魔法と科学
「ユーリちゃんは、かわいい下着使ってるよね」
帰宅後、早めの夕食を摂って開店準備が終わり少し経った頃、フランが急に過激な話題をぶち込んできた。店内にまだ客は居ない。
(いや、女性同士なら別におかしい事じゃないのか・・・)
男性の間でも、トランクス派、ブリーフ派、ボクサーブリーフ派など分かれるし、極稀に会話をすることはあった。それは中学か高校ぐらいの頃までであり、社会人になってから下着について詳しく会話をすることは無かったと思うし、ユーリ自身さほど興味はなかった。
ちなみに男性の身体の時、ユーリはトランクス派だった。身体にフィットする安心感よりも、開放感が好ましいと感じたから。今の身体では真逆の感覚を持っているが。
そこでふと思い出す。
登山が好きな同僚が少し特殊な形状のボクサーブリーフを勧めてきたことがあったが、値段が高く手が出せなかった記憶があった。
女性にもあのような一風変わった装備があるのだろうか――。
いずれにしてもユーリの下着への知識はその程度であり、もちろん女性用下着についての知識はなかった。
(着ていた服がセーラー服だったし、下着も小物も美少女っていうイメージが元になったんだろうな・・・)
「そ、そうかな・・・?実は自分で選んだものじゃないから、あんまり詳しくないんだよね」
「そうなんだ?じゃあ、今度一緒に買いに行かない?あ、でもお店ってどこにあるんだろ」
ユーリはこの街モーリアスに転生だか召喚されてからまだ数日しか経過していない。宿兼酒場と城の行き来のみで、街の散策はまだだった。フランの方もそれほど日数が経過している訳では無く、買い出しで時間が取られる事も多いためか街に詳しい様子はない。
下着を売っている店について女将のテーティスに聞いてみたが、最近は安くて装着が楽なものばかり選んでいるので、若者の参考にはならないと返された。
そんな話をしていると、店の入り口が開き客が一人入って来た。男性的な身体つきに女性の化粧をした冒険者、ベナスだった。今日も洗礼された動きでテーブルに座る。未だ男性的な動きをしてしまうユーリは、その動きを見習おうと思った。
「今日はお早いんですね」と声をかけ、注文を取る。テーティスに注文を伝え、いつも通りポトーニュ産ワインとグラスをテーブルに運ぶ。するとフランがベナスに話しかけていた。
「あの、ベナスさんは何処で下着を買っているんですか?」
(ぶっこむねえ!フラン、そういうとこあるよね!?)
思わずユーリは口に出しそうになったが、それは失礼にあたると思いとどまった。
天然なフランの質問にベナスは気を害した様子もなく、答えた。
「オーダーメイドよ。サイズと好みが合うものが無くって、共和国の職人に頼んでいるの。仕事で行くことも多いし、その時にまとめてね」
上半身、下半身ともにオーダーメイドの下着なのだろうか。ユーリがそんなことを考えていると、ベナスが「どうしてそんなことを?」と聞いてきた。
「えっと。わたしたち、可愛い下着を買いたいなと思ってて。それで、ベナスさんなら知っているかなって思ったんです」
確かにベナスは女性的な人だが、体系的に女性の下着について詳しいとは限らないのではないか。いや、女性の友人が多くそこから情報を知っている可能性もあるのかも知れない。
ユーリはよくわからなくなり、可愛い下着を探している事に自分が含まれている事に気付いていなかった。
「うーんそうね。この街なら、東の大通りから北に一本入ったところに何件かあるわね。貴女達くらいの若い子なら、猫の看板のお店がいいかも知れないね。でも、フラン・・・」
ベナスは少し眉を潜めながら、フランを見つめた。言うべきか迷っているようだったが、意を決した様子で続けた。
「貴女は少し発育がいいから、既成品だとサイズ的に合うものが無いかもしれないわ」
ユーリは思わずフランを胸を見やる。正直かなり大きい。何カップというのは分からなかったが。
「あ・・・そうなんですね。わたしはいつもお母さんに作ってもらってたから、よくわからなくて」
とても残念そうに、フランが肩を落とした。
「気を落とさないで。この街にも共和国の職人がやってくることがあるから。その時にオーダーすることは可能よ。少し値は張るけど、ここでお小遣いを貯めて買えない額じゃないから」
それまでの間は、可愛さは落ちるがそれなりのデザインのものを使っておくといいと、ベナスがフォローをする。
(知らなかった・・・。胸が大きいと下着選びも大変なんだな)
肩が凝るとかそういう話は聞いたことがあったが。自分はそれなりのサイズで助かった。
そんな会話をしていると客がちらほらと入って来た。ユーリは給仕服と金髪を翻しながら給仕を再開した。
「いらっしゃいませ!2名様ですか?」
□ □ □
その後来店したリサとマナ、ベンゼル達の相手をしながら注文を捌いていると、あっという間に閉店の時間になった。彼女達は毎日のように訪れる。
「今日もお疲れ様。二人のおかげで、売り上げも倍増だよ」
残りもののコーンスープを温め、三人はテーブルを囲んでいた。ラケシスはまだ宿題中だ。手伝いをずっとしている訳にもいかないし、遅い時間になると酔っ払いも増えてくるため宿題が無い時も遅い時間帯は勉強時間に充てられている。
「――共和国って、この国の北西にある国ですよね?」
熱いお茶を片手に笑顔をほころばせるテーティスにフランが尋ねた。
「そうだね。共和国ってのは科学が発達した国だよ。この街じゃ魔法があるから広まってないものもあるけど、お湯を沸かしたり、明かりをつけたりする機械もあるらしいね。貴族様の中じゃ、屋敷はランプの灯じゃなくて電気ってのを使ってるらしいよ。それと――」
テーティスは話を続ける。
共和国は他にも船など大型の移動手段などが発達しているという話だった。意外と化学も発達しているようで、少なくとも電気という発明の転換点は過ぎているようである。しかし、ユーリはこの世界に来てから電気を見ていなかった。
科学が発達しているなかで何故魔法もこれほど発達しているのだろうかと気になりユーリは尋ねたが、テーティスもフランも考えたこともないという様子で「どちらも便利だからでは?」という答えを返された。
もしかしたら、今が魔法と科学の転換期であり、科学に押されて魔法は死に絶えていく技術なのだろうか。
――それはロマンが無い。
(明日、アーシェラ様に聞いてみよう)
彼女なら自分の疑問に何かしら答えてくれる筈だろう。
ユーリは温かいマグカップを両手で持ち、コーンスープを啜りながらアーシェラの笑った顔を思い浮かべた。
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