第7話 冬

 そして季節は過ぎ、冬になった。

 

 

 この地方の冬はレッティの過ごした地方よりもずっと寒い。

 暖炉のそばでウトウトお昼寝するのが最高に気分が良い。

 完全に眠ってしまうと、ハナがいつの間にかベッドまで運んでくれるのが最近の流れだ。


「お嬢様は最近は背も高くなってきて、運ぶの大変なんですよ。

 ちゃんと寝入ってしまわれる前にベッドに行ってください」


 ハナはそんな事を言いつつも、気分よくウトウトしてるのを決して邪魔しないのだ。

 いつもコクリコクリと舟を漕ぐレッティを微笑ましげに見守ってくれている。

 ハナは両親から離れて過ごすレッティの我儘を全部受け止めてくれる。

 レッティはそれを感じとっているからこそ、ハナの事を心から信頼している。


 ――そのうちモフモフ耳尻尾のこともちゃんとハナには言わないと。


 そして、ハナが言うとおりにレッティは少しずつ背が高くなってきている。

 同い年の子達と比べても低かった身長は、日に日に大きくなっている。

 年齢よりも背が低く幼く見えていたのも、アルフレッドがレッティを婚約者として認めたがらなかった理由の一つでは無いかと思う。

 このままもっと背が高くなれば、きっと認めてくれる様になる筈だ。

 ……多分!


 ――それでもフェンリーと比べるとまだまだ小さいけどね。

 それにニクスは男の子だからかレッティよりもどんどん体が大きくなってきてる。

 あたしのほうがお姉ちゃんなのに!


 モフモフ耳尻尾になると寒さも全然へっちゃらだ。

 寒いからと部屋に閉じこもるのは性に合わないので、レッティはよく外に出て変身して遊びまわっている。

 ハナはそんな事知らないから、レッティに上着を沢山着せて、マフラーもしっかり巻きつけてくれる。


 そんな必要は無いのに、真面目な眼差しでレッティにマフラーを巻き付ける過保護なハナ。

 いつもレッティはくすぐったいような気持ちになる。


 


 そして、レッティは今日もケモ耳尻尾になって走り回る。


 ニクスと積もった雪の上を走り回るのはとても楽しく、何時間でも遊んでいられる。

 ニクスは銀色のレッティと違って、真っ白。

 モフモフ状態だと雪に紛れて完全に体が見えなくなる。


 だから、雪の上で鬼ごっこをすると、いつもレッティはニクスを見失ってしまう。

 そして、後ろから急に吠えられてびっくりしてしまうのだ。


『もう!真っ白なのずるいよ!』

 

『レッティの銀色も白程じゃ無いけど雪の中だと見え辛いよ』


 ニクスが宥めるように言ってくる。

 レッティは全身を白っぽいコーディネートにしている。

 なるべくニクスから見え辛くしているのだ。

 ハンデを埋めるための作戦なのだ。

 

 弟分のニクスが最近お兄さんぶっているのが、実はレッティはちょっぴり気に食わない。

 ちょっと前までワフワフとしか言わなかったのに!


「えい!」


 思いっきり飛びついてじゃれつく。

 しかし、ニクスは更に大きくなってきているので、オオカミ状態に成られると全然相手にならない。


『ねえ、鬼ごっこはニクスが白くてズルいから、雪合戦しよ!』


 レッティは少しは勝負になりそうな提案をした。


『雪玉を作って投げ合うの。楽しいよ』


『でも、どうやって作るの?』


 コテンと大きな白いオオカミが首を傾げる。

 ハナが手袋もさせてくれてて良かった。

 ケモ耳になっていても、雪を直に触るのは手が冷たくなって大変だ。

 


「ほら、ニクスは変身して!」


 そして、冷たい風に瞬きをすると、そこには白い髪の繊細で中性的な顔立ちの少年が微笑んでいた。

 レッティよりも見た目は年上に見える。やはり人間よりも成長が早いのだ。

 でも耳と尻尾はつけたまま。

 


「じゃあ、ボクから行くよ!」


 ニクスはササッと雪を丸めて、レッティに投げてくる。

 しかし、全く見当違いのところに飛んで行った。


「ニクス下手ね!こうやるの!」


 レッティは大きく振りかぶって、投げるとニクスの足元にぽすんと当たった。


「すごい!当たっちゃった!」


「ほら、ニクスも頑張って!」


「こうかな?」


 今度は先ほどよりはレッティに近いところに飛んできた。

 ニクスは人間の姿で何かを投げるということが今まで無かったから、慣れていなかったのだ。

 しかし、生来の運動神経の良さで早くもカバーし始めている。


「えい!やった当たった!」


「よし!ボクも!えい!」


「凄い!ちゃんと私の方に飛んできた!」


「ダメ!レッティよけないで!レッティが動かなかったら当たったのに!」


「避けるのもルールなの!」


 二人ははしゃぎながら雪玉を投げ合い遊んでいた。

 すると、二人の頭にボスンと大きな雪玉が命中した。


「うわ!びっくりした」


 目を白黒させながら、雪玉の来た方向を見ると、白くて長い綺麗な髪を風に遊ばせた女性が立っていた。

 人形のように綺麗な顔立ちだけど、金色の瞳には鋭さや険しさがある。

 しかし、今はその瞳が少し細められた。そうすると一気に優しげな雰囲気になる。微笑んだのだ。


「二人とも冬の嵐が近づいていると風の精霊に聞いた。風が強くなってきている。

 もう家に帰りなさい」


 その声に、レッティは、わぁ!と声をあげる。


「フェンリーの人間になった姿初めてみたわ!ニクスとそっくり!」


「親子だからね。ほら、人間は体を冷やすのはよく無いのだろう?

 早く帰った帰った」


 フェンリーはもう大人だからか、変身した後にはケモ耳尻尾は付いていない。

 この姿で人間の街の中に紛れることもあるそうだ。


 ニクスがフェンリーに抱きつく。

 ――お兄さんぶってもやはりまだまだ子供だ。

 レッティはちゃんとお母さんと離れてもレディになるために頑張ってるもん。


 でも、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ寂しさを覚えたレッティの様子に気が付いたのか、フェンリーがニクスを連れて近づいてくる。


 そして、レッティをギュッと少し苦しいくらいの力で抱きしめる。


「ほら、体が冷えてきている。ワタシに乗りなさい。家の近くまで届けてあげよう。

 体が白いから近づいても人間たちにはバレやしないだろうから」


 そして、目の前がモッフモフの長い白い毛で埋め尽くされる。


「ほら、手を掴んで!」


 フェンリーの上に跨った人間の姿のニクスが手を伸ばしてきた。

 その手を取ってレッティはヒラリとフェンリーに飛び乗り、ニクスに後ろから体を支えられる。


『二人ともしっかり捕まって、振り落とされないように』


 レッティは長い毛を掴ませてもらって、しがみつく。

 その体をニクスも抱きしめてくれている。


 力強さと躍動感を感じながら、雪原をひた走る。


「わあ!楽しいね!」「うん!お母さん速いね!」


 あっという間に家に着いてしまった。


「もっと乗ってたかったな」


 レッティは素直な気持ちを呟く。


『また今度』「今度はボクが背中に乗せてあげるよ!」


 そして、レッティは赤毛に戻った。

 そっとバレないように庭から部屋に侵入する。

 最近は手慣れてきている。

 

 そんないつも通りの一日だったが、夕飯の時に嬉しい知らせを受けた。

 お義母様が嬉しそうにお話ししてくださった。


「レッティ、アルフレッドが冬期休暇で少しの間だけど家に戻ってくるみたいなの。

 ついさっき手紙が届いたのよ。楽しみね。

 手紙を出してすぐに向こうを出発したみたいだから、明日か明後日にはこちらに着くんじゃ無いかしら」


「本当ですか!楽しみです!」


 そのお知らせにレッティも喜んだ。

 レッティは淑女として成長してきてるし、剣術もエバン先生に沢山褒めて貰ってるから、アルフレッドにも見て貰って褒めて欲しかった。


 翌朝、レッティは風でガタガタと窓が煩く騒ぐ音で目覚が覚めた。


 ――そういえば嵐が近づいてるってフェンリーが言ってた!


 レッティは青ざめる。

 

 ――今日か明日にはアルフレッド様が帰ってくるのに!

 

 

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