ユーリ・アヤセの行動

 「でも偏屈ババアにサバサンドを分けた事なんて、覚えてないねえ」


 女将テーティスの反応は淡泊なものだった。

 もう20年近くも前の事なのだから、覚えていないのも当然かもしれない。


 早朝、まだ薄暗い中でユーリはテーティスと厨房に立ち、野菜を刻んでいる。

 本日のランチの仕込みをユーリが手伝う事を条件に、テーティスにサバサンドの製作を依頼したのだ。


 「あの偏屈ババアはほとんど人前に姿を現さないんだけど、出てきたと思ったら生徒に小言ばっかりでさ。アタシも当時スカートが短いなのなんだのって言われたのは覚えてるよ」


 そのあたりは今もあまり変わっていないのかもしれないとユーリは思った。


 「アタシ達が入学する少し前は学校の制服も結構地味なローブだったんだけど、ちょうどアンタが着てるのと同じ制服に変わってねえ。当時の友達と一緒に、スカートの裾を上げた方が可愛いとか、オシャレを試行錯誤したもんさ」


 女学生の生態は異世界共通という事が判明した。テーティスは話を続ける。


 「そういえば、偏屈ババアは本当に地味な――いかにも魔法使いって感じのローブを着てたねぇ。今でもそうなのかい?」


 聞かれ、ユーリはアーシェラの服装を思い出す。

 白を基調に青でアクセントを加えた華やかな上着と、それを包むアーシェラの小さな身体を隠せるほど大きな外套。少し厚底の黒いブーツ。膝上までの白いタイツにシ白いョートパンツ。それと帽子型の飾りのついたカチューシャ。

 地味な要素は全くなかった。

 特徴をかいつまんで伝えると、テーティスは笑った。


 「はは!なんだいあの偏屈ババア、実は自分がオシャレしたかっただけなんじゃないか」


 あの衣装は召使いが選んだようなものではなく、彼女自身の意志で選んだものなのだろうか。ユーリのなかでアーシェラの印象がまた変化していく。


 (まだ会ったばっかりだし、知らない事ばっかりだな)


 そんな相手、しかも上級貴族に突然魔法を教えてください。と頼んで良いのだろうかとユーリは思案した。

 疑問をテーティスに伝えると、彼女は呆れた顔で言った。


 「アタシにはわからないよ、それは――」


 確かにその通りだとユーリが腹落ちしていると、テーティスは続けて言った。


 「ま、サバサンドの事を覚えてるってことは気に入ってたってことだろ?等価交換の取引だ。貴族様なんだから、ちょっとくらい色付けて支払えって言ってもバチは当たらないだろ」


 そう言うテーティスが歯を見せて笑うと、その笑顔につられてユーリも笑った。

 どのような交渉事も、下手に出すぎて良い事は無い。


 ◆ ◆ ◆


 魔法学校教員棟の奥の角、最も奥地に割り当てられた自分用の執務室でアーシェラは思案していた。


 (100歳を超える七賢者が、100歳年下の普通の女学生と自然に仲良くなる方法・・・)


 ――思いつかなかった。

 昨日と比べて頭は冴えている筈なのだが。


 自分の昨日の行動は正常ではなかった。ユーリが他の女生徒と仲良くしている事や、名前で呼び合っている事に少しショックを受けたのは事実だが、あのような行動を取ったのは別に原因があると分析できた。


 まず食事を摂った。昨日は昼過ぎまで寝てしまっていたため、朝昼の食事をとっておらず空腹が限界だった事も原因の一つだと考えたからだ。

 現にあの後冒険者通りのカフェでスイーツを購入し、屋敷で食べた瞬間急激な眠気を感じた。下がり切った血糖値の急激な上昇による睡魔だと考えられる。


 次に睡眠だ。暫く昼夜逆転など不規則な生活を続けており、昨日も昼まで眠ってしまった事。

 そう判断した理由は、急激な眠気を覚えて顔を洗おうとしたとき、目に少しクマが出来ている事を発見したからだ。睡眠時間は十分だったが、質は低かったのだろう。


 そうして冷静になった後、アーシェラは改めてユーリと会話をするきっかけを探っていた。

 昔の自分は女生徒と会話することがあったと記憶している。美味なマカレルサンドを分けてもらった酒場の一人娘の女生徒との記憶がある。

 だが、どのような会話をしたかは覚えていなかった。特に仲良くなった、何度も会話をしたという相手は記憶にない。

 自慢ではないがアーシェラは記憶力が良い。例え何十年も前の事でも何となく程度であれば相手の事は覚えていた。


 「もう少しくらい積極的に人と関わっておけば、何か思いついたのかな・・・」


 ぐったりとした動きで執務机に顔を押し付けて、アーシェラは呟く。


 「ユーリ・・・」


 その時、ゆっくり数回執務室の扉がノックされた。ここに用がある人物は七賢者しかいない。しかも滅多なことでは訪ねてこなかった。


 (いったいどんな面倒ごとを持ち込んでくる気だよ・・・。ボクはそれどころじゃないんだ)


 「はい。どうぞ」


 覇気のない悩める少女の顔を、七賢者の顔に入れ替えてアーシェラは言った。

 そして、


 「――え?」


 開いた扉から現れた思わぬ訪問者に、アーシェラは思わず瞬きを繰り返してしまっていた。


 驚いた理由、それはモーリアス魔法学校指定の学生服に身を包んだ金髪碧眼の少女――ユーリが、ひょっこりとその姿を覗かせたからに他ならなかった。


 「お邪魔します、アーシェラ様!」

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