ユニコーンの悲鳴

鈴真

プロローグ

 騎士はあまりの事態に動けずにいた。

 町の名物である聖者が住む塔はぽっきりと折れて町壁を押しつぶしており、町の中央にある大釜は、祭りで使われるものだろうが、しかし、その中にいくつも突き刺さっているのは――到底、祭りの場で供されるものではない。

 辺境巡回の命を負った騎士は怖れ、慄いた。

 未だ年若い青年であり、今回の旅路も大した苦難なく終えられるだろうと上官から告げられて、物見遊山の気すら抱いていたのだ。

 この周辺は元来平穏な土地だ。

 何か聖なるものに守護されている、大いなるものが眠っているなどなど、理由はともかく不明であったが、魔物や怪物、夜盗の類の話題にも、大きな災害にも全く縁のない地域であるということは、長年にわたる常識であった。

 だが、現状はどうだ。

 家々には被害がない。これでもしも、広場の大釜がなく、塔も倒れておらず、露店に人が立ち、井戸で水を汲む女がおり、駆け回る子供の姿があれば、噂に違わぬ良い町だと判じることができたに違いない。塔に住む聖者にも、会ってみたいとすら考えていた。

 しばし愕然としていた騎士だったがはっと我に返って馬から降りると、申し訳程度に町を囲んでいる壁を潜って足を踏み入れた。門扉は開け放たれたままで、この有様が何の手によるものであったとしてもいかに侵入が容易かったかということが知れる。

 誰か、と、騎士は声を上げた。

 辺りは何一つ物音がない。

 今はまだ早朝といってもよい頃合で、小鳥がそこかしこの木に留まって鳴き交わしていてもおかしくはないのだ。だというのに、何かが飛び立つ音も、走り去る音もない。

 騎士の声に応えるものはない。

 ただひたすらに、似つかわしくない静寂がそこにあった。

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