冬の隙間

彩原 聖

冬の隙間

 こよみ上では冬になったが、暖かい風が吹く。今日もいつも通りこたつに入ってまったりと過ごしている。


 すると、ピロンっとスマートフォンから通知が届いた。 


 相手は俺の彼女で由那ゆなという名前だ。去年のクリスマスに付き合って、もうすぐ1年経つ。


 [祐也ゆうやくん、今年のクリスマスは会えない]


 その一文を見てすうっと血の気が引いた。


 というのも去年のクリスマスデートの日、由那は俺に「すごく楽しかった! 来年もまた一緒に行こうね」と言っていたのだ。


 クリスマスは俺たちにとって大切な日で、二人を結びつけるかけがえのない日だったのだ。今となってはそう考えているのは俺だけかもしれないが。

 

 所詮口約束とはいえ、当時はその言葉を聞けてとても嬉しかったのだ。


 [なんで、何かあった?]

 [去年、すごく楽しかったじゃん? 今年は友達と行きたくて]


 衝撃の回答だった。え、友達? 先に俺を誘ったのは由那の方なのに。


 すごくモヤモヤしている。やきもちとは違うなんとも言えない気持ちだ。


[そっか友達ね! それじゃあ目一杯楽しんできてね]

 

 俺は素直な気持ちを由那に伝えることができなかった。

 

 約束があったとはいえ、結果的に由那が優先したのは友達の方だ。つまりは彼氏の俺に魅力がなかっただけだろう。


 そう考えると俺に非があるし、俺を置いて行かないでと言うのもエゴだろう。


 既読がついてから10分後[ありがとう]のスタンプが届いた。


 その返信がまた俺の心をき立てる。


 この気持ちは水の沸騰ふっとうに似ている。ほんの些細ささいなことで温度が上がり、ある一線を越えると全てが溢れ出す。


 1人でクリスマスを過ごした翌日、冬のわびしさでどうにかなりそうだった。俺はそれを紛らわせるために筋トレをしていた。


 ピロンスマートフォンが鳴り、由那のアイコンが画面上に表示される。

 

 [明日ひま?]

 [一緒にライブ行かない?]

 

 由那には推してる男性アイドルグループがいて、俺と2人きりの時もよくその人の話をする。


 俺は彼女の好きなものを否定したくない一心で、他の男の話を聞きたくないと言う気持ちを押し殺していた。

 

 当然二人きりの状況で他の男の話を聞きたくないと思うのは俺だけじゃないと思うし、容姿を褒めていたなら不機嫌になるのも不自然じゃない。


 『丸山君、本当にかっこいい!!』


 丸山はそのグループのリーダー的な存在で俺とはちっとも似てない。


 そんなことを言っている由那は輝いていて、声の調子も高くなる。


 俺には見せない一面でもっと心が苦しくなる。どうしようもないやきもちだ。


 そこで由那が俺じゃない他の男を好きになるんじゃないかという恐れが膨らんだ。なぜなら彼女は俺よりもコミュニティが広く、多くの人物と触れ合う機会があるからだ。


 俺より容姿が優れていて、経済的な男なんてそこらじゅうにいる。


 そんなことを考えていると自分を卑下したくなる。


 だけど、俺がどれだけ由那を愛しているか。


 その熱量だけは誰にも負けない自信があった。


 だが、愛を伝えたからといって同じ熱量の愛を得れるとは期待していない。


 俺はそれをどうして伝えられないのか。


 ふと、彼女からの愛を疑う行為こそが裏切りになるのではと思ったことがあった。


 それは、俺に大好きと伝えてくれた彼女を信頼していないわけでない。

 

 人を完全に信頼することなんて俄然がぜん、不可能なことだと思っている。


 信頼には不確実性が伴い、誰もが全ての状況において完璧であり続けることは難しいからだ。


 信頼は経験や相手との関係に基づいて築かれるもので、どうしても「もしも」の状況を考えると、完全に信じ切ることは難しい面があるだろう。


 それに、「裏切られたくない」という気持ちは、俺にとって過去にそういう裏切られた経験があると、その記憶やトラウマが心の中で「裏切り=危険」という認識を強めていた。


 今後も同じようなことが起きるのではないかと恐れるようになります。この恐れが、相手を完全には信頼できないという感情に結びつくんだろうと結論づけたい。


 そういえば、俺は由那に何度もそのグループのテレビ番組があるだとか、ライブに行くだとかで遊びを断られていた。

 

 その時も今回と同様に心ではやめて欲しいと思っていながらも、口に出すことはしなかった。


 ここでもうアイドルの話はしないでと言ったところで彼女はコソコソとやる質だろう。


 「ごめん」と謝られることも気に食わない。


 何に対しての「ごめん」なのか、アイドルグループを好きになってごめんなんて彼女が思ってるはずもないだろう。


 薄っぺらな気持ちなんだよ。


 それに、謝られると瞬時に由那が被害者で俺が加害者の対比構造が出来上がる。


 つまりはこう、俺の不満を彼女に打ち明けることのメリットは何もないんだ。


 とは言っても、割り切れない気持ちはあるわけです。恨みつらみはいくらでも湧いてくるが、吐け口がないから毒のように体内に溜まる。


 吐き出さないと苦しくなる。そう知ったのはライブに行った後からだった。


 クリマスの件も遊びを断られた件もどうでもいいことと割り切ってしまえば、全て丸く収まるのだ。


 我慢、我慢。そうして自分を律しているとあることに気づく。どうして、俺だけがこんな思いをしなきゃいけないのか、


 由那にも俺と同じ気持ちになってもらいたい。割り切れない思いや気持ちでどうにかなってしまえばいいとさえ考えた。


 由那が他の男の話をしているとき、俺がどれだけ好きだって言っても、結局由那は他の男を優先するんだろうなと感じていた。


 そうすると自然に俺は自己防衛的に冷たく接するようになる。


 彼女は俺の行動を受けて心底悲しそうな表情をした。


 こんなはずじゃなかった。俺は由那と同じ気持ちになってもらいたい、決して悲しい思いをさせるためにやったことじゃなかった。


 冷たい態度は裏返すと俺なりの愛情供給サインであり、もっと俺を愛して欲しかったということ。


 我ながら本当に不器用なことをしたなと思いながら後悔の念を感じる。


 俺の一番は由那だから、君が悲しそうにしていると心が痛む。俺の愛されたい欲で彼女を傷つけるのは本当に嫌だった。


 由那にとっての一番が俺だったらよかったのに。


 その後、数日間、俺と由那の間には微妙な空気が流れていた。


 彼女からの連絡も減り、会話の中でお互いの気持ちがうまくすれ違っていることに気づきながらも、どうすれば元に戻れるのか分からなかった。


 俺は心の中で彼女を傷つけたくないという思いと、自己防衛のために冷たく接してしまう自分に矛盾を感じていた。


 その日も、筋トレを終えて汗を流した後、スマートフォンの画面を見つめていた。すると、由那からのメッセージが届いていた。


 [明日、少しだけでも会えない?]


 そのメッセージは、あまりにも普通で、でもどこか距離を感じる内容だった。


 あの頃の「一緒に過ごす」という約束が薄れていってしまったようで、心にポッカリと空いた穴が広がるのを感じた。


 返信するべきか悩んでいると、画面に映る由那の笑顔が浮かんだ。あの笑顔は今、どんな気持ちで俺に向けられているんだろうか。


 [会えるよ。少しだけだけど]


 そう送ると、すぐに彼女から「ありがとう」のスタンプが届いた。


 簡単なやり取りで、何も解決しないままでも、とりあえず会うことは決まった。それが俺にとっての救いだった。


 翌日、待ち合わせ場所に着くと、由那が少し照れたような顔で立っていた。久しぶりに会う彼女の姿に、胸が締め付けられる思いがした。


 「久しぶり、元気だった?」


 俺が声をかけると、彼女は少しだけ微笑んだ。


 「うん、元気だよ。でも、ちょっと忙しくて…」


 そう言うと、由那は少し視線を落とした。それがどこか申し訳なさそうに見えて、俺の胸にまた別の感情が湧いてきた。どうしてこんなに複雑なんだろうか。


 「ごめん、最近なんか、俺、冷たくしてたよね?」


 俺が口を開いた瞬間、由那は驚いたような顔をしてから、少し戸惑いながらも答えた。


 「ううん、私こそ…何か気にさせちゃった?」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は思わずため息をついた。実は、由那は何も悪くないのかもしれない。


 俺が勝手に不安になって、心の中で不信感を膨らませていただけだった。


 彼女が他の男の話をするたびに、自己防衛的に距離を取っていたのは、結局俺自身の弱さから来るものだった。


 「いや、俺の方が…なんか、気を使わせちゃったんだよね。」


 そう言うと、由那は少しだけ首を傾げてから、ふっと微笑んだ。


 「そんなことないよ。でも、私も少し距離を取っていたかも。最近、いろいろ考えることがあって…」


 その言葉に、俺は思わず心がざわついた。彼女も何か悩んでいるのだろうか。彼女の目を見つめると、何かを伝えたそうな表情をしていたが、言葉にするのはためらっているようだった。


 「由那、もし話したいことがあったら、何でも言ってくれていいから。」


 俺はそう言って、少し彼女に近づいた。彼女が少しだけ目を見開くと、しばらく沈黙が続いた。


 「祐也くん…実は、私も少し不安だったんだ。私、あまり言葉にしないから、気づいてもらえていないと思ってたけど、あなたが冷たくしているのが、すごく悲しくて。」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の胸が痛くなった。彼女もまた、俺が感じていた不安や距離感を同じように感じていたのだ。


 「ごめん…俺、気づかなかった。」


 そう言うと、由那は小さく首を振った。


 「ううん、私も言わなかったから。でも、こうして会えてよかった。」


 その言葉を聞いて、俺は少しだけ安心した。やっぱり、彼女も俺を大切に思っているんだ。

 

 そして、自分の気持ちを伝えることが大事だと改めて実感した。


 その後、二人で少しだけ散歩しながら話した。アイドルの話題も出なかったし、俺たちはただ普通の会話を楽しんだ。


 何も特別なことはなかったけれど、少しずつ、またお互いに近づいていけるような気がした。


 帰り際、由那は少し照れたように言った。


 「また、会いたいな。今度はもっとゆっくり話そうね。」


 その言葉に、俺は心から笑顔を向けることができた。やっと、少しだけ元に戻れた気がした。

 

 今日のことを、これまでのことを書き残しておきたくて日記をとった。


 「心の温度」


 約束した日々が

 少しずつ、色褪せていく気がした

 まだ手のひらに残っている

 君の笑顔、ぬくもりの記憶

 冷えた空気の中で、俺はそれを思い出す


 [今年は友達と]

 君の言葉が、心に重く響いて胸に刺さる

 でも、それが君の選択なら

 俺は静かに、背を向けることしかできない


 傷ついたことは、もう言わない

 ただ、心の中で君を見守る

 無力な自分を、少しだけ許して

 その笑顔を、遠くで感じるだけで

 

 不安でいっぱいになりながらも

 君を傷つけたくなくて、ただ耐えていた

 嫉妬や疑念が胸を締め付け
 でもそれが、俺の愛し方の一部だと
 信じている


 君が笑顔で幸せなら、それだけで
 俺はそれを願うことしかできない

 

 愛は、重さを持たない

 軽やかに、空気のように

 言葉にならなくても

 お互いの心に届くと信じている


 君のことを、もっと知りたくて

 君が抱える不安や涙も、分かち合いたくて

 でも、無理に踏み込むことはせず

 ただ、そっと寄り添うことにした


 その距離が痛みを伴うとしても

 いつか、君と俺の間に

 何気ない温もりが戻ることを願って

 ただ、信じているだけ


 愛とは、そういうものだから

 言葉では伝えきれない想いが

 少しずつ、形を変えて

 心の温度を上げてくれる






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冬の隙間 彩原 聖 @sho4168

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