれる部分があったからだと思う。
「ねぇ小川さん、何読んでるの?」
「……」
僕が質問すると、小川さんは広げたままのその文庫本を持ち上げて、裏側になっていた表紙を僕に見せてきた。
その時、僕はもうその本のタイトルを知っていた。
何度か横からチラ見していたからだ。
けれど一応改めてというか、新鮮にそのタイトルを読み上げてみることにした。
「『黒い家』」
「うん」
「ホラー小説? おもしろい?」
「うん。そこそこ」
小川さんは口数少なくしゃべって、首を縦に振る。
学校での小川さんの過ごし方を隣で見てきた僕としては、てっきりここで会話が途切れてしまうものと思っていた。
でも。
「
「……少しあるかも」
会話が続いたことに内心驚いていた。
そして本音を言うと、僕はその本じゃなくて、小川さんに興味があったんだと思う。
「貸してあげよっか」
「え? ……いいんだ?」
「うん。私はもう何度も読んでるから」
小川さんはそう言って、どこか慈しみを持って本の表紙を撫でてみせた。
ほっそりとした指先に、余裕のあるゆったりとした動作。
そういうものから、僕は優しさを感じていて。
小川さんは、本当に読書家というか、愛好家なんだなと思った。
またなんだかその姿というか、ポーズがとても儚いものみたいで、僕には遠い存在のようにも感じられた。
隣で見ているのに遠い感じがする、というのもおかしな話だけど。
「あっ」
僕が小川さんの姿をじっと見つめていると、彼女はまた声をあげた。
「え? どうしたの?」
「……大湊くん、こっちの小説読んでみない?」
「?」
そう言ってから、小川さんは机の脇にかけていた小さなリュックサックから、別の本を一冊引っ張り出した。
「『夏と花火と私の死体』?」
「これもおもしろいよ。私達とそんなに変わらない歳の人が書いたんだって」
「へぇ。じゃあ読んでみようかな」
それから、僕達は小説の貸しあいっ子をするようになった。
今まで小説なんて買ったことも読んだこともなかった僕が、小川さんのせいで買うようにも読むようにもなっていった。
本屋さんに行って、小川さんのことを考えて、彼女ならどんな本を読むだろうって。なぜかそんな風に彼女基準でその本を買うかどうか悩んだりすることもあった。
それと、小川さんはこと小説の話となると、普段の五割増しくらいでしゃべるということがわかった。
これは僕にとって大きな収穫だった気がする。
そして、この本の貸し借りが僕と小川さんのいわゆる「交流のきっかけ」と呼べるものだった気がした。
◇
僕の隣に座る小川さんは、取り立てて成績が良いというわけではないようだった。
読書家はみんな勉強ができる。というのは、ひどい偏見なんだということを僕はそこで知った。
彼女の成績は大体平均くらいで、ダントツ一位や上位というのでもないし、創作でよく出てくるような、なぜか学校に資金面で多大な援助を施している財閥の一人娘だとか、なぜか教師よりも決定権を有する怪しげな生徒会に所属しているだとか、特別な肩書きを持っている人でもなかった。
でも僕は、そんな平凡な小川さんが少し気になっていた。
友達の一人も作らないで、授業と読書を繰り返して学校を終えていくだけの、そんな小川さんが、僕には珍しく見えていた。
僕が小川さんと本の貸し借りをするようになって、一か月が経った十二月頃。
僕は彼女から思わぬセリフを耳にした。
「大湊くんて、小説書いたことある?」
「いや、ないけど。普通はないんじゃない? ……急にどうして?」
「なんとなく、大湊くんが書いた小説、読んでみたいなと思って」
そう言われましても。
「小川さんは書いたことあるの?」
「……」
僕の質問に、小川さんは口を
同じ質問を訊き返しただけなのに、急に黙り込まれたので、僕はひょっとしてと思った。
「あるんだね。……その、よかったら読んでみたいかも」
「……うん」
小川さんはやけに顔を赤くしていた。
とても恥ずかしいといった様子で、肩に力を入れて、下を向いていた。
「でも全然上手じゃないから。読まれるの恥ずかしいし……」
「嫌だったら大丈夫だよ?」
「嫌じゃない!」
「うわっ!」
小川さんは急に大きな声を出し、勢いよく席を立ちあがった。
いつも静かに過ごしている彼女が声をあげて立ち上がる姿に、教室内はもちろんざわついた。
「お、落ち着いて小川さん」
「ごめんなさい」
僕や周りの反応にハッとした彼女は、謝りながらすぐにまた腰を下ろした。
「大湊くんだったら、読まれても大丈夫……だから」
「……」
そうなんだ。でもなんで?
心の中で僕はそう思った。
あ、もしかすると小川さんの中で僕はそこそこ『親しい人』という括りに入れられていたのかもしれない。
繰り返される毎日で、だんだんと心の距離を詰めることが出来ていたのかもしれない。
結論から言うと、僕はその日から小川さんの書いた小説を読ませてもらうようになったのだった。
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