約束
@rui-turuta
章タイトル未設定
第1話
「ほらほら、早くしないと。片瀬くん、待たせちゃ駄目よ」
和倉南は、母親の加奈子に急かされて、慌ててポニーテールに結った髪にシュシュを結んだ。
ちょうど壁の掛け時計から、5時を知らせるメロディが流れた。
「ねえ、帯は大丈夫?」
紺地に花柄の浴衣に赤い帯を蝶々に結んだ南が、加奈子に背を向けて訊いた。
「大丈夫よ」
加奈子は、軽く帯を直しながら言った。
ピンポーン。
その時玄関のインターフォンが鳴った。
「ほら来た。はーい」
加奈子は、嬉しそうに玄関に走って行った。
「こんにちは」
玄関から、爽やかな片瀬徹の声が聞こえた。
「こんにちは。南をよろしくね」
加奈子が、見るからに有頂天になりながら言った。
「はい」
くすんだ抹茶色の甚平を着た徹が、微笑みながら返事をした。
南は、黄色い巾着にハンカチと財布とスマホを入れると、玄関に向かい、下駄箱から下駄を出して履いた。
徹は、南の姿を確認すると、門の外に停めた白いセダンの車に行き、助手席のドアを開けた。
「行って来ます」
南は、車に乗り込むと、窓を開けて、加奈子に軽く手を振った。徹も加奈子に軽く会釈した。
「行ってらっしゃい」
加奈子は、車が見えなくなるまで手を振った。
「ごめんなさいね。お母さん、はしゃいじゃって」
南が、恥ずかしそうに言った。
「そんなことないよ。明るくて、俺は好きだよ」
徹が、微笑みながら言った。
「ありがとう」
南は、ほっとしたように笑った。
「その浴衣、良く似合ってる」
徹が、照れ臭そうに言った。
「ありがとう。片瀬くんも、なかなかいいよ」
南も恥じらいながら、徹の顔を覗き込んで言った。
今日は、隣町の湖の花火大会。南と徹は、同じ大学の写真サークルの仲間で、学年は南が3年、徹が2年だが、年は徹が一つ上だった。二人は、付き合い始めて2カ月になった。サークルの撮影会で、みんなで出かける事は良くあるが、二人きりで出かけるのは、今日が初めてだった。
車は山道を抜けて、湖のほとりの駐車場に向かった。係員の誘導に従って、徹が車を停めた。
二人は車を降りると、徹はカメラを肩にかけた。そして二人は並んで湖に向かって歩き出した。花火大会開始までには、まだ2時間ほど時間があった。
「とりあえず、座る所を決めよう」
徹が南の手を握って、人混みを縫うように歩いた。南は、胸の鼓動が高鳴るのを抑えながら、徹の歩調に合わせて歩いた。
「ここにしよう。いい?」
徹は立ち止まって、南の顔を見ながら言った。
「うん」
南が頷くと、徹は懐からレジャーシートを出して、芝生の上に敷いた。
「南ちゃん、座ってて。あと、カメラ持ってて。俺、食べるもの買って来るから。たこ焼きでいい?」
徹は、南を座らせると、もう屋台に向かって歩き出していた。
「片瀬くんたら」
南は、クスッと笑って湖を見つめていた。
徹は、たこ焼きの屋台に並び、2つ買うと、隣の自動販売機でお茶を2本買った。
「やばっ。緊張してる」
徹は、いつもは、わりとラフな服の南の浴衣姿に、内心ドキドキしていた。どさくさに紛れて手を繋いだけれど、心臓が飛び出しそうだった。
徹は、深呼吸して、ゆっくりと歩きながら、南の所に戻った。
「お待たせ。はい」
徹はたこ焼きを南に渡すと、南の横に並んで座った。
「いただきます」
南が手を合わせて、たこ焼きを一つ頬張った。
「あつっ!」
南がはふはふしていると、徹が、ペットボトルの蓋を開けて南に差し出した。
「大丈夫?ドジだなぁ」
「ありがとう。熱かった」
南は、お茶で舌の火傷を冷やした。
「普通、一口じゃあ入れないよ」
徹が笑いながら言った。
「だよね」
二人は顔を見合わせて笑った。
いつの間にか、夕日が山の向こうに沈み始めていた。
その時、目の前に
シュルルルルー
と音を立てて、一本の光の線が空に上がった。
ドーン、ドドーン
と、心臓を叩くような音がして、そらに大きな花が咲いた。
「わあっ、きれいっ!」
南は、思わず叫んでいた。
「本当にきれいだ」
徹も感動してカメラを向けてシャッターを切っていた。
それから一時間、花火は次々と打ち上げられ、二人の胸に感動の嵐が沸き起こっていた。
徹は、空を見上げている南の横顔が可愛すぎて、思わずカメラを向けていた。
最後のナイアガラの滝に火がつき、クライマックスへと向かっていた。
「もう終わっちゃう。もっと見たかったな」
南がぼそっと呟いた。
「また、来年一緒に来よう」
徹が南の肩を抱いて言った。
「本当に?」
南が徹の顔を見て言った。
「ああ、約束する」
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