42 出発

 ボクとフェリー、シルワアは西の城門で人を待つ。

 ダアクックという街は、城壁に囲まれた要塞都市である。

 城壁の高さは一〇メートル以上。四階建てのビルくらいの高さ。

 それが街をぐるっと円状に囲っている。

 これほど大きく、街を囲うほど長い城壁を持つ街はダアクックだけなのだと、ダインから聞いた。


 見上げるほどの城壁と、それよりも高い位置にある雲とを見比べながら、人を待つ。

 待っている人間はバウアーとセシアちゃんだ。

 隣街のガナグリにあるアンテナの状況を、専門家の視点で確認する為だ。


 確かに現代人であるボクとフェリーは、普段からアンテナないし電波を使用していたけれど、その仕様までは詳しくない。

 やはり専門家の目があった方が頼もしいし、心強い。


「にしても、遅いなぁ。なんかあったか?」フェリーは耳をパタパタとさせながら言う。


「ボク等が早いんだ」


「けれど、確か一二時に西門の前だろう? 丁度今、一二時だ」


 ボクの鞄から顔を覗かせている時計を見て、言う。

 チヨさんが少し前に持たせてくれたのだ。


「時間の概念がボク等よりも新しいんだ、ここの人達は。それまでは太陽の位置で何となく目安を決めたり、作業速度の逆算で量ったりしていた。だから、この世界の人達にとって時間は守るものじゃなくて、目印みたいな、明瞭のようで曖昧なものでしかないんだよ」


 そういう点で、チヨさんの時間の捉え方はボク等に近い。

 彼女にとっての時間は守るものであり、法に等しい。

 少しでもズレれば、すぐに不機嫌になる。

 きっと、分単位で予定を決めるタイプなのだろう。


「それよりも、ボクはお前が食べているソレの方が気になる。何、ソレ? 緑色の豆みたいな串焼き」


「ん? あー、これな。ゴブリンの耳の串焼き」


「うえ⁉ よく見たら、全部耳じゃないか! 酷いルックスだな……何で買ったんだい?」


「すげぇ安いんだ。ほら、シルワアに払うお金が溜まってないだろう? だから出費は抑えたい。でも、何か口に含むものが欲しい。そういうときにうってつけだ。なんてったって三鉄貨だぜ」


「駄菓子屋のお菓子みたいな値段だね。味は?」


「すっげえ渋いオクラ食べてるみたい」


「値段相応だね。いや、お金を払ってる分、マイナスなのかな?」


 美味しくないものを、お金を払ってまで食べたくはないだろう。

 そう思うと、うまい棒というのは凄い商品なのかもしれない。

 同じ値段を払えば三本買えてしまうのだから。


「食べ方、違う」


「え? あ、ちょっと!」


 フェリーの串焼きを強引に取ると、レクチャーするように彼の目の前に突き出す。

 ボクにも教えたいのか、手で招いた為、串に顔を近づける。


「まず、一つ」


 串から一つ耳を取ると、手の平に置く。


「端、ちぎる。で、剥く」


 彼女は耳の端っこを爪でちぎると、ぺりぺりと緑色の部分をはがしていく。

 そら豆の皮を剥いているように見えた。

 皮の裏はネバネバしていて、オクラのように糸を引く。

 やがて、バナナの実のような色合いの身が出て来た。

 それをフェリーに差し出す。


「いただきます……」


 渡された身を摘まんで、口に運ぶ。


「じゃがいものような食感に……豆のような質素な味……オクラのようなネバネバは少しほろ苦い。ゴクン……つまみとしてはアリなのかもしれないな。好んでは食べないけど」


「皮を剥くと可食部がなくなるのは、少し損した気分だね」


「人襲うゴブリン、耳大きい。食べ応え」


「いや、それはなんというか、別の意味で好んで食べんぞ、オレ……」


 ふと、視線を街の方へ向ける。

 真っすぐに走る大通りから、こちらに近づいてくる人影が見えたからだ。

 長髪で黒髪の男と、杖を持った少女。

 バウアーとセシアちゃんだった。


「……三人共、随分早いな。時間通りのはずだったが、まるで遅れたみたいな構図になっている」


「いえ、私達が数分遅れているんです。彼等の方が正確に動けていますよ?」


「……数分は遅れた判定なのか? ……知らなかった」気だるげに頭を掻く。


「なるほど。道理で支度が遅かった訳ですね。バウアー副団長、時間を逆算して動く癖を身に着けた方が良いと思います。今後、この考えがマストになってくると思うので」


「……なんだか、縛られているようで嫌いだな。……ああ、すまない。お待たせしてしまったようだね、申し訳ない」


 頭を下げて、謝罪するバウアー。

 長髪で顔は見えないが、鋭い眼光だけが光っていた。

 狼のような風貌から威圧感を感じてしまうけれど、彼はダインの調査団の中でダインやリアック君と同じくらい絡みやすく、一番気遣いができる男だった。


 それを感じたのは街に来て、次の日くらいのときだった。

 慣れない環境というのもあって、行く当てが限られていた当初は、とりあえずギルドに行けば色々と知れるだろう、という考えがあった。

 なので、案内人のシルワアがいないときは、大抵ギルドに入り浸っていたのだ。


 そのとき、よく話してくれたのがバウアーだった。

 ギルドの設備、街の歩き方、文化の違い。

 こういったものを細やかに教えてくれたり、すり合わせてくれたのは彼であり、冷徹そうな男というぱっと見の印象とは真逆の内面に、意外だと思った。


「……俺はよく、人から誤解されやすいと言われる。背が高い部分や、髪が長いからだと思う」


「そうだね」多分、目つきからだと思ったが、口には出さなかった。


「……別に好かれたい訳ではないが、怖がらせたい訳じゃない。……だから極力、高圧的にならないように静かに喋ったり、困っている人がいれば、相談に乗るということをしている。……それでも、やはり、避けられてしまうのだけれど、やらないよりはマシだと思っている」


「その効果はあるね。話す前と今じゃ、貴方の印象は大分違う。こんなに絡みやすい人だとは思わなかった」


「そ、そうかい? ……なら、良かったよ」


 僅かに上がった口角が、彼の最大の笑みだった。

 表情筋が、他の人よりも少ないのかもしれない。

 そんな彼とは、この二週間で友人と呼べるくらいに交友を深めていた。

 だから、頭を下げる彼の様子は面白く見えて、思わず吹き出してしまう。


「気にしなくて良いよ。それほど待っていた訳じゃない」


 肩を軽く叩くと、バウアーは顔を上げる。


「…こういうのは必要だ。形だけでもな」


 交友が深まったお陰か、三点リーダーが一つ減っていた。


「にしても、しばらくダアクックに来ないと考えると、少し寂しいな」


 フェリーは感慨深そうに言う。


「そうだね。お世話になった人達には挨拶をしたけれど、リアック君には会えなかったな。彼、今は森で仕事をしているらしいから」


「へー、そうなのか……知らんかった。ま、今生の別れって訳じゃないから、そんなに気にしてない」


「気にしていたのかい?」


「いや、別に」


「そうか、ボクはてっきり『仲が良かったと思っていたけれど、別れの挨拶に来ないなんて、オレが一方的に友人と思っていただけだったかも』と、思っているのではないかと想像していたけれど」


「随分と解像度の高い考察だなっ! オレ、別にそんなナヨナヨしてないんだが⁉」


「嘘。さっき、『リアック、来ない』小さく言ってた」シルワアが言う。


「言ってないからっ!」


「あのシスイさん。どうしてフェリーさんは怒って


「ああ、もう、うるせえ、うるせえ!! さっさと行くぞ! こんな街、今すぐに!」


 地団駄でも踏んでいるように門へ歩いて行くフェリー。

 尻尾も不機嫌そうにブンブン振っている。


「あの、怒っちゃいましたけど、大丈夫なんですか?」セシアちゃんが、少し心配そうに聞く。


「大丈夫。ただのいじりさ」


「叩く、良く鳴る」


「気の毒に。……まあ、気持ちは分かりますけれど」


 セシアちゃんは、苦笑する。

 先に出ていくフェリーを追うように、ボク等もダアクックを出た。


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