わらばー兵

幸/ゆき さん @WGS所属

志願書

 1945年3月の末。

僕らの学校は半年くらい前の段階で、帝国陸軍に接収されていたから、先輩伝てに集合の指示を聞いたときは何かと思った。

久々の投稿後に配布されたのは入軍志願書。

その場には厳めしい顔をした本物の将校も居て、僕たちに言った。


「貴様らは本来ならまだお国の為に戦う年齢ではないが、特別に仕える事を許された。この幸甚をよく鑑み、提出せよ。まして、沖縄は日本国に取り込まれてから歴史が浅い。貴様らの忠誠心を示す好機である」


実際はもっと長く熱烈に語っていたが、大体こんな内容だった筈だ。

僕は話が終わっても興奮が冷めぬまま、いつもの面子で家路を歩いた。

剛士たけしと、はじめと、真境しんきょうだ。


僕が皆に


「ねぇ、皆は志願書出す?」


と訊ねると、剛士が食い気味に答えた。


「ったりめぇだ。他の戦地に飛ばされるならまだ考える余地はあったけどよぉ、故郷ここの守りに就けるんだぜ? 願っても無い話だ」


剛士は僕らの大将的な立ち位置に違わず、野球部で鍛えられた胸筋を張ってドンと答えてみせた。

それに続くは哉。

彼も同じくらい調子が良い。


「全くや。日本男児たるもの、お国の為に命を捧げるのは当然! それに、父ちゃんの敵をこの手で討てる思たら……俺かて喜んで兵隊になる。で、浩介はどうなんや?」


言い出しっぺの僕にも当然質問は返って来て、恐る恐る答えた。


「出す、つもりだけど……ちょっと怖いなって」

「まぁ、安心しろって! 俺らはきっと同じ部隊になるから、そんときは俺が浩介を守ってやらぁ」


剛士は僕の肩に腕を回し、笑いながらそう言う。

哉もニヤニヤしていたから、僕も


「ハハハ……」


となんとなく笑った。

けれど、真境だけは笑っていなかった。


「わーは行かん」


真境は声も小さいし、僕ら四人組の中では遅れがちだ。

実際、自分の意思を示した今回も彼が最後だったけれど、珍しくはっきりとものを言った。

そして、内容が内容だけに僕ら三人は耳を疑い、しばらく固まった。


「どういうこっちゃ?」


哉が突っかかると、

真境は下を向き、拳を握り締めたまま声を大にする。


「わーは兵隊にはならんと言っちゃるど!」

「何やと、この恥晒しが!」


哉は真境の制服の襟を掴んだ。


「さっき兵隊さんも言うとったがな! 沖縄に住んでるだけで俺らは忠誠心が浅いと思われてるんやぞ。お前みたいな非国民がおるせいとちゃうか⁉︎」

「うんなぬ知らん。わーは戦いとぅねん!」

「お前、名前も琉球のやつやもんなぁ。やっぱ沖縄のもんの性根は意気地無しやなぁ、えぇ⁉︎」


真境の体格は哉のそれに負けているものの、剣幕の方は勝らずとも劣らない。


「哉、言い過ぎだぜ。志願書はあくまで志願書・・・だ」


流石に剛士が二人を引き離して止めたものの、いがみ合いの空気は収まりそうにない。

ほとぼりを冷ます為に剛士は哉と、僕は真境と別々に帰る事にした。



 道を分かったあの二人に、僕らの声が届かないであろう距離になってから真境はポツリと言った。


「わーはな、ただ皆に死んで欲しこねんだ……」


沖縄の古い言語を残した口調は、不思議と耳に残る。


少年兵わらばー兵になってなんするど」


真境は通学鞄からクシャクシャになった志願書を引っ張り出し、僕の目の前で破って丸めて捨てた。


「せめて浩介だけは行かんとーてくれ」


真境は寂しい目でじっとこちらを見詰めるけれど、僕は返事ができなかった。




 結局、僕は志願書を提出した。

何せ、同い年の友達から3つ上の先輩まで、男なら殆ど全員がそうしたのだから。

再び将校が学校に来て、今度は僕たちに装備を支給した。

軍服に袖を通すと、丈夫に作られた分ずっしりしていた。

これはきっと、誇りの重さだ。

それから、鞄や規則の書かれた本などが配られると、最後に一人一丁ずつ鉄砲を渡された……三八式歩兵銃。

これを握って整列した頃には、もう皆一人前の兵隊になった気分だった。

家族も、同級生の女の子たちも、先生も、「名誉な事だ」「どうか頑張って」と讃えて送り出してくれた。


 見送りの人集りの中には、真境の姿があった。

やはりという結果ではあるが、うちの学校で真境だけが志願しなかった。

数日前から皆が真境を沖縄一の臆病者だと罵るようになっていたから、彼の顔は疲れて見える。

人混みの隅っこから死んだ魚のような眼差しを僕に向けていた。

日丸の旗も、手も振らず。

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