第42話 脱獄

 監禁と苦悩


 琴の兄、中沢信平(貞祇から改名)は、物語の中で重要な役割を果たす人物で、琴と深い絆を持つ。しかし、彼はある日、突如として姿を消す。時は明治初期、動乱の時代。信平は、幕府に仕官していたものの、時代の流れとともにその立場を失いつつあった。琴が未来を選ぶために戦う中で、信平もまた自らの信念に従い、何かしらの役割を果たそうと必死に生き抜いていた。


 しかし、その運命は急転直下、新政府軍の指導者である土方歳三の手によって大きく変わる。


 信平は、ある夜、自宅で急襲を受け、何者かに拉致されてしまう。その背後には、土方歳三とその配下である会津藩の旧士族たちの影があった。土方は、信平を自らの謀略の一環として、箱館の牢獄に監禁することを決める。信平が知っている情報が、新政府にとっては重要であり、またその身柄を抑えることで、琴を引き寄せ、彼女の未来をも掌握しようと考えていたのだ。


 箱館の牢獄


 箱館の牢獄は、鉄格子があり、石造りの壁が厚く、周囲は暗く湿っぽい。信平は、その冷たい床に横たわりながら、日々の暮らしを送っていた。彼は、監禁される前に一度だけ土方と対面したことがあった。


「お前の妹は、未来を知る者だと聞いている。しかし、彼女が持つ力が、どれほどのものかはわからない。お前が持っている情報も、我々にとっては重要だ」


 土方歳三は冷徹な眼差しで信平を見つめ、言った。


「お前が助かるかどうかは、お前の妹次第だ。しかし、彼女がどんな選択をするか、我々には関係ない。ただ、未来をどう動かすかは、我々が決める」


 信平はその言葉に深い憤りを感じた。彼は妹の琴のことを常に守ってきたが、今や自分がその妹を守る立場になった。何としても脱出しなければならないと心に誓った。


 脱獄計画


 信平は、監禁されて数週間が経過していた。最初は絶望的な状況に見えたが、次第に冷静さを取り戻し、脱獄の計画を立て始める。牢獄内には、他の囚人たちもいるが、彼らのほとんどは新政府に反対する者たちだった。信平は彼らと仲間になり、協力を仰ぐことにした。


 ある日、信平は小さな隙間を見つけた。それは、牢獄の壁の一部が時間と湿気によって崩れかけていた場所だった。信平は、その隙間を利用して脱出の方法を探った。彼は慎重に、その場所を少しずつ掘り進め、最終的に鉄格子を外すための工具を手に入れることに成功する。


 しかし、脱獄計画を進めるうちに、信平はひとつの大きな疑問を抱くようになった。もし脱獄が成功しても、琴はどうなるのか。土方歳三は彼女を捕らえ、再びその手にかけようとするだろう。信平は、妹を守るために戦わねばならないという覚悟を強く持ちながらも、その選択がどれほど危険であるかを痛感していた。


 脱獄の成功


 ある晩、信平はついに脱獄を決行した。彼は、壁の隙間を使い、他の囚人たちと共に外へ出ることに成功する。逃げる途中、警備兵に見つかりそうになるが、信平は冷静に対処し、仲間たちと共に箱館の街を抜け出す。


 彼は、脱獄後も決して安全ではないことを理解していた。土方の手勢がすぐに追ってくるだろう。しかし、信平は妹である琴を救うために、そして新政府の暗い未来を変えるために、自らの命を賭ける覚悟を持っていた。


 兄妹の再会


 信平は脱獄後、ひとまず地下道や隠れ家を利用して新たな場所に身を隠す。その後、彼は琴との再会を果たすために、再び土佐藩やその他の志士たちと接触を試みる。信平の存在は、琴の物語の中で大きな転機となる。彼の脱獄は、琴が選ばなければならない未来をさらに複雑にし、彼女の行動に対する責任の重さを増すことになる。


 再会の時、琴は静かに言った。


「お兄様、あなたが帰ってきてくれて、私は本当に嬉しい。でも、あなたも私と同じように、時代を変えるために戦わなければならない」


 信平は一瞬、彼女の目を見つめた後、静かに頷いた。「ああ、私たちの未来を守るために。これ以上、無駄な命を奪わせないために」


 信平と琴の逃避行:箱館湾での遭遇


 信平と琴は、土方歳三の追っ手から逃れるため、箱館の街を離れ、箱館湾へと向かっていた。彼らの目の前には広大な海が広がっている。信平は、箱館の街から逃れるために船を手配していたが、その道中、追っ手に捕まる前に何としても海に出ることが唯一の希望だった。


 箱館湾へ


 夜の帳が下りる頃、信平と琴は急いで小舟を見つけ、無人の港へと向かった。信平は、かつての仲間から手に入れた航海用具を使い、道無き道を進む。冷たい風が海面を叩き、波が静かに岸辺を洗う音が響く中、二人の心は落ち着かない。


「お兄様…」琴がふと口を開く。「もし、土方たちに追いつかれたら…どうするつもりですか?」


 信平は短く息をついて答える。「逃げるしかない。土方は、あの時代の流れを変えようとしている。だが、私たちはその流れに飲まれずに生き抜かなければならないんだ」


 琴は信平の言葉に静かに頷いた。だが、心の中では不安が募っていた。これから先の未来が一体どんな結末を迎えるのか、そのすべてが未知数であったからだ。


 不穏な兆し


 船が湾の沖に出ると、信平は不自然な静けさに気づく。夜の闇が濃くなる中、海面に薄く霧が立ち込め、周囲の視界が急に遮られた。琴が不安そうにあたりを見回し、信平に尋ねる。


「お兄様、何か…変じゃありませんか?」


 信平も不安を感じていた。船の進行方向に、遠くの海面でわずかな光が揺れている。それは明らかに普通の漁火や灯台の光ではない。もっと異質で、無機質な光だった。


「まさか…」信平は呟いた。


 その瞬間、突如として船の近くに巨大な音が響いた。振り返ると、霧の中から突然、信じられない光景が現れた。そこには、近未来の軍艦のような異質な艦船が浮かんでいた。鋭い角度で屹立した艦体に、蒸気が立ち上り、異様な機械音を発している。船体には、見慣れぬ文字や符号が刻まれており、明らかに時代を超越した技術がそこには存在していた。


 信平の目が大きく見開かれた。「これは…一体、何だ?」


 1945年からのタイムスリップ


 その艦船は、1945年の日本からやってきた「浮沈特火点(ふちんとっかてん)」だった。これは、第二次世界大戦末期、特に太平洋戦争中に開発された極秘兵器の一つで、時空を超える技術を持つ巨大な浮遊艦だった。この兵器は、実際には歴史の中で未完成に終わったが、なぜかある異常な時空の歪みから突如として未来から現代にタイムスリップしてきたのだ。


 艦船の上には、未来的なデザインの兵士たちが立ち並び、その姿勢からは戦闘態勢が整っていることがうかがえた。信平と琴は、その異常な光景に目を奪われていた。


「こ、これは…未来の兵器?」信平が恐るべき予感を胸に抱えながら呟く。


 その時、艦船から響く大音量の音声が辺りを支配した。


「警告。タイムラインへの干渉を確認。目標、確認中」


 突然、艦船の側面に大きな光線が現れ、その直後、信平たちの船に向けてレーザーが発射された。激しい衝撃が船体を揺さぶり、二人は船から落ちそうになる。信平は必死に琴を掴み、船の舵を取る。


「逃げろ! 早く!」


 激しい攻防戦


 信平は冷静さを失わず、舵を握って船を急旋回させる。しかし、浮沈特火点はただの軍艦ではない。信平が進む方向に合わせ、艦船はさらに速度を上げて迫りくる。霧の中で、突然現れる近未来の兵器が、彼らを追い詰める。


 琴は、信平に向かって叫ぶ。「お兄様! どうしても逃げられない!」


 その時、信平はふと思いついた。もしこの艦船がタイムスリップした未来から来たものであれば、この時代の技術では対応しきれないはずだ。しかし、逆に言えば、この技術を使って今度は未来を変える可能性がある。


「琴! 一つ頼む!」信平は急に振り返った。「あの艦船に近づいて、内部に何か仕掛けがないか調べるんだ! 私が時間を稼ぐ!」


 琴は信平の言葉に驚いたが、すぐに理解した。「わかった! 気をつけて!」


 信平は船を再び操縦し、急激に浮沈特火点に接近する。遠くから迫るその艦船の中、彼らが使える唯一のチャンスが、艦内の技術にあることを信平は直感していた。



---


 未来との戦い


 信平と琴は、時空を超えた戦いに巻き込まれ、命をかけた戦闘を繰り広げることになる。この浮沈特火点の技術が、彼らの未来をどう変えるのか、そして、土方歳三たちの追撃をどうかわすのか—物語は新たな局面を迎え、次第に未来を変えるための壮大な戦いに発展していく。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る