冷酷非道と有名な私の婚約者は誰よりも優しかった、私には。

玉塵

冷酷非道と有名な私の婚約者は誰よりも優しかった、私には。


「ロザリア、僕との婚約関係を解消してもらえないか?」


 そう申し訳なさそうに婚約破棄を宣告してきたのは、私の婚約者。ブリーム王国第一王子のヘンリー殿下。文武両道で政治にも戦闘にも秀でている上、さらに金髪碧眼へきがんで容姿端麗な方だ。


「何故、でしょうか」


 私は声をふり絞り、尋ねた。殿下のすぐ横を見れば分かることを。

 ヘンリー殿下の隣には銀色の髪に整った目鼻立ちをもつ華やかな公爵令嬢のソフィア様。綺麗に通った鼻筋に、ぷくっとしたさくらんぼのような唇の可愛げな顔立ちの女性。

 ソフィア様が街中を歩けば100人中100人全員振り返るだろうというほどの美しさだ。


 ヘンリー殿下とソフィア様は今も私の前で抱き合っている。一応ヘンリー殿下は私の婚約者だというのに。


 ソフィア様はその美しい顔をヘンリー殿下に向けている。そのまま、こちらには全く関心がないかのような姿勢で、私に対して言った。


「ごめんね、ロザリアさん。あなたには悪いけど、ヘンリー様をあなたなんかに渡すのはもったいないと思うの。だからこそここは公爵令嬢である私がってわけなのよ」


 『あなたなんか』と明らかに見下された言葉を吐かれても何も言い返すことができない。

それが私の立場だ。


 テイラー侯爵家の妾の娘。妾といっても、母は普通の平民で見かけが良かったからたまたま侯爵家に拾ってもらえただけ。

他の貴族の女性としての妾とは扱いが全く違う。


 その母ももう、私が幼いときに亡くなってしまった。

 それからは私は完全にテイラー家の中で腫れ物扱いされている。ヘンリー殿下との婚約も、運良く取り付けられたもの。


 テイラー家の思惑としては腫れ物の私を排除し、さらに王家との繋がりを作り、さらに私が王妃になったときにはテイラー家の傀儡である私を使って実質的に国を支配できる。


 まさに一石三鳥というわけだ。

『誰のおかげでこれまで生きてこれたんだ』と父に言われたら私は反抗できない。



 そんなテイラー家にとって一石三鳥の婚約が破棄されてしまったと父が知ったら………

一気に私の顔から血の気が引いてゆく。


「待って!ど、どうかお願いです。婚約関係を、どうか私との婚約関係を解消しないで!」


 後々父に怒鳴られ殴られることになるよりは、今ここでこうして地面に這いつくばってお願いする方がマシだった。


 ヘンリー殿下に呼び出されたので、会うために髪の毛をセットしてきた。でも這いつくばって頭を地面に擦り付けている今の私の髪は、セットが崩れバラバラになって地面に寝ている。


 地面に向いているからわからないが、今の私は完全に取り乱して酷い顔をしているだろう。


 こんな私を見てヘンリー殿下とソフィア様はどう思うだろうか。無様な女だと鼻で笑うだろうか。


 意外なことに、最初に私に言葉をかけたのはヘンリー殿下ではなく、ソフィア様の方で、その声は鋭く、冷たいものだった。


「そうやっていつまでもヘンリー様にへばりつこうとするの、やめてもらってくれないかしら?もうヘンリー様は私と婚約すると決まったのよ。迷惑なのよ、さっさと消えな」


 とても淑女とは思えないソフィア様の言葉遣いを前にしても、ヘンリー殿下は何も言わない。そのままヘンリー殿下は私に何も言わず、ソフィア様とどこかへ行ってしまった。



 私は、どうすればいいのだろう。


✳︎✳︎✳︎



 私はヘンリー殿下に婚約破棄を言い渡された後、家に戻って父にその旨を伝えた。


 

「この役立たずがぁ!」


 怒号と共に父はバシッと私の腕を強く叩いた。

叩かれたところはすぐに赤く腫れ、ズキズキと痛む。


「っ!」


 思わず少しだけ声を漏らしてしまった私は反抗的な目をしていたのだろうか。父は私を睨みつけ、「なんだその反抗的な目は」と言い、もう一度私を叩いた。


 痛くて痛くて、逃げ出したくてたまらなかった。でも逃げ出すわけにはいかない。私の行ける場所はどこにもないからだ。

 ここで逃げ出して外で暮らそうとしても野垂れ死ぬだけだろう。


 耐え忍ぶしかないのだろうか。死ぬまで、ずっと私はこの家に囚われ続けるのだろうか。

私の人生は、こうして叩かれて続けて終わるのだろうか。


 私は、幼い頃から父や姉兄たちに蔑まれてきた。扱いはテイラー家に仕えるメイドたちよりも確実に酷かったと思う。


 引っ叩かれたり、蹴られたり、なんてのは日常茶飯事。一番酷かったときには火魔法で炙られそうになったりもした。

そのときはちゃんと逃げたけど。


 そんな人生を、これからも続けていくのだろうか。



 一時は殿下と婚約関係になって、もう少しすればこの生活を抜け出せると思ったのに。


 あと一ヶ月ほどで正式に結婚をする予定だった。第一王子の婚約者である以上、父や姉たちも私に手を上げられない。

 だからもう私は自由だと思った。

あと一ヶ月で私は自由になれると思っていた。


 やった!私のこれまでの努力は報われた!


 そう思った矢先の婚約破棄だった。



✳︎✳︎✳︎



「ロザリアッ!こっちへ来い!」


 ヘンリー殿下に婚約破棄をされて、実家テイラー家に戻った後、何日か経ったある日のことだった。


 私はメイド達と共に屋敷の床掃除をしていると、

父に執務室に呼ばれた。私はすぐに掃除用具をしまってから執務室へ向かった。


「お父様、ロザリアです。参りました」


 私は扉をノックし、父に入室の許可を得てから執務室へ入った。

 中には嬉々とした表情を浮かべた父がいた。

その視線は父の手元にある一通の手紙に向いている。


 これまでに見たことがないほどの父の嬉しそうな顔に私は驚きながらも父の次の言葉を待つ。


「ロザリア、良かったなあ。お前の新しい婚約者が見つかったぞ!」


 っ!?


 私も驚きで思わず目を見開いた。

父がまだ私の婚約相手を探していたことにも、さらに相手が見つかったことにも。


「お相手は誰なのですか?」


 私は尋ねた。


「くっくく、くくく。聞いて驚け、お前の新しい婚約者はノア・ファルクス公爵だ」


 父の口から出た名前は冷酷無慈悲で有名なファルクス公爵だった。軍部のトップに立つ人間で、己にも他人にも厳しいと有名だった。


 これまで何人かの女が彼に取り入ろうとしたものの、全ての女がほんの数日でやつれた顔をして帰ってきたとのこと。


 暴力を振るったりするわけではないが、放つ言葉が酷く冷酷らしい。


 そして、それを分かった上で、父は笑顔なのだろう。私には何があっても家に帰らせるつもりはなさそうだ。


 私からすれば、暴力を振るわれないならこの家よりよっぽどマシだと思うのだが・・・。

ヘンリー殿下の時ほどではないがこの婚約も私にとっては嬉しいものだった。


「分かりました」


 あくまで喜んでいる感情は顔に出さずに、

冷酷な扱いを受けるであろうことを憂いているかのような表情をして私は言った。


 そうすれば父が上機嫌になるだろうと思ったからだ。案の定父は私が不幸そうな顔をしているのを見て、さらに顔を綻ばせた。


 父はこういう人間だ。

そして私も、こういう人の顔色を伺いながら生きる人間だ。



✳︎✳︎✳︎



「初めまして、よろしくお願いいたします」


 ノア様との顔合わせの日がやってきた私は、ファルクス邸を訪れていた。


 私の目の前にいる美男はノア・ファルクス様だ。

切れ長の凛々しい目に、スッと通った鼻筋、真一文に結ばれた薄い唇。

 全てを飲み込むような漆黒の髪は肩ほどまで伸ばされており、一本に結ばれている。


 ヘンリー殿下などとは比べものにならないほどの美男子だ。


 こんなこと言ってしまったら本当に無礼になってしまうから、心だけにとどめておこう。


「・・・」


 無視。


 ノア様から返ってくる言葉はなかった。

私の方を見向きもせず、書き物を続けていた。ここには私とノア様以外に人はいないからそれを咎めるものもいなければ私に同情を向けるものもいない。


 私にとっては無視など大したことのないことだった。ただ恐らく、これまでにノア様に求婚をしてきたものたちはここで無視をされた時点で怒り心頭に達し帰ったのだろう。


 容易に想像できた。

そして、私に興味がないように振る舞っているノア様の横顔からも伺える。

 きっとこの人は今『この女もどうせこれで帰るだろう』と思っている。


「では失礼します」


 そう言って私は顔合わせに用意された部屋を出て、右に曲がった。


「待てお前、どこへゆく?」


 やはりノア様はくいついた。

この時点で驚いたのだろう。


 私は部屋を出て『右』に曲がった。

屋敷を出るために玄関へ向かうなら『左』へ向かうところを。


 これまでノア様が会ってきた女は全て、この時点で左へ曲がったのだろう。

そして今回もそうだと思ったのだろう。


 私が『失礼します』と言った時点で、彼の顔には安堵が浮かんでいた。きっと誰とも結婚したくないのだろう。

 

「私の部屋に行くつもりでしたが、どうかなされましたか?」


「っ!……いやなんでもない。そうか、分かった。菊婆に案内してもらえ」



「初めまして、ノア坊ちゃんの婚約者のロザリア様。私はこのファルクス邸の召使いをしている菊と申します。これからどうぞよろしくお願いします」


 呼ばれて出てきたのは、一人の優しげな面持ちをしているお婆さんだ。菊婆と言っていたのが丁寧に自己紹介をしてくれた彼女だろう。


「初めまして。私もよろしくお願いします」


 私もきちんとお返事をした。

誰かと違って初対面の挨拶もできないわけではないのだ。


 とはいえ、なぜかノア様からは噂に聞く、冷酷といった感じはなかった気がする。確かに無視されたのは少し悲しかったが。


 どこか優しそうなところも、心の奥底からは感じる。


「では、改めて失礼します」


 そう言って私は部屋を出た。


 そういえば、私が部屋を出た時、少しだけ物寂しそうにしていたのは私の勘違いだったのだろうか。



 そうして私はファルクス家に嫁入りし、

ロザリア・ファルクスとなった。




 私がノア様と結婚して10日ほど経った日のことだった。



「ありがとう」


 私がノア様に朝ごはんを出すと、彼はそう言った。


 今まではこんなことは無かった。

昨日は私が朝ごはんを用意して出しても、軽くペコっとするだけだった。


 たぶんだんだんと心を開いてくれてるのだろう。


 私はそう思うと、心が温まるような感覚を覚えた。


「どういたしまして」



✳︎✳︎✳︎



 私とノア様はだんだんと心を許し合い、心に愛が芽生えようかという時のことだった。


 突如、事は起こる。


「うっ!」


 晩御飯の材料を買いに街へ向かっていた途中のこと、私は後ろから何者かに口を布で押さえられた。


 布にはなにかの薬が塗ってあったようで私はすぐに抵抗する力をなくし、瞼を閉じてしまう。


 逃げなければいけないのにそれができない。

体に自由がない。


 私は力を失った右手から落としてしまう。

ノア様にこの前貰った婚約記念の指輪を。


 目尻から涙を溢してしまう。

やっと平穏な生活が訪れたと思ったのに。

やっとノア様と仲良くなれそうだったのに。



 そのまま私はなく術なく眠りに落ちた。



 気づくと視界には見知らぬ天井が広がっていた。

体を起こし周りを見渡すと私がいるのは物置小屋のような小さい小屋だ。


 よく分からず混乱していると、扉が開き、見知った人物が入ってきた。私はこの人間を知っている。 ただ、前に見た時はこんな顔をしているような人間ではなかったはず。こんな、憎しみに染まったような醜い顔をするような人間では。


「あんたなんか、ズタズタにして、不幸のどん底に突き落としてやる!」


 そんな陳腐なセリフを吐きながら小屋に入ってきたのは、私の元婚約者ヘンリー殿下を奪った公爵令嬢ソフィア様。


 その右手には鋭い鋏が握られている。

それを使って何をするつもりなのだろうか。


 だんだんとソフィア様の悪意が見えつつあるが、それを認めたくない。認めて仕舞えば私は少し先の未来に怯えて何もできなくなる気がする。


 そんなことを思いながらすでに、私の心は恐怖に染まっている。


「ああっ!」


 ソフィア様は苛立ちを含んだ叫び声をあげながら私に飛びかかってきた。手で押して引き剥がそうとするも、まだ薬の効果が少し残っていて強い力はでなかった。


 私の上に馬乗りになったソフィア様はその悪意に塗れた瞳を私に向けてくる。


 私には分からなかった。

この幸せそうだった公爵令嬢がこのようにして私に恨みをもって襲ってくる理由が。


 あのままいけば次期国王の妃として、数年後には王妃になるような人生だというのに。


「なんで、こんなこと……」


 私は掴まれて苦しい首元に無理させながら問うた。


「なんでって、幸せそうにしてるあんたが許せないからよ!」


 なんとなく、分かったかもしれない。

きっと幸せそうに見えたあの時から何かがあったのだろう。


 そして不幸になるはずの私がノア様と仲良くなって幸せに暮らしている。


 ヘンリー殿下を得た自分が幸せになるはずだったのに、不幸になるはずのロザリアが幸せになっている。


 その事がソフィア様にとっては許せなかったのだろう。


 ソフィア様の目は鬼気迫っている。



 このまま私を殺してきてもおかしくない状況を前にして、意外にも私の頭は冷静だった。


「ふふ、フフフフフ」


 ソフィア様の鋏が私に近づいてくる。


「嫌、だ」


 苦し紛れに発した私の言葉も届くことなく、ついにソフィア様は……。


「安心しなさい、殺しはしないわよ。私が困るからね。ただ、存分に痛めつけてあげるわ」


 はあ、はあ、はあ。


 私の心の奥の焦りが聞こえてくる。


 ソフィア様のもつ鋏は私の服に向かっている。

ノア様が私のために買ってくれた服に。


「こんな良い服、あんたには似合わないわよ!」


 あ、あ゛あ゛ああああぁぁ!


 ビリッと私の服が破ける音が聞こえる。

その音はまるで、私の心を表したかのようだった。



✳︎✳︎✳︎



「ロザリアは!?」


 ファルクス邸に焦燥感に駆られた声が木霊する。


 仕事から戻ったノアは、不在のロザリアを不安に思い召使いの菊に尋ねたのだ。


「ロザリア様なら晩御飯の買い出しに行きましたが、まだお戻りではないのですか?」


 ノアの顔にはより強い焦りの表情が浮かび上がる。


「ロザリアが家を出たのはいつだ?」

「およそ1時間ほど前になります」

「ならもう戻っていてもおかしくないはずだ」


 「探しに行くぞ」と言ってノアは家を飛び出す。

その顔は、本当に妻ロザリアの身を案じている優しい夫の顔だった。



「ロザリア、何があったんだ」


 ノアが呟く。

地面に落ちた指輪を視界の端に入れながら。


 そしてノアは考える。

大人しいロザリアが指輪を落としたということは、何かがあったに違いないと。


「無事でいてくれ」


 ノアはつい、全力疾走をしながら心から願っていた。昔の彼はこんな人間であった。人がどうなっていようとどうでも良かった。

 金だけを見て自分に取り入ろうとしてくる女どもには飽き飽きしていた。今度の婚約者も同じだと思っていた。


 でも違った。

初めて見た時の彼女の目は、すごく暗かった。

でも、これまで見てきた人間のものとは違って、濁ってはいなかった。

 彼女の瞳は今はまだ暗いけど、その奥底はどうしようもなく綺麗で、そこには美しい光があった。


 そして、ノア自身も知らないうちに、心からロザリアのことを愛していた。

 ただそれにはまだ彼自身は気づいていない。



✳︎✳︎✳︎



「もう、やめて」


 私の声は届かない。

ソフィアの、もう様付けもやめた。ソフィアの鋏は私の服と、心をズタズタに引き裂いた。


「ふっ!」


 力み声と共にソフィアの拳が私の体に振り下ろされる。

身体中が殴られたせいでズキズキと痛む。


「んっ!」


 今度は蹴り。

地面に仰向けに倒れ込んだ私はソフィアのサンドバッグになっている。


 抵抗する力はない。

痛みで体は動かせないからこの状況から脱する術はない。


 体はソフィアに受けた暴行であざだらけ。

 ノア様に買ってもらった服は鋏で切られてズタズタ。

 そして何よりも、私の心も限界に達していた。


 もう嫌だった。


 それに、私は気づいていた。

この小屋からちらっと見える景色、よく見た記憶がある。もっと正確に言えば、一ヶ月ほど前までは毎日私がいた場所。


 そう、きっとここはテイラー家だ。

なぜ私はそこの小屋に閉じ込められているのか。

なぜ私を閉じ込めたのはソフィアなのか。


 私の推測に過ぎない。

でも父の性格を考えればきっとこの推測は当たっているだろう。


 ソフィアとテイラー家は手を組んでいる。


 私のことが気に食わないソフィアと父。

どちらが言い出したのかは分からない、でも手を組んで私をこうして虐めるのが目的なのだろう。


 心底、嫌になる。



 最悪の環境だった実家テイラー家から抜け出せ、ヘンリー殿下と結婚できると思った。

 もう少しで正式に結婚するというところでソフィアにヘンリー殿下を奪われ、婚約破棄をされた。

 実家に戻ってまたあの最悪な生活に戻った。

でも今度もすぐに新しい婚約者ができたと思ったら冷酷で有名なノア様。

 でも実際は違った。

初めは冷たくて怖かったけど、その心の奥底は父のような汚い怖さではなかった。

 だんだんと、ノア様と仲良くなっていけた。

一緒にご飯を食べたり、指輪を買いに行ったり、服を買ってもらったり。

幸せだった。これからも幸せな日々が続いていくと思っていた。

 でも、そんな穏やかで、楽しい日々は壊された。

この私の目の前にいるソフィアによって。

許せない。でも私にできることはない。


 だから私は祈り続ける。

ノア様が助けに来てくれることを願って。


「ノア様………」



✳︎✳︎✳︎



「邪魔だ、退け」


 テイラー家の門の前で怒りに満ちた声が響く。


 ノア・ファルクスによるものだ。


「いくら公爵様といえど、不法侵入はなりませんぞ」


 下卑た声で言い返したのはテイラー家当主、ロザリアの父だった。


 人を誘拐しておいて、不法侵入がどうのだのよく言うものだ、とノアは頭の片隅で考える。


「なら力ずくで入るのみ」


 ノアの声はロザリアに向けるものとは違う、冷たい殺意のこもったものだった。

本気で怒っているのがその場にいる者全てに伝わった。


 それでもテイラー家当主はここでは引けない。

ロザリア暴行を見られてしまえば言い逃れできないからだ。


 ただ、一介のジジイがどうこうしたところで止めることのできるノアではなかった。

 ノアは大国、ブリーム王国の軍部のトップ。

その力は本物。


「もう一度言う、退け」


 今度は殺気をこめた強い物言いだった。


 それに腰を抜かしたジジイは地面に尻を突き、怯えて後ろに下がっていく。


 邪魔をするものがなくなったと同時にノアはロザリアの場所を知らせる探知魔法の指す方向へ走って向かっていった。



✳︎✳︎✳︎



「ノア様………」



 

 私の声が虚空に消えようとした時だった。


「ロザリア、待たせて悪かった」


 聞こえた。私の大好きなノア様の声が。


 ああ、良かった、この人と結婚して。

ノア様は私を見つけてくれた。私を大切に思ってくれている。


「あぁ、大好き」


 そう言って私は彼に抱きついた。


「もう大丈夫だ」


 ノア様の瞳は優しかった。

彼は私を優しく抱き止めてくれた。


 安心で心が満たされてゆく。

良かった、最後まで信じ続けて。


「な、なんなのよアンタ!」


 水を刺してきたのはソフィア。

お楽しみの時を邪魔されたのを不快に思う共に、自分では敵わないノア様がいることでだいぶ怖気付いているようだ。


 きっと彼女は余計なことをしたのだろう。

黙って逃げていればノア様の視界に入ることなんてなかったのに、わざわざ声をあげたりしたせいで、ノア様の怒りをかったのだ。


「黙っていろ、クズめ。お前らは後でまとめて衛兵に突き出し、国王の前で罪を問うてやる」


「ひぃっ!」



 邪魔者を処理した後、私を抱きしめながら優しさに満ち溢れた声でノア様は言ってくれた。


「家に戻ろう、ロザリア」

「はいっ!」


 これからも、よろしくお願いします。

私の大好きなノア様。


               《終》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冷酷非道と有名な私の婚約者は誰よりも優しかった、私には。 玉塵 @rei32418

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ