偶然は突然に⑥
「ん、住所入力して」
車に乗り込んだ俺は、エレベーターを降りた所にあった自販機で買ったホット珈琲を差し出し、ナビの検索画面を立ち上げた。
「すみません……」
彼女は珈琲を受け取り、無言で住所を入力し、窓の外に視線を移した。
目的地までは約20分ほど。それほど遠くない距離に胸を撫で下ろす。
ホテルの地下駐車場を後にした車は、ライトアップされた街路樹を横目に、軽快に目的地へと向かう。
信号待ちで停車した際、ルームミラーを見るふりしてさりげなく彼女の様子を伺うと、彼女の頬に涙が伝っていた。
声も出さず、肩を震わせることもなく。まるで心が死んでるかのように……。
**
『目的地周辺に到着しました』と、ガイドアナウンスの音声が車内に響く。
マンションのエントランス前を通りすぎ、少し離れた場所に車を停車させ、ハザードランプを点灯させる。
「有難うございました」
「誰かに見られるか分からないから、着てって。後で返してくれればいいから」
「ですが……」
既に23時を過ぎようとしている時間帯。通りを行き交う人は殆ど見当たらないが、彼女の自宅と思われるタワーマンションを見上げ、多少の不安が。
ジャケットを羽織っているからとはいえ、男性もののジャケットでは違和感しかない。
それに『来栖 湊』という名前が……。
先に車を降りて助手席のドアを開ける。
「1人で大丈夫か?何かあれば名刺にある連絡先に連絡くれれば、駆けつけるから」
「大丈夫です。……慣れてますから」
「へ?」
「なんでもないです。……改めて連絡しますね」
「……ん」
精一杯の笑顔を作ってお辞儀した彼女は、小雨の中をコツコツとヒール音を響かせながら帰って行った。
今にも倒れてしまうんじゃないかと心配で、俺は暫く彼女の後ろ姿を眺めていた。
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