死屍を溶かす

@Hitonosu

(前編)

 馴染みの駅で下車した私を真っ先に迎え入れたのは、遠くに聳える山紫水明の峰々から吹き下ろされた山谷風でした。私はカーディガンの袖口をぎゅっと握りしめて身震いをしてから、小さめの歩幅でひとけのない改札口へと足を向けました。

 今朝から気に掛けていた空模様は、ニュース番組で天気予報士が予測していた通りの雲ひとつない小春日和になりました。麗らかな日差しに目を細めて秋陽をその身に浴びながら、今年に入ってこの町に来るのは初めてであることに思い至ります。いつもは少なくとも年毎に三、四度は訪れていましたが、今年に限っては仕事の引き継ぎや通院でずっと忙しくしていたために中々時間が取れず、気が付けば既に十月も半ばに差し掛かろうとしていました。実を言うと、本来であれば今日も職場に顔を出さなければならない用事がありました。けれども、この日を逃せば次に一人で足を延ばせる機会は随分先になることが分かっていたので、多少の無理を通してここまで出向いたのでした。

 尤も、わざわざ他の予定を断ってまで足繁くこの町に通い詰める必要があるのかと問われれば、答えに窮するところですが。




 最初にこの場所を訪れたのは、大学受験を目前に控えた高校三年生の冬でした。志望校に合格するために勉強漬けの毎日を送り、心の休まらない生活に神経をすり減らしていた私はその日、母親と二人で一時間ほど電車を乗り継いで都心を離れ、県境の奥まったところに位置する神社まで合格祈願のお参りに向かいました。母としては、街中の騒々しい神社に連れ立って人混みに揉まれるよりも、自然に囲まれた山地へ参拝に赴いた方が気分転換になると考えたのでしょうが、その選択は結果的に私の人生史に於いて、多大な影響を与えることになりました。

 初めて降り立つ閑散とした駅の無人改札口を抜け、スマートフォンの地図アプリを確認して目的の神社へと続く道のりを進んでいくと、程なくしてアスファルトの歩道は人の手が入らない山道へと様子を変えました。近くの神社まで行って、軽くお参りをして帰るだけだから、と母親に聞かされてここまでやって来て、せいぜい数百メートルの道のりを歩くだけだと思っていた私は、険しい上り坂が続く光景を目の当たりにして唖然としました。私は母に向かって抗議の声を上げましたが、当の本人は一切悪びれない様子で先導して進んでいきます。方々に枝葉を伸ばした樹木の群衆がよく晴れた冬空を覆い隠し、何か不穏な出来事を予感させるような薄暗さを醸し出していました。

 舗装されていない道路を歩くのに不慣れだった私は、気温が五度を下回る程の底冷えする寒さだというのに火照りの収まらない体を動かして、はあはあと肩で息をしながら、軽快な速度で歩く母の後を追いました。ストレスの解消も兼ねて軽くお参りに向かう程度だと考えていた私は、そこそこ入り組んだ山道を登らされることになるとは思っていなかったので、疲れて声も出せなくなっている私の方を振り返りもせず登っていく母に終始恨みがましい目線を向けていました。こんなに運動する羽目になるなら厚手のダウンジャケットにマフラーなんて恰好で来なければ良かった、と額に浮かぶ汗を拭いながら強く後悔しました。

 道なりに点在する廃屋には、壁板に打ち込まれた丸釘に竹箒や手箕が吊るされており、そのどれもが風雨に曝されて老朽化し、自然の一部分と化して静かにその余生を終えようとしていました。鬱蒼と生い茂る草木はまるでひとつの意思を持った怪物のようで、誰かがこの場所で生活を営んでいた証明をゆっくりと侵蝕していき、やがてここに人間がいた痕跡を呑み込み、すべて消し去ってしまうのでないかと畏怖しました。それは、都会で生活しているときには決して味わうことのない、私が初めて体験する類の恐怖心でした。私は脳内に立ち上る黒い霧を払うように頭を振って、気が付けば遠く離れてしまった母の背中を目掛けて走りました。


 山道を歩いていた時間は凡そ三十分もかからない程度でしたが、神社に到着した頃には私の体力は限界に達していました。そこは、鳥居をくぐった先に古寂びた本殿と拝殿があるだけの小さな神社でした。私たちの他に参拝客は誰もいなかったので、私は拝殿に続く砂道の真ん中にへたり込み、家から持参したステンレス製の水筒を取り出して中身を一息に飲み干します。今年の夏に部活動を引退し、受験シーズンに突入してから久しく体を動かしていなかったので、熱く上気した体中に冷たい液体が駆け巡っていく爽快感に懐かしさを覚えました。

 その場に身を投げ出して暫く休憩を取った私は、呼吸を整えてから母に手を借りて立ち上がり、本題である参拝を済ませることにしました。祈るという行為自体にあまり意義を見出していない私は、年の始まりでさえ面倒臭がって参詣をする習慣がないため、こうして拝殿の前に立つだけで体が萎縮して何をすれば良いか分からなくなり、ぎくしゃくとした手つきで賽銭箱に小銭を投げ入れました。参拝作法を行う母親に倣っておざなりに手を合わせ、頭の中で「合格しますように。」とだけ小さく念じ、俯き加減にそれらしいポーズを取ります。数秒間そうした後に頭を上げて隣に目を向けると、母は何時になく真剣な顔で目を瞑り、口を一文字に結んで手を合わせ続けていました。私は、日頃から深い信仰心を見せる母と違って、日常的に無神論でいる癖に、都合の良いときだけ神仏を頼りにする虫の良さを咎められている気がして、何となく拝殿から目を逸らしながらその場を退散しました。

 当初の目的も達せられたので、私はすぐにでも帰宅して試験対策に戻りたかったのですが、民俗学に関心のある母はこの辺りを少し見て回りたいと言いました。それも、わざわざ辺鄙な場所に建てられた神社を選んで合格祈願に訪れたのも、この土地が歴史的に肝要な意味合いを持っているからだそうで、娘のお参りついでに現地を散策したいという思惑もあったようです。母は暫くの間まじまじと拝殿を観察したのちに、やがて鳥居の傍に設置された由緒書きを見つけて熱心にメモを取り始めました。

 知的好奇心旺盛な母とは対照的に、文化学や人類学に一切の興味が無かった私は、母の探究心が満たされるまで手持ち無沙汰に待っているのも詰まらないと思い、少し考えてから境内を一周することにしました。いつもの私であれば僅かな時間さえも惜しんで鞄から単語帳を取り出し、勉強時間に充てていたのですが、自然に囲まれた滅多に訪れることのない環境と、新鮮な空気を肺に取り込んで清々しい気分になっていたせいもあり、そのような気概を起こしたのだと思います。ただ、今になって振り返ると、それさえも霊的な引力によって導かれた選択だったのでは、という気がしないでもないのです。


 足の疲労感が回復したことを確かめ、背負っていた小型のリュックサックを母に預けてから本殿の方へと向かいます。普段からインドア気質で、自ら進んで体を動かしに外出することは殆どなく、思い返してみると、こうして山中に足を踏み入れるのは、四年前の夏休みに家族で行ったキャンプ以来でしょうか。父親に竿の投げ方を教わりながら初めての鮎釣りに挑戦し、その場で塩焼きにしてかぶりついた遊魚の味は格別だったことをよく覚えています。神社の付近には水辺の気配こそありませんでしたが、足裏に伝わる土石の感触や、頬を優しく撫でるように過ぎ去る上風は、数年前に楽しんだキャンプの記憶を引き出すには充分な環境で、心地の良さに淀んだ心が洗われるようでした。山を登っている最中こそ、私をこんな山奥へ連れ出した母に怨恨の念を募らせていましたが、たまには緑に囲まれた場所で心を安らげるのも悪くはないと思い始めていました。

 山に入る前から時折耳にしていた野鳥の囀りは、境内に足を踏み入れてからより一層大きく聞こえていましたが、その鳴き声の発生源を目視することは叶いませんでした。きょろきょろと周囲を見渡しながら拝殿の横を通り過ぎると、その奥側には拝殿よりもさらに年季の入った様相の本殿が見えてきました。

 本殿の建物自体は、鎧張りにされた板材の端々が腐食と日焼けによって黒ずみ、古めかしさが感じられる外観ではあるものの、丁寧な装飾の施された瓦葺きの屋根や三本綯いに編み込まれた注連縄からは、えも言われぬ荘厳さが漂い、品位を損ねない崇高な佇まいに圧倒されました。情緒溢れる丁寧な建築からは、当時の人々の誠実な信仰心が伺えました。

 胸を打たれ、感銘を受けながら社の裏手に廻ったとき、日の光が遮られた道の脇に、枯れ枝に紛れて何か得体の知れないものが横たわっている様子に目を奪われます。それは、私を大体二分の一ぐらいの大きさにした物体でした。視線の先にあるものを確かめようと目を凝らして数歩ほど近付き、ようやく正体が掴めたそのとき、体が恐怖で硬直しました。

 それは、一見すると狐の死体でした。土埃に塗れて、微動だにせず地面に身を投げ出したそれの四肢は、前脚の関節以降が激しく欠損しており、辺り一帯に乾燥した赤黒い血溜まりを形成していました。思わず顔を覆いたくなる光景に、それでも私は目を離すことができませんでした。固まって動けないでいる私に波状攻撃を仕掛けるかの如く強烈な死臭が鼻を突き、腐肉に集る蝿の野放図に飛び回る羽音が聴覚を占領します。死後数日は経過していると思われる亡骸の腹部からは肉片の付着した肋骨が飛び出し、破けた臓器が四方に惨たらしく飛び散っていました。また、本来は美しく黄味を帯びていた筈の体毛も誰かに毟り取られたかのように荒らされ、痛々しく抉られた肉が剥き出しになって露出しているのです。それだけでなく体中の至る所には深い切り傷のような跡が見られ、尻尾は付け根の辺りで切断されて分離し、その場で力尽き崩折れたかのような姿勢で息を引き取っていました。

 しかし、何よりも私に強い衝撃を与えたのは、その死体の顔面に位置する部分が野生動物のそれではなく、紛うことなき私自身の顔だったことです。

 酷く痩せこけて土色の肌をした私は、アンバランスな狐の胴体と同じく痣だらけで醜く青紫に変色し、眼球は不自然なまでに窪んで左右の耳は引き千切られ、苦悶の表情に顔を歪ませて絶命していました。最早原形も留めていない無惨な死に様でしたが、それでもこの遺体は、グロテスクに変貌を遂げた自分の姿だという直感的な確信がありました。

 眼の前に広がる現実が、到底信じられませんでした。あまりの悍ましさに鼓動が早まり、警鐘を打ち鳴らします。一刻も早くここから立ち去らなければと脳が司令を送るのですが、まるで精神と肉体が分離したかのように言うことを聞かず、小刻みに震える顎がカチカチと煩いぐらいに音を立てるばかりでした。瞬間、猛烈な吐き気に襲われて視界がちらちらと点滅を始め、三半規管が機能をしなくなり平衡感覚が失われました。ぐるぐると天地が入れ替わって、頭が真っ白になり、血管が焼ける程に熱を帯びて激しく脈打ちます。意識が朦朧として焦点が合わず、死体が何重にも重なって増殖し、胃の中を反転させるような浮遊感に襲われた直後、私はついにその場に立ち竦んだまま嘔吐しました。

 何故こんなものが落ちているのか理解しようと試みましたが、麻痺したように思考が追いつかずに、口から声にならない嗚咽が漏れるだけでした。私が一体何をしたのか、どうして私の形貌をしているのか、異様な死体を見下ろしながら納得のいく説明を求めても、答えが出ることはありませんでした。ひゅー、ひゅー、と断続的に聞こえる高く掠れた音が、私の喉から鳴っているのだということに気が付くこともなく、ただ茫然自失としていました。

 呼吸さえままならない状態で、体中から夥しい勢いで汗が吹き出し、脳に血液が行き届かずに視界が暗転し始めたそのとき、私の名前を呼ぶ母の声が遠くから聞こえました。それはさながら湖畔の水底まで沈みゆく私に、救いの手が差し伸べられたようでした。

 ふわりと金縛りが解けて体が開放され、心臓がどくりと鼓動して再び体中に血液を送り始めます。咄嗟に踵を返すと、二度と後ろを振り返ることもせず、縺れる足で藻掻くようにその場を離れました。極限まで強張った筋肉を無理に伸縮させたため鋭い痛みが走りましたが、歯を食い縛って無我夢中に体を動かし続けます。逸る私を包囲する木々がざわめき立ち、向かい風が行く手を阻害して体を押し返しました。長さにしてみれば数百メートルにも及ばない距離の筈が、永遠に続く迷宮の中を闇雲に彷徨っているかのような錯覚に陥りました。

 息も絶え絶えになりながらも走り続けた末にようやく母の姿が目に留まり、私はそのまま縋るような形で抱き着きました。安堵に気が緩んだ途端に大粒の涙が止め処なく溢れ出してきます。光が失われつつあった景色は徐々に色彩を取り戻し、意識が落ち着いてくると、アウターの内側に着込んだシャツがびっしょりと濡れて体に張り付き、寒さと緊張で全身が激しく震えているのを初めて自覚しました。

 少しばかりの閑歩から戻ってきたかと思いきや、いきなり声を上げて泣きじゃくる私に母は驚きと心配を隠せない様子でしたが、日頃から受験のストレスで気を病んでいた私の精神が何かの拍子に決壊したのだと思ったのでしょう、何も言わずに私を優しい手つきで擁しました。私は母に薄く痣が残るぐらいに強くしがみ付き、胸元に顔を埋めてひたすら声を上げていました。


 神社からの帰り道は、親子二人で肩を並べてゆっくりと歩きました。母は、私の心中を慮って他愛のない会話を敢えて明るい口調で話し、それを聞いていた私は無表情のまま、ただ黙って頷いていました。太陽はまだ上空の高い場所から地表を照らしていましたが、日光は木々に遮られて足元まで届かず、肉体的にも精神的にも疲れ切っていた私は些細な凹凸に躓いて再三再四と転倒し、その度に母が両腕で抱き上げるように起こしてくれました。私は申し訳無さと不甲斐無さに胸が締め付けられる思いでしたが、今更母の前で気丈に振る舞う元気も残っていなかったので、親の好意に甘えることにして身を委ねました。

 時折草陰の奥からガサガサと物音が聞こえると途端に足が竦み、つい数分前に対面した腐敗臭と生々しい死体が脳内にフラッシュバックして思わず口を押さえますが、既に胃の中に固形物は残っておらず、繰り返しえずいて肺に溜まった空気を吐き出すのみでした。その間、母は私の背中を擦って悪心が去るのを待っていました。


 一日の過度な疲労の蓄積と長時間体を冷やしたことが堪えたのでしょう、普段は健康管理を怠らず風邪などを滅多に引かないのですが、帰宅してから二日間ほど高熱が続いて寝込むことになりました。私を連れ出したことに責任を感じているらしく、目が合うと忽ち暗澹とした表情に顔を曇らせる母の姿を見て、自分まで心苦しくなりました。

 本殿の裏手での奇妙な体験を母に話すか迷った挙句、何も言わずに胸の内に留めておくことにしました。参拝に行った日以来、ずっと気を回してくれている母に真実を伝えず、はぐらかし続けるのには遣り切れない気持ちになりましたが、現実離れした出来事を口にしても余計に心配を掛けるだけに思えたので黙っていました。それに、あの日に見たものについて誰かに話してしまうと、狐の死体が私に成り代わって、本当に自分が死んでしまうような気がしたのです。

 私はそれ以来、自らの死に対する絶対的な恐怖を誰にも打ち明けられずに一人で抱えて生きていくことになりました。

 冬の神社での記憶を忘却するために、今まで以上に時間を掛けて勉強に打ち込み、その甲斐もあって見事第一志望校に合格しました。両親は我が事のように手を取って喜び合い、合格祝いに、と滅多に行かない高級寿司にも連れて行ってくれました。しかし、神社での一件によって大きなわだかまりがこびり付いた私の心は晴れることはなく、それからの日々というもの、大学で授業を受けているときでも、趣味に没頭しているときでも、眩い日差しの反対側には必ず翳りが付き纏うように、ふとした瞬間に、身の毛も弥立つ光景がトラウマとして私の脳裏に浮かび上がるのです。




 青く澄み渡った秋晴れの空に響く百舌鳥の高鳴きに耳を傾けながら、いつもの山道へと足を運びます。

 思い返せば、十年以上もこの道を往来したことになるのか、と感慨に耽ります。最初は悪戦苦闘しながら母の後ろ姿を追っていたのが、今ではすっかりと慣れたもので、当時の半分程度の時間で神社に到達できるようになりました。幾度となく歩いた道のりを着々と登りつつも、それでもなお、何度この山に入ったところで、視界全体に薄く帳がかかったように陰鬱な暗さを纏った山の雰囲気には未だに慣れないままでいました。

 枯れ葉が敷き詰められた柔らかな踏み応えのする土の上を、転ばないように細心の注意を払って進んでいきます。今日はいつも以上に足元に気を配っているつもりなのですが、それでも、今年で三十歳を迎えた肉体は昔と比べて明確に衰えて反射神経も鈍くなり、腐葉土に隠れて根を張っていた樫の来に足を引っ掛けたときは思わず肝を冷やしました。


 私の中核に拭いきれない恐怖心を刻み込み、今でもなお精神を蝕み続ける後遺症を与えたこの神社へ再び訪れることを決意したのは、大学に入学してから一年余りが経過した頃でした。その日の私は、同じサークルに所属している異性から告白を受け、人生で初めてできた恋人に有頂天になっていました。高校では専ら部活動と勉強中心の生活を送り、人との積極的な関わり合いに無縁であったために、大学内で早々に固まりつつある交流の輪に上手く馴染めず、孤立していた私を見兼ねて声を掛けてくれたことがきっかけで彼とよく話をする仲になりました。普段から物静かで温厚な性格でありながらも、必要なときには然るべき行動力を発揮する彼は、コミュニケーションが苦手な私を度々遊びに誘ってくれて、学内で心細さを感じていた私の大きな支えとなりました。

 数回のデートを重ねて交際関係に至るまでに彼は、これまで狭い世間で生きてきた無知な私を様々なところへ連れ出してくれました。初めてのテーマパークやゲームセンター、ライブハウスでの記念写真に満面の笑みで映る私の隣には、必ず彼の姿がありました。ぱっとしない顔立ちに冴えない容姿をした、取り分け目立った特徴も持ち合わせていないような私に突如として訪れた青春は、代わり映えのしない平凡な日常に華々しい彩りをもたらしたのです。

 あまりの嬉しさに舞い上がっていた私はその日の晩、酷い悪夢に魘されました。眼前に広がるのは、いつも見る狐の死体が転がっている光景ではなく、今にも命を落としそうな状態にある狐側に立った視点でした。覚束無い四足歩行で、蹌踉めきながら本殿の壁際まで身を寄せ、やがて力尽きその場に倒れ込みます。すると烏や狸が獲物を探るように近付いてきたかと思えば無遠慮に私の肉体に歯を立てて齧り付き、周囲には血液が大量に飛び散って、私の胴体からは内臓が零れ出てきました。神経系が破壊され体が全く動かせなくなった私に対して、凍えるほどの雨風が容赦なく全身を煽り、体の隅々から腐敗が進行し、そうして耐え難い痛みに悶えながら、やがて一人の高校生が姿を現して目が合った瞬間に布団から飛び起きたのです。荒くなった呼吸を整え、クローゼットの脇に立て掛けてある全身鏡へ目をやって自分の四肢と蒼白な顔に異常が無いかじっくりと確認します。いま見たものはすべてが夢であって、現実に起きたことではないと頭では理解していても、眼球を嘴で執拗に突かれる鈍痛や足が地面に腐り落ちる生々しさには妙にリアリティがあり、じっとりと汗の滲んだ肌には夢で味わった不気味な感触が僅かに残っていました。

 漠然とした不安感に襲われた私は翌週、彼を誘って因縁の神社へ行ってみることにしたのです。彼は、私たちが付き合い始めてから初めてのデートだというのに、前置きもなく辺境の地に行きたいと主張しだした私に疑問を呈しましたが、ここは古くから、お参りをすれば願いが叶うと有名なスポットで、二人がこれからも良好な関係を保てるように祈りに行くのだと言うと納得した様子で承諾しました。

 二人で出掛ける際に、私から何処かに行きたいと言い出すことは珍しく、彼は最初こそ意外そうな素振りを見せていたものの、当日になって山道を歩いている最中はずっと上機嫌でした。私に神社巡りの趣味があると解釈した彼は、あれこれと畳み掛けるように質問を投げかけてくるのですが、実際には神社巡りは疎か、まともな外出さえ滅多にしない私は曖昧な返事をして躱すしかありませんでした。またもやへとへとになりながら山を登り、一年振りに訪れた境内の様子は、脳内に繰り返し蘇ったあの日の景色と寸分の違いもなく、この空間だけ時が止まっているのではないかと錯覚しました。霊妙な顔つきをして辺りを見渡す彼に、ここは飢餓から救ってくれた稲荷様を祀っていて五穀豊穣や安産、学業成就のご利益があるのよ、と母から教わった受け売りの知識を軽く披露してみると、彼は深く感心した面持ちでしきりに頷いていました。

 二人揃って拝殿の前に立つと、私は冷たく透き通った空気を深く吸い込んで、静かに手を合わせました。横を見ると、目を瞑って祈りを捧げる彼の口元は微かに緩み、これから私たちが迎えるであろう幸せに溢れた日々を想起しているのが表情から見て取れました。一方の私はというと、自らを死の恐怖に呪縛した現場のすぐ間近にいる状況に、平静を装うので精一杯でした。適当な嘘をついて彼をここに連れてきた手前、私の身に起きたことのいきさつを話すわけにもいかず、顔にぎこちない笑顔を貼り付けて少しだけ境内を歩いて回ろうと提案しました。

 昨年の惨状をまざまざと思い出して戦慄する私の心情を余所に、彼はこの場所をいたく気に入った様子で、相変わらず私たちの他に誰も参拝客のいない閑静な境内を、感嘆の声を上げて見て回りました。私は、本殿に近付くにつれて顔面から血の気が引いていくのを感じ、徐々に早まる鼓動を隣にいる彼に聞かれないかと心配しましたが、明らかに不自然な怯え方をする私の態度にはまるで気付いていないようでした。彼には少しだけ、人の感情に鈍感なところがあります。いつもならそれも愛嬌のうちだとやり過ごすのですが、その日に限っては荒ぶる心内を見透かされないことにほっとしました。

 彼に悟られないようにできるだけ気を落ち着かせて、意を決してとうとう社の裏側を覗き込みましたが、そこに私の顔面を持った狐の死体はありませんでした。そもそも野生動物の死体が同じ場所に一年間も残り続ける筈がないので当然の結果ではあるのですが、やはり直接自分の目で見て、そこに何もないことを確認できただけで大きな安堵感を覚えました。私は長く息をついて、気が済んだから帰りたいと彼に伝えると、うん、楽しかったね、と顔をほころばせて応じました。

 それからの私は、あの不気味な光景が瞼の裏に浮かぶ度に恐れを抱き、例の場所に足を運んで死体が無いことを確認しては心の平穏を取り戻す、という生活に囚われるようになりました。言うなればこの神社は、私にとって生と死を最も深く結びつける事象の震源地でありつつ、且つそれに対する脅威を一時的にでも和らいでくれる鎮痛剤でもあるのです。

 そして今日、私が再びここに訪れた理由もこれまでの例に漏れず、一年間で募った巨大な不安感を精算するために他なりません。


 所々朱色の剥げ落ちた鳥居をくぐって神社に足を踏み入れると、正面の拓けた参道の地面に、大きく翼を広げて飛び去っていく野鳥の影が横切りました。太く逞しい風切羽の形状からして、タカ科のものでしょうか。天を仰いでみると、悠々とした身のこなしで蒼穹を滑空する鳥の姿が、彼方の方角へ遠のいていきます。猛禽類でいうと、いつの記憶だったかは定かではありませんが、一度だけ野生の梟に遭遇したことがあります。この山に来るときはなるべく、安全を期して天気の良い日中を選んでいるため夜行性の動物に出会う機会は少なく、夕暮れ時が近づいて急ぎ足で山を下っている最中に梟とばったり出くわしたときは、互いに物珍しいものに鉢合わせしたという表情で数秒間見つめ合っていました。

 私は遠い昔に本で読んだ、宗教画などによく描かれる天使の羽はすべて猛禽類の広翼をモチーフにしているという話を思い出しました。愛嬌のある可愛らしい容姿を持ちつつ、その背面には獰猛な肉食獣のそれを生やしているギャップに、空恐ろしい印象を受けたことを覚えています。私の死に際に、果たして天使は舞い降りてくれるのだろうか、とぼんやり考えを巡らせたのちに、いや、自分の最期を看取るのは女子高生の頃の自分だったと思い至ります。瀕死状態の狐の目線に立って落命の瞬間を追体験する夢は、歳を重ねるごとに現実味を帯びて頻繁に見られるようになり、獰猛な恐怖心を伴って私に襲い来るのでした。今となっては、日常的に再現される映像は完全に網膜に焼き付き、あの日に本殿の裏で死んでいたのは狐だったのか、それとも自分自身だったのか区別が付かなくなっていました。

 毎度の如く、全く人のいない境内には緩やかな時間が流れており、静寂に包まれていました。そういえば、今までは大して気にも留めていませんでしたが、電車を降りてから神社に到達し、参拝をして帰るまでに、誰かとすれ違ったことは一度もありません。板張りにされた社殿の床部は埃や枝葉で散々に汚れており、ここには参拝客どころか管理者さえも禄に来ていないことは一目瞭然でした。線路を挟んだ向こう側には点々と民家が見え、小規模な住宅区が広がっている様子を車窓越しに見ているので、地域周辺が既にゴーストタウン化しているわけではないことは知っていたのですが、今更ながらこの土地には非常に歴史的価値があるのだという母の説明には、若干の疑惑を持ち始めていました。立派な本殿を構えつつも手入れをされていない神社を見ていると、人間に見放された跡地のように思えてきて物悲しい気持ちになり、もしも私に神社の所有権を贈与してもらえるならば、誰に言われずとも進んで足を運び、そこら中をこまめに掃除して回るのに、と保護欲に似た感情を掻き立てられます。ただし実際には、神社は基本的に文部科学省所轄の神社庁もしくは地方自治体による管理がされているため個人が境内地の所有権を持つことはできず、関係者外が無断で本殿内に立ち入って清掃をしてはならない決まりがあります。結局のところは私に、自治体に連絡を取ってまで現状を改善しようと働きかけるほどの行動力はありませんでした。

 境内の入口付近には、大人が腰を下ろせるほどの大きさをした岩があります。注連縄が張られていたり玉垣に囲まれているわけではないので、磐座として祀られているものとは違い落石などによって自然とその場に落ち着いたのだろうと勝手に解釈して、坂道を登りきった後の休憩地点として扱っていました。軽く砂を払ってハンカチを敷き、岩の上に座り込んで息を整えます。初めのうちは、神社内のものを粗末に扱って罰が当たるかもしれないという一抹の不安が過りもしましたが、何度も足を運んでいると次第に遠慮は無くなっていき、ときには参道の真ん中で大の字に手を広げて寝転んだこともありました。誰もいない森の中で人目も気にせず好きに振る舞うのは、開放的で晴れやかな気分になることを知りました。この神社を訪れるといつも、ミステリアスな雰囲気と誰の気配もしない無人の環境に、外界と隔離されたような気分を味わいます。

 ごつごつとした岩の上で一休みした後は、いつも通りにお参りを行うことにしました。私は鞄からがま口を取り出すと拝殿の前に立ち、百円玉を賽銭箱に投げ入れてから二礼二拍手一礼をして祈願します。大雑把に見積もっても、ここに訪れた回数は百を疾うに超えているので、賽銭の金額だけを考えてもそれなりの貢献はしているのではないでしょうか。現金なことを言って神様を困らせようという魂胆は微塵もありませんが、せめてもう少しぐらい悪夢を見る頻度を減らしてくれても良いのではないかと申し立てをします。ただ、もしここに本当に神様が居るとしても、それはまず間違いなく死神でしょうから、例え私が頭を地に擦り付けて懇願したところで聞き入れてはもらえないでしょう。

 心の内でぶつくさと文句を垂れて参拝を終えると、不意に背後で草むらを掻き分ける音が聞こえ、視界の端で何かが動きました。咄嗟にそちらへ視線を向けると、そこにいたのは全長一メートルを優に超える大きさのアオダイショウでした。光沢のある鱗をぎらぎらと反射させながら移動する長蛇は、顔を引き攣らせ慌てて飛び退いた私には目もくれずに靭やかな体躯を器用に操り、あっという間に境内の奥へと姿を消しました。以前、都内の動物園に訪れたときに爬虫類コーナーで見かけたシシバナヘビは、小振りな顔立ちに綺麗な体色をしていて、木の枝先に巻き付いてだらりと尻尾を垂らした姿に癒やされた記憶があったのですが、俊敏な速度で私のすぐ横を去っていったアオダイショウには野生動物特有の険しさがあり、私を震え上がらせました。

 アオダイショウが体を無造作に這いずらせた形跡は、歪な軌道を描いて私の行く道を示しているかのように本殿の裏手へと延びています。嫌な胸騒ぎがしました。数十分前に改札を抜けたときは良好だった天候は、いつの間にか急変して分厚い雲が僅かな隙間も作らず一面を覆い尽くし、私の拠り所であった日光をいとも簡単に遮っていました。次第に冷たい風が吹き始めて社の軋む音が辺りに啾々と反響し、飄風に煽られた木々がざわつき出します。それに乗ずるように、周囲の草木に身を隠していた野鳥が一斉に喚き始めました。その様子はまるで自然が私に対して、これから起こるただならぬ事態を警告しているかのようでした。

 もしかすると今日はいつもと違って、あの死体が臥さっていた場所に何かがあるのかもしれない。そして、それを目にしてしまえば、ぎりぎりの均整で保たれていた私の精神はいよいよ完全に崩壊し、いままで通りの日常に戻れなくなる予感がしました。頭の中を支配する恐ろしい妄想にぞくりと背筋が寒くなります。

 今日は本殿の後ろを覗かずに、回れ右をしてそのまま帰った方が良いのではないか。何もなかったことにして、電車に乗った方が今後も幸せに過ごしていけるのではないか。いまからでも引き返すべきだと必死に司令を送る前頭葉とは裏腹に、私の体は、自らの制御下から離れてしまったようにじりじりと前進します。ああ、まただ、と十有余年前の感覚が蘇ります。私の脳はこの局面を激しく拒絶しているのに、まるで体が言うことを聞かなくなるこの感覚。肉体が鉛のように重たくなり、段々と五感が遮断されていきます。一歩、また一歩と足を踏み出す度に激しくなる動悸、ゆっくりと失われていく識力、何故か喉が詰まっていて息ができない。助けを呼ぼうと口をぱくぱくと開いても、声が出ず、周りには勿論誰もいません。頭の中は空白で埋まり切って何も考えられなくなっていましたが、さながらハーメルンの笛吹き男に導かれる子どものように、本能的に蛇の付けた跡を辿っていきます。境内を取り巻く強風はいよいよ勢いを止めることなく吹き荒れて、劈くような耳鳴りが頭蓋中で煩く鳴り響きました。最早、私の中に冷静さなどは欠片も残っていませんでした。

 私の意思とは相反して、肉体はブレーキが壊れたように足を前へと動かし、本殿との距離を縮めていきます。自分が何をしたいのか、何処に向かっているのか、分からないのです。自らの奥底に宿した××××に、すべてを委ねます、命尽きるまで付き従います。私の賤しく、惨めな人生の全てを捧げます。社のすぐ傍に山積みになった枯れ葉に目が釘付けになりました。その一部分だけが異様に盛り上がった、銀杏の葉でできた、丁度人間ほどの大きさがある山。その中には何かが、身を縮こめたような形で蹲っています。何だろう。絶対に見てはいけないもの。耳鳴りが頂点に達しました。まさか、と息を呑んだその瞬間、一際強い突風が吹き抜け、枯れ葉を散らして中身を露わにしました。

 それは十八歳の、初めてここに訪れたときの恰好をした私の死体でした。手足は関節の手前で衣類ごと引き裂かれて消滅しており、硝子球のような瞳は虚ろに空中へ向けられています。合格祈願に来たその日からずっとここに放置されていたのか、全身が泥に塗れ、胸部より下は腐乱して融解したようにどろりと爛れていました。それらの情報が脳に伝達されたとき、私の思考は停止し、意識が遠のいていきました。

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