魔法使い
港がある町の南から魔法学校のある建物までを「冒険者通り」と呼ぶようだったが、実際に歩いてみると観光地の商店街といった雰囲気となっていた。
少し歩いた段階では名産品、お土産屋、宿、歴史や地域の資料館などばかりで、期待していた武器屋防具屋、魔法屋、冒険者ギルドといった建物は見つけられていなかった。
(奥の方にあるのか?)
朝早いためかまだ人はまばらで、開店の準備を始めたばかりの店も多い。
人にぶつからないように歩きながら、悠里は軒先に並ぶ商品をきょろきょろと眺めた。港が近いことから、海産物を加工した保存食や酒のつまみになりそうなものが多く並んでいる。
(この世界にも成人って概念はあるのかな・・・)
自分は酒を飲むことは可能なのだろうか、と考えたところで一つの懸念が思い浮かんだ。
(待てよ、この身体は実は俺の身体が美少女化したものじゃなくて、この世界の女の子の身体ってことはないのか?それか、元の世界の女子高生とか・・・)
身体が入れ替わっているという可能性もある。だが、金髪碧眼のセーラー服女子高生が、この世界に存在するだろうか?鞄の中にはこちらの世界の通貨が入っていたため、元の世界のものとも考えにくい。
(だけど、身体を返す事になる可能性もあるよなあ)
どちらにしても、この身体を勝手にいじくりまわしたり、変な扱いをしないようにしておこうと思った。
危ない目にも合わないようにしないといけない。
「お嬢ちゃん、両親へのプレゼントかい?」
酒瓶を眺めていると、店の主から声をかけられた。禿げ上がった頭頂部と口髭が特徴的な中年男性だった。
「あ、いえ。美味しそうだなと思って」
「ほー。もしかしてお嬢ちゃん、その年で結構いける口かい?」
店主は片手で何かを飲むような仕草を見せた。
「まあ、うちの商品はこの街イチだからな!特にキツめの蒸留酒とあうって評判でね。しばらく滞在するなら宿で飲むときのお供に、どうだい?あんたみたいな美人だと、酒場で飲んでると変な男がうじゃうじゃ寄ってきてせっかくのうまい酒が台無しになっちまうだろうからな!」
「ま、また今度に!」
「そうかい!待ってるよ!」
矢継ぎ早のセールストークに気圧され、駆け足で悠里は店を去った。
(でも今の話だと、酒は飲んでも問題ないってことかな)
異世界の酒というのも気になる。たしなむ程度なら身体の主も許してくれるだろう。
少し進むと緩やかな曲道になっており、そこには宿が立ち並んでいた。そして、曲がった先に一つの建物が見えてくる。
その看板に書かれている文字は――
(冒険者ギルド!)
まだ人の気配はなかったが、本物の冒険者ギルドの前にテンションが上がり、近づいて中を覗こうとした。
「何か御用ですか?」
後ろからかけられた女性の声に振り向くと、そこにはショートカットの女性が立っていた。バンツルックで事務員のような服装をしている。冒険者ギルドの職員だろうか。
「あー・・・少し冒険者に興味があって」
女性は不思議そうに悠里の顔から足の先を眺める。
「ええっと、確かにあなたくらいの年齢の冒険者も多いです。けれど、冒険者の道を選ぶ前に、他の職業も考えてからの方が良いと思いますよ。この街であれば、職業斡旋などもしていますし・・・」
「いえ、違います!そうじゃなくって、私は。魔法学校への入学を考えていて、冒険者ってどんな感じなのかなって思てるだけで」
何の経験も無しに冒険者のような危険な仕事に就きたいとは考えていない。この身体に傷でも残ったら、申し訳がつかない。
「そうなんですね、よかった。だんだん減ってきているんですが、あまり周りと馴染めずに仕事をやめちゃって、そのまま冒険者になる若い人が少なからずいるので、てっきり」
「ありがとうございます。優しいんですね」
「え?んー、普通だと思いますけど」
そうなのだろうか、普通は冒険者が増えればギルドとしては潤うのではないだろうか。言いっぷりから、この世界では冒険者という職業はあまり好印象なものではないようにも思える。
自分としては現時点で冒険者にりたいという思いもないが。
「でも、お気遣いありがとうございます」
「いいえ。魔法学校はこのまま道をまっすぐです。お城はまだ空いてない時間ですが、手前に公園があるのでそこで待つのがいいかなと思います。綺麗な公園ですし」
「ありがとうございます。それじゃ、失礼します」
微笑みながら話す女性に頭を下げ、悠里は歩き始めた。
(でも、チート能力とかがあれば別なのかな)
人にも法にも縛られず、無双できるような能力があれば話は別であるが、そのような能力を持って自分のためだけに能力を使うというのは、個人的にあまり賛同できない。理解はできるが。
(それは自由な冒険者とかっていうより、魔王みたいな存在だよな――)
実際世の中にそのような自由な存在がいたとすると、今の無力な自分はいつ消し飛んでしまうかわからない。身を守るためには、その存在に認識されて気に入られる必要があるだろう。美少女という外見を生かして。
(そう考えると、チート能力もなんか嫌だな・・・持ってるだけで回りが信用できなくなりそうだ)
詰所らしき建物に甲冑を着込んだ人物たちが入っていくのを横目に道を歩いていくと、遠くに長身木々や丈の低い生垣が見えてきた。あれが公園だろう。
辺りを見回すと武器屋防具屋らしき店が数件。歩きながら中を覗くと、防具はそのままの状態だが武器は厳重に固定されて簡単に抜き出せないようにディスプレイされていた。
そして店主はかなり厳つい。そのうえ店主以外にも1、2名屈強な男が店員として働いているようだった。経済として冒険者などに武器を売るのは必要だが、大量な武器を置いているということは奪われて事件が起きる可能性も高いという事だろうか。
例えば複数人で店に乗り込み、武器を強奪してしてしまうようなことも考えられる。そこで、街の出口からは遠く詰所の近くに配置しているのだろう。
「なるほどなあ」
感心しながら公園の中に入っていく。思ったよりも広く、草木や花が邪魔をして入り口からは城と呼ばれる建物ははっきり見えなかった。寒い時期のためか花はほとんど咲いていなかったが、名前のわからない紫色の花や青っぽい花がちらほらと咲いている。
散歩をしている人も見かけるが、先ほどの冒険者通りと比べて人は少なく静かだ。
「公園を散歩なんてのも、もうずいぶんしてなかったなあ」
周りに人も居ないためなんとなく独り言ちる。鈴が鳴るというのはこういう声なのだろう。
(声がかわいすぎて自分の声だと認識しにくい・・・)
「慣れるのか?これ・・・」
いや、慣れるためにも声は出した方がいいかもしれない。
そんなことを考えていると、建物がはっきり見えてくる。
「結構大きいんだ。ってか、思ったより変わった形だな」
城といわれるのだから石造りの豪華な建築様式で、物理的防御力に長けた壁や扉を備えるものと思っていた。
実際には高い壁こそあるもののそれほど重厚なものではなく、建物も曲線を駆使した美術品のようだ。ところどころに街灯が建てられており、明るくなった今でもうっすらと青みのかかった光を放っていた。
「光が青い?」
街灯に何か細工がされているのかと思うが、もしかしたらこの世界の炎は青いのかもしれない。
「わからないことが多すぎるんだよなあ――」
この世界に来てからまだそれほど時間は立っていないが、疑問が浮かびすぎて頭が破裂しそうだった。もっと単純に、最初から魔法を見せつけられたりすれば驚きや興奮が勝ってこうならなかったのかもしれないが。
更に城に近づくと、周りが湖で囲まれている事に気づく。城と公園の間の跳ね橋は上がっており、ここから進むことはできなさそうだった。
「あー、冒険者ギルドの人もまだ開いてないって言ってたな」
どれくらいかかるかわからないが、景色でも楽しみながら時間を潰そうと思い湖の側の切り株椅子に座る。
改めて城を観察していると、思わずニヤついてしまう。
「魔法」
この世界の魔法は、どんなものなのだろう?属性のようなものがあるのだろうか、能力に才能や上限はあるのだろうか、魔法の詠唱、魔法発動時にかっこいいエフェクトはあるのか、世界に隠された禁呪のようなものはあるのか、魔法とスキル・武器の組み合わせなどで広がる戦略は無限大!キミだけの最強の魔法を見つけよう!!
「なーんてね」
心臓が高鳴っているのがわかる。テンションが上がり、椅子に座ったままくるくると回る。
早く、魔法を見たい。
もう少しで、その一歩が開く。
「楽しみだー!」
街の方に向かって叫んだ、その時。
「何がそんなに楽しみなんだい?」
少し特徴的な、一度聞くと忘れられないような声が後ろから聞こえた。城のある方向、湖の側から。
振り向くと、一人の少女が立っていた。
湖の上に。
白を基調に青でアクセントを加えた服装、少し厚底のブーツだけが黒い。膝上までのタイツにショートパンツから覗く太ももは細くパンツがスカートのようにも見える。足先まである外套と水色の長髪が微風になびく。
少し眠たそうな瞼に長いまつげ、青い瞳が悠里を見据えていた。
(いや、浮いている?)
「ま・・・魔法?」
「キミは魔法学校の入学希望者さんかな?」
「あ・・・」
答えようとしたとき、鐘の音が鳴った。
跳ね橋の水車が回り、大きな音を立てて跳ね橋が動き始め、落ち着いていた湖の水面に波紋が広がっていく。同時に街灯の明かりが弾けて光の粒子として拡散していった。
「歓迎するよ。ようこそ、魔法学校へ」
そう言って、魔法使いの少女は微笑んだ。
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