第25話 新徴組 - 江戸の守護者
第1章: 乱世の治安
文久2年(1862年)、江戸の町は一触即発の緊張感に包まれていた。参勤交代の緩和で、大名家の空き屋敷が増え、治安が悪化。夜盗や盗賊が街を跋扈し、市民たちの生活は不安定そのものだった。そんな中、幕府は新たな治安維持の手段を講じるため、江戸市中の警護を命じた。その命を受けて、新徴組が結成されることになる。
新徴組の設立には、庄内藩酒井家の協力が不可欠だった。彼らは江戸市中の取り締まりを強化するため、浪士たちを集めて警備を担当させるが、その多くは無頼の徒であり、組織的な統制を取るには一筋縄ではいかないと見られていた。
新徴組の隊士たちは、元々は浪士として武士道を捨てた者たちだが、幕府の命令のもとで再び組織化され、庄内藩の指導の下で警察のような仕事に従事することとなる。これまで無法者として名を馳せた彼らが、今度は市民の治安を守るという皮肉な役割を担うことになったのだ。
第2章: 朱の陣笠と提灯
新徴組の制服といえるのは、朱色の陣笠だ。この目立つ赤い陣笠は、夜には庄内藩の家紋「かたばみ(片喰)」の提灯を下げて街を巡回する際に光る。その姿は、江戸の町を守る存在として市民に徐々に認識され、恐れられ、また頼りにされるようになる。
一方、隊士たちが取り締まりの途中でしばしば問題を起こすこともあった。大店や芝居小屋などに無断で入り込み、無銭飲食や遊興を楽しむことがあったため、「うわばみよりもかたばみこわい」という噂が広まることになる。庄内藩の藩士たちは、浪士たちの暴走を抑えるために手を焼きながらも、彼らに一定の自由を与えることもあった。
その結果、警護という仕事がどんどん武士道から遠ざかり、隊士たちは次第に野性味を増していった。だが、それでも新徴組は江戸市民からはある種の畏敬の念を抱かれ、「酒井なければお江戸はたたぬ、おまわりさんには泣く子も黙る」という言葉が流行するようになる。市民にとって、新徴組はもはや不可欠な存在だった。
第3章: 壬生浪士組との対立
その一方で、新徴組の結成を契機に、旧来の浪士たちとの摩擦も生まれる。近藤勇や土方歳三、沖田総司といったかつての浪士組の面々は、清河八郎の「尊王攘夷」のスローガンには従わなかった。彼らはその後、壬生浪士組を経て、最終的に新選組を旗揚げすることになる。
新徴組と新選組は、同じ浪士という立場にありながら、その目的と理念に大きな違いがあった。新選組は幕府の守護を目的とし、実戦的な戦闘集団として結束を強めていったが、新徴組はそのほとんどが庄内藩の指揮下に置かれ、警察的な役割を果たしていた。新徴組は警備任務に従事しながら、同時に武士道精神と矛盾した生活を送ることになり、その矛盾が彼らの内面に大きな影響を与えることになる。
第4章: 警護の仕事と葛藤
新徴組の隊士たちは、江戸市中を巡回し、治安を守るという使命に従事し続けたが、その任務には常に葛藤がつきまとった。隊士の中には、元々の浪士としての誇りを捨てきれない者や、秩序に縛られることに反発を感じる者も多く、彼らはしばしば自己のアイデンティティと役割との間で揺れ動く。
また、庄内藩から派遣された藩士たちと新徴組の浪士たちとの間にも亀裂が生じることがあった。藩士たちは「新徴組がなければ江戸の治安は守れない」と考える一方で、浪士たちはその支配に反発し、自由な行動を望むこともあった。江戸の治安を守るという大義名分のもとで結束しながらも、内心ではそれぞれの隊士が個々に抱える苦悩が浮き彫りになっていった。
第5章: 新選組との影響
新徴組が江戸市中を守っている間、新選組は京都でその名を馳せていた。近藤勇、土方歳三、沖田総司らは、幕府に仕える忠義に生き、さまざまな戦闘に身を投じていった。新選組の理念と新徴組の理念は根本的に異なり、新選組が忠義を貫くために戦う集団であったのに対し、新徴組は主に治安維持を目的とした警察的な役割を果たしていた。
だが、時が経つにつれて、両者の関係も徐々に交錯していく。新徴組の隊士たちは、江戸の治安維持に尽力する一方で、尊王攘夷の浪士たちの動きにも影響されることとなる。その中で、いずれ新徴組の隊士たちの一部が、幕府から離れ、近藤や土方らと共に新選組に合流することになるのだ。
第6章: 酒井の意志
庄内藩の酒井家は、新徴組を通じて江戸の治安を守る役割を担っていたが、その背後には藩主の意志があった。酒井家は、新徴組の活動を支援し、治安回復を最優先にしていた。しかし、その過程で多くの浪士たちが抱えた内面の葛藤をどう扱うべきかという問題にも直面していた。
酒井家の藩士たちが日々見張る中で、新徴組の浪士たちが抱える自由への渇望と、治安を守る使命との間で揺れ動く様子は、まさに新しい時代の波を象徴していた。江戸の町は治安が回復し、夜盗や盗賊の姿は少なくなったが、同時にその背後で、浪士たちの心の中に新たな変化が訪れ始めていた。
新徴組という名の下に、浪士たちの魂は今後、どこへ向かうのか──その答えは、まだ誰にもわからなかった。
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