第5話 ケモ耳になったり出来るよ

 モフモフが三匹戯れている。


 いや、よく見れば分かるが、その一つは人の形……それも小さな少女の姿をしていた。

 

 巨大な白いオオカミの魔物と、小さな子供のオオカミの魔物――と言っても大型犬くらいの大きさはある――そして、大きな三角形の耳とフサフサの尻尾が生えた少女が森の奥で戯れている。

 

 片方の仔オオカミは母親らしい魔物と同じ新雪のように真っ白な毛だが、少女の毛は透き通る銀色の輝きを持っていて、どちらの毛色も負けず劣らず美しい。




『しかし、レッティは身体の使い方がだいぶ上手くなった』


 フェンリーが銀色の少女に声を掛けた。


『えへへ!毎日ニクスと一緒に沢山走り回ってるもんね!』


『ね!お母さん!レッティだけじゃ無くボクも褒めて!』


 少女と仔オオカミ……レッティとニクスがフェンリーにじゃれ付く。


『ほら、レッティはもうそろそろ戻りなさい。

 ニクス……レッティを送って行きなさい』


『えー……もうそんな時間かぁ』


 レッティは残念そうに言う。


『手をつないでいこう!』


 ニクスがそう言いながらピョンと飛び上がると、一瞬の後に、そこには真っ白な髪の少年がいた。

 人ならざる金色の瞳が人懐っこく細められている。

 女の子の様な愛らしい顔立ちだ。

 人であったなら歳の頃は十歳かもう少し上だろうか。

 頭には少女と同じ三角形の大きな白い耳と、そして腰から大きなフサフサの白い尻尾が生えている。


『うん!』


 レッティは頷く。

 銀色の髪が風に舞う。

 ワンピースをはたいて、スカートの皺をとった。


「いってきます。お母さん!」


「また来るね!」


 獣の耳と尻尾を持つ二人は手を繋いで並んで歩く。

 少し自分よりも背の高いニクスを見て、レッティは不満そうに唇を尖らせる。


「少し前まであたしの方がお姉さんだったのに。ニクスずるい!

 いつの間に私より背が高くなっちゃったの?」


「仕方ないよ。ニンゲンは成長が遅いんだもの」


「でも、あたしの方がお姉さんなのは変わらないからね!」


「ボクが先に大人になっても?」


「あたしの方が先に生まれたんだから、ずっと、ずーっとあたしがお姉さんだから!」


「んー、わかんないけど、わかった」


 ニクスの手をしっかり握って家路をのんびりと歩いていく。


 そう、レッティは神獣スコルのコアを貰った時に、フェンリー達のような耳とモフモフの尻尾が欲しいと願ってしまった。


 そして、その願いは叶ってこうして中途半端な人外としての二重生活を送っている。

 コアはレッティの体の中に入ってしまったらしい。

 痛みとかは無いし、体を触ってみても一体全体どこにあるのかは自分では分からない。

 亡くなった神獣スコルが銀色の毛だったために、レッティも変身すると銀色の毛になるようだ。

 元の赤毛も自慢に思っているが、スコルから受け継いだ銀色の毛も綺麗で結構気に入っている。


 最初にレッティに耳や尻尾が生えた時は驚いたけど、人間から身を隠す心得をフェンリー教えて貰た。

 それに普通の人間にちゃんと戻れるから安心だ。

 髪の色も元通りに出来る。

 

 フェンリーが目を細めてレッティの銀髪を眺めているのも知っている。ツガイを思い出しているのだろうか。

 だから、フェンリーと過ごす時はなるべく銀髪になる様にしているのだ。

 

 

 レッティは満足気に長い銀髪を手で漉いて、冷たい風に遊ばせる。


 そして最近知ったのだが、フェンリー達は犬では無くオオカミだったそうだ。

 こうしてある程度の年齢になれば人間に化ける事もできる。

 化けても、ニクスは子供だからかレッティ同様に耳と尻尾が隠せてはいない。

 

 ニクスは早くちゃんと変身できるようになりたいみたいだけど、レッティはそのまま耳や尻尾がある状態でも可愛いから良いと思っている……と言うのを前に言ったら嫌な顔をされてしまった。

 男の子に可愛いと言ってはいけなかったのだ。



 こうして、ケモ耳状態になると、レッティは普通の人間よりもずっと強い力を振るう事が出来るし、暑さや寒さにも強くなる。

 馬よりも早く森の中や平原を駆け回るのはとっても楽しいから願いが叶って本当に良かった!

 


 ♢♢♢♢♢

 


「はぁ!てい!」


「そうです!もっと踏み込んで!」


 剣術の指導の時間だ。

 レッティは全身のバネを使って踏み込み、体の小ささを活かして懐に潜り込む。

 しかし、流石のエバン師匠。全ての突きも薙ぎもギリギリで躱してしまう。

 慌てて体勢を立て直そうとしたが間に合わず、手柄練習用の模造刀が弾かれる。


「よし、今日はここまでにします」


「ありがとうございました!うーん、でも、また負けちゃった」


「私も現役の時のようにはいきませんが、流石にまだまだ負けませんよ」


 エバンは快活に笑う。


「しかし、本当に素晴らしい才能です。

 特に最近は体全体の筋肉のバネを使えてます。

 それに機敏になって来ました。

 何か他に身体を使う訓練を行っているのですか?」


 ――もしかして、ケモ耳になって駆け回ってるから、普段の身体も強くなって来たのかな?


「ふふふ……ナイショ!秘密の特訓をしてるの!」


「おや、教えていただけないとは、残念です」


 エバンはやれやれと悲しげなフリをする。


「お嬢様、そろそろマナーの講師の方がお見えになられますよ」


「はーい!では、エバン先生失礼致します」


 レッティは優雅に礼をして退室する。

 マナーの先生は厳しいので遅刻厳禁だ。

 汗もかいたから軽く身体を洗いたいし、時間が無い。


 慌ただしく準備を済ませてドレスに着替えた。

 髪もハナが素晴らしい手際で整えてくれた。


「ごきげんよう、マーサ先生」


 レッティは慎ましやかに挨拶をした。

 だいぶ様になって来ている。


「ご機嫌ようレッティ様。時間がありません。早速授業を始めますわ」


 まずはいつも通り姿勢を整えて歩くところから。

 すっと背を伸ばして優雅に歩いてみせる。


「最近のレッティ様の成長には驚かされるばかりでございます。

 以前はフラつきがあったのに、今は体幹がしっかりしてらっしゃる。

 もしかすると護身術を始められた影響かもしれませんわね。

 ワタクシとしては、レディに武術なんてと思っていましたが考えを改めないといけないかも知れないですわ」


 ――マーサ先生に勘違いされてそうだけど、たぶん体が鍛えられたのは、ニクスと一緒に走り回ってるからかもね。


 そんなことを考えたが、それを話す訳にはいかない。


「おそれいります」


 レッティはレディに相応しい微笑みで答えた。

 ――ふふふ。この調子で完璧な淑女になるわ。

 ちゃんと未来の公爵夫人として相応しくなるのよ。

 婚約者様を見返してやるんだから。

 レッティは心の中で投資を燃やしている。

 








 

 

 

 

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