奇跡を背負う領主
碧猫
第1話 荒廃した領地の領主
雨が降る。びしょ濡れの窓。
広く豪華な部屋にいるのは、ぼくと従者達。それに、星音という、可愛らしい女の子。
星音はぼくの婚約者。家同士が決めていて、そこには何の感情もない。星音の方もそうだとう思う。
「少しは婚約者らしくしてほしいものなんですが」
「……」
見た目は可愛らしい。でも、中身は別だ。何も可愛くない。ぼくに会いに来ても何一つ喋らない。そんな女の子。
少し前まではそう思っていた。
「あの、話聞いてます?」
「……」
「もう良いです」
いつもこうだった。これだけだった。ぼくが何を言っても返事をしない。目を合わせようとすらしない。
それを知るまでは、ぼくは何度もそれに苛ついていた。
でも、最近知った。星音は、ある本の話をすると楽しそうに話すんだ。
「婚約者というのは求めませんが、話くらいしましょう。また、未来の書の話をしましょう」
「はい。今日は何章のお話をしますか?私は二章のお話が良いです」
未来の書といういかにもやばそうな本。その本の話だけはしてくれる。だから、ぼくは分厚いその本を、読んだ。
ある程度の流れは覚えるくらい読んでいる。特に、星音が好きだと言った章を重点的に。
「それにしても、雨止みませんね」
「そうですね」
「……」
また黙っちゃった。それにしても、天気の話なんて初めてした気がする。本当に、星音は、本の話以外はしないんだ。
夫婦になるには、愛までは求めなくても、普通に話せる仲にはなりたい。この、他愛のない天気の話。それが、そうなれるかもしれないと思わせる一言だった。
「智瑠様、水が」
突然の出来事だった。水がこの部屋へ入ってきた。それも大量に。
**********
「……」
「お目覚めですか?」
流石のぼくでも引くレベルの趣味の悪い部屋。全ての家具に宝石が散りばめられている。なぜ、こんな家具にしたのか理解に苦しむ。
ぼくがここに転生して早五年。今日、ぼくは転生する前の記憶を思い出した。
良くある、何かあった拍子に思い出したのではなく、自然と、朝起きたら思い出していた。
転生前は智瑠。転生後はチェリルド。
チェリルド、聞いた覚えがある。確か、星音が読んでいた本。
あの本には、チェリルドは、ものすごく悪い貴族の子だった。
好き放題やって、お金を使いまくる。領民を、金稼ぎの道具としか思っていない。そんな人物。
領民達の反乱で最後を迎えていた。
僕は絶対にそうはなりたくない。
ぼくは、あの本を一通り読んだけど、チェリルドに好感を抱いてなんていない。むしろ嫌悪を抱いている。
「チェリルド様、本日は、婚約者様が来ております」
そうそう。ぼくは前と同じく、婚約者がいる。名前は、エンジェリア。不思議な女の子。星音と雰囲気が似ていて、とても愛らしい。
エンジェリアを待たせるのは悪い。僕は急いで、彼女の元へ向かった。
「おひちゃちぶりでちゅ。チェルドちゃま」
「お久しぶりです。エンジェリア姫」
笑顔で挨拶をするエンジェリア。
あの本では、ぼくはエンジェリアを邪険に扱っていた。でも、ぼくはそんな事しない。なるべく大切に扱うようにしている。
「ごちゃいのおたんじょぉびおめでとうごじゃいまちゅ」
そう。今日で五歳。今日誕生日なんだ。
こんなにも愛らしく、誕生日を祝ってくれるエンジェリア。チェリルドは、こんなに愛らしい婚約者をどうして邪険に扱っていたんだろうか。
ぼくがチェリルドなら、実際今はそうだけど、こんなに愛らしい女の子を邪険に扱うなんてしない。たとえ愛してなかったとしても、婚約者として、大切にする。
「あの、これ、ぷれじぇんとでちゅ」
渡された写真。それは、多分、ぼくの家が治める領地。酷い有様だ。とても人が住んでいるような場所には思えない。
チェリルドは、こんな領土を放って、好き放題していたと思うと、悲しくなってくる。
「……」
「それと、これもあげまちゅ」
未来の書。転生前の婚約者である星音のお気に入り。
どうしてこの世界にそれがあるのか、どうしてエンジェリアが持っているのか。ぼくは理解ができず、本に手を伸ばせなかった。
エンジェリアは、本をぼくに差し出したまま、ぼくをじっと見つめた。
「智瑠ちゃまは、このまま、悪役になるんでちゅか?この本のように、悪いきじょくなんでちゅか?エレをいじめるんでちゅか?」
「せい、ね?」
転生前のぼくの名前。この世界の人が知るはずのない。エンジェリアは確かに、その名前でぼくを呼んだ。
ぼくの転生前の婚約者。目の前にいるエンジェリアは、そうとしか思えなくなった。
「エレの偽名のひとちゅでちゅ。それで、どうちゅるんでちゅか?変わりたいと思うなら、強力ちまちゅ」
本と同じ未来を辿るか。別の未来を探すか。それは、こっちに決まっている。
「ぼくは、チェリルドのようにはなりません」
「なら、まじゅは、本のチェルドと違う何かを探すでちゅ」
本のチェリルドは、とにかく偉そうだった。身分を振りかざすだけ。でも、この世界にある魔法というのは、それなりに使えていた。特に、土系の魔法が得意だった。
ぼくは、一人暮らしを経験した事もある。その時に得た知識は、チェリルドにはないもの。それ以外にも、チェリルドが使えなかった魔法も使える。
「生命魔法には及ばないけど、成長魔法はちゅかえるの」
そう。成長魔法。植物を成長させる魔法。使い道は、それだけだけど。
でも、これはチェリルドと違う運命を辿るために渡されたものではないかと思いたい。もしかしたら、チェリルドも使えていて、役に立たないと使わなかっただけかもしれないけど。
「ふっふっふ、エレを讃えると良いの。これをみたまえーなの」
「これはなんでしょうか?」
「栄養ドリンクなの。たちゅけあいが大事なの。素材のしょくぶちゅさえくれれば、エレが、ちゅくってあげるの。エレは、この領地のとある場所でお店やってるから、来てね」
貴族が気軽に外出れないの知らないのかな。ぼくは、一度も外へ出た事がない。
両親から、外は危ないと言われて育った。ぼくも疑わなかった。今までずっと。
「本にも書かれてたはじゅなの。今日、このお家は、ジェルドだけになっちゃうって」
エンジェリアの言う通り、あの本に書いてあった。今朝、突然みんながいなくなる。ぼく一人になる、はずなのに、なんで従者のシェオンだけはいるんだろうか。
従者のシェオンは、そもそも本には出てきていない。チェリルドが十六歳になるまでは、少ししか触れていないから、従者達と一括りにされていただけかもしれない。
「ふみゅ、ちぇっかくだから、ちゃっちょく領地に行ってみる?」
「行けるなら行きたいです」
「ふみゅ。ゼロじゃなくて、シェオン、お願いなの」
「……かしこまりました」
転移魔法だ。すごい。位置調整とか大変なのに。
本でも、五年間この世界で生きた記憶でも、使える人を見た事がない。
**********
本当に酷い有様だ。写真で見るよりもずっと。
ここで生きてきた人達は、どれだけ苦労してきたんだろうか。
これを知らずに散財して生きてきた事に、罪悪感を覚える。
「フォル、フィル、ただいまー」
「おかえり」
「おかえり」
また本に出てきていた覚えがない。どこかにいただろうか。
いた。別の章の登場人物だ。
チェリルドの話ではない、別の話。そこで出てきていた。
確か、神獣とかいう種族の双子。エンジェリアの家族のような人物達。
「チェルドちゃま、どうでちゅか?」
「……酷い」
「枯れた土地は、栄養ドリンクで戻ってまちゅ。でも、後の事はチェルドちゃまちだいでちゅ」
この現状を、ぼくがどうこうできるなんて思えない。でも、家族が消えて、ぼくはここの領主になったんだ。
ぼくが、ここを豊かな土地にする。
絶対に、あの本のように荒廃した土地のままにはしない。あの本のチェリルドと同じ道は辿らない。
「ふみゅ。答えは分かったの。じゃあ、まじゅは、ここのしんじちゅを見るの」
領民達が、魔物に変わる。これは、幻覚魔法だ。
あの家は一体、何をやっていたんだろうか。魔物が大人しくするはずはない。魔物を洗脳して領民にしていたとしか考えられない。
「悪役しゃんでも、内情はあるの」
「この国には、五人の王子がいた。王位を継がない王子は捨て駒で構わない。むしろ、継承権を持つ王子が減る利益しかない。ここは実験場。洗脳した魔物と人を一緒にした領地。今調べがついているのはこのくらいかな」
消えた両親がどっちかは分からない。どちらにしても、ぼくの本当の親は、この国の国王夫婦なんだろう。
フォルの話が全て本当ならだけど。そこは、疑う必要はないと思う。
でも、魔物以外いないっていうのは、人は全員出て行ったんだろうか。それとも、目に届く範囲にいないだけなのだろうか。
「人はいるんですか?」
「ふみゅ。ここは出れないの。だから、魔物しゃんとは隔離ちてくらちぇるようにちてあるの。ここの魔物しゃんは、無害だけど、仲良くちづらいんだって」
魔物は無害。なら、引き続きこの領地にいてもらっても良い。むしろ、魔物は人より強いから、領地を守れて良いかもしれない。
でも、そうなるとどうやって共存するか。
魔物と人が共存できるとは思えない。意思疎通もできないし、人は魔物を危険視しているはず。
でも、もし意思疎通ができれば、少しは変わるかもしれない。
それができる方法をぼくは知っている。
「エンジェリア姫、翻訳魔法を使えるように、両方教育する事はできますか?」
「ふみゅ。強力はちゅるの」
まずは翻訳魔法で意思疎通をできるようにして、互いに手を取り合えるようにしていこう。
協力し合えば、きっと良い事があるから。少なくとも、ぼくは転生前からずっとそう思っている。
「翻訳魔法のきょうかちょなの。オジェツって魔物しゃんにわたちてほちいの。しょこのゼロ、じゃなかった、シェオンがちゃぽーとちゅるの」
なんだか、ゲームの依頼みたい。エンジェリアの強力は、主にこういう感じか。やる事が分かって便利。ぼくが考えてやる事も多いと思うけど。そこは領主として当然だと思う。
そういえば、ゼロって名前も違う章に登場していた。エンジェリアの義理の兄。女装だと思うけど、見た目完全に女の子。違和感がない。五歳でまだ、成長しきってないからだろうか。
ところで、シェオンのサポートはなんだろうか。
「チェリルド様、わたくしは、翻訳魔法をまだ使えないチェリルド様の代わりをいたします」
頼もしいけど、どこか棘のある言い方。なんでだろう。ぼくを敵視しているみたい。
本では、ゼロはエンジェリアを大事にしていた。もしかして、本のチェリルドが酷い性格だったからだろうか。
「エレの婚約者ずるい……えっと、どこから参りましょう」
嫉妬してるだけだ、これ。本には、エンジェリアとゼロはフォルが好きって書いてあった。でも、エンジェリアとゼロは家族以上の関係とも書いてあった。
だから、ぼくが婚約者というのが気に入らないのかもしれない。勘違いしたけど、敵視しているわけではなさそう。
「あの辺にいる魔物達に聞いてみます」
「かしこまりました」
魔物と会話するなんて、流石は異世界って感じがする。翻訳魔法でできるんじゃないかとは思っても、実際に見ると、異世界に転生したって実感が湧く。
二足歩行の魔物は、人よりも背が高い。二メートルくらいある。
「こんにちは。お話よろしいでしょうか?」
「グォォォォ。ゴォゴォ」
「……女装してんのに普段通り喋ったら違和感しかねぇだろ」
魔物が何を言っているのか、ぼくは理解できない。でも、反応から予想はできる。
多分、シェオンの姿ではなく、ゼロとして何度も話しているんだろう。それで、今は女装して、言葉遣いも変えている事に、魔物は違和感を覚えた。そんな感じがする。
「グォォォォ」
「あのなぁ、男が女の格好を嫌々させられていて似合っているは褒め言葉じゃねぇからな」
「グォグォ」
「学んだか。なら今度から、俺がこの格好しているのは無視してくれ。それより、オジェツがどこにいるか知らねぇか?」
「ゴォゴォ」
「あっちか。ありがとな」
テンポよく会話が進んだけど、オジェツって魔物はいなかったようだ。でも、場所を聞いてくれた。
ゼロは、エンジェリアの婚約者というのは気に入らないみたいだけど、普通に優しいんだと思う。
「チェリルド様、もう呼んでいるのですぐ来るそうです」
「ありがとうございます」
「ゴォゴォ」
「チェリルド様に興味を持っていらっしゃいます。ついでに、この喋り方に面白がってる奴もいるな。後で覚えてろよ」
二重人格かとツッコミたくなるくらいの変わりよう。
魔物達に挨拶をしたいけど、翻訳してもらえるだろうか。
「お初にお目にかかります。この領地の領主になりました、チェリルドと申します。今まで、放ってしまい申し訳ありません。これからは、ここを領民皆様の住み心地の良い場所にできるよう、精一杯努めさせていただきます。何卒、よろしくお願いいたします」
シェオンがそのまま翻訳してくれる。早く翻訳魔法を覚えて、ぼくも一人で会話できるようになりたい。いつまでも、シェオンに頼りっきりじゃいけないから。
翻訳魔法の教科書をエンジェリアにぼく用にくれないかと聞いてみようか。
「ゴォゴォ」
「小さいのに無理するなとおっしゃっています。そう思うなら協力してやれ」
「ゴォゴォ」
「喜んでって、成長した俺も小さいとか言うな!」
魔物にとっては、人は小さいんだろうか。本には身長までは載っていなかった。ぼくが見ていないだけかもしれないけど。だから、成長した後なんて分からない。
二メートル越えの魔物からすると、ぼく達人は小さいという意味なのだろうか。でも、この反応を見る限り、違う気がする。
「ゴォゴォ」
「きた。ほら、翻訳魔法は使ってやるから自分で……翻訳魔法は代わりにかけて差し上げます。なので、ご自分で、言ってください」
「初めましてじゃな。チェリルド様。この老体に何のようじゃ」
「その、この教科書で、翻訳魔法を皆様に広めて欲しいです。翻訳魔法があれば、人と魔物を繋ぐ事ができると思います。それが、この領地を住みやすくするために重要な事だと思うのです」
「良かろう。やはり人は面白い。じゃが、一つだけ言っておこう。そなたの事は信用してはいない。ゼロ姫は別じゃがな」
ぼくは今まで、知らずに搾取しかしてこなかった。これは当然の結果だろう。でも、これからの行いでそれを変えていける。
きっと、オジェツさんもそう思って言ってくれたんだろう。
だったら、ぼくはみんなから信用されるように、これから頑張っていこうと思う。
まずは第一歩となる、翻訳魔法広め。その魔物の方は、これでクリアだ。
次は、人に広められるようにするんだろう。エンジェリアのところへ戻ろう。
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