第50話 ジラール公爵領へ

馬車がジラール公爵家に戻る。

父様は降りると、すぐに表屋敷の使用人頭デニスを呼ぶ。


「おかえりなさいませ」


「ああ、公爵家は独立した。

 手配通りに進めてくれ」


「やはりこうなりましたか。わかりました。

 表屋敷の方はお任せください」


「頼んだ」


デニスが慌てて走っていく。

手配通りって。父様は独立するための準備を進めていたんだ。


「さ。俺たちは本宅に戻ろう」


「父様、これからどうするの?」


「ジラール公爵領に戻ろう。準備はすぐに終わるよ」


「え?」


本宅の前には十台ほどの馬車が並んで置かれていた。

いつもなら本宅の敷地に馬車なんてないのに。


その馬車にミリーたち使用人が荷物を積み込んでいる。

父様は使用人に指示を出しているパトに声をかける。


「パト、王宮での仕事は終えてきた。

 準備ができ次第出発しよう」


「わかりました」


「さぁ、俺たちはお茶でも飲んで待っていようか。

 エマがお茶の用意をしてくれているはずだ」


にっこり笑う父様に連れられ、母様の部屋に向かう。

母様は本当にお茶の用意をして待っていた。


「おかえりなさい。全部終わった?」


「うん、問題なく。

 これで全部すっきりするな」


「叔父上、独立したのはいいけど、叔父上が国王に?」


「今は俺が公爵だからとりあえず俺が王になるけど、形だけだな。

 あの領地はずっと兄上が治めていたんだ。

 精霊の愛し子の俺が王になれば、他の国はうかつに手を出してこない。

 実際に治めるのは兄上が宰相になってする」


「それなら問題はないか」


今までジラール公爵領はルシアン様のお父様が領地にいて治めていた。

国の騎士は配置されてなく、私兵だったので戦力も確保できる。

むしろ国に税を納めなくて済む分、領民の生活は楽になるかも?


「あぁ、ニナが王女になるから」


「え?」


「だって、俺が王ならそうなるだろう?」


「そ、それはそうかも?

 でも、私が王女だなんて急に言われても」


「いいのいいの。でもって、王女の婚約者をルシアンにすれば問題ない。

 領民だって納得するだろう」


「問題ないのかな……?」


急な話で頭の中が混乱している。

そんな私とルシアン様を見て、母様が笑う。


「ニナとルシアンはとりあえず喜べばいいと思うの。

 だって、これで問題なく結婚できるでしょう?」


はっとしてルシアン様と見つめあう。

そうだ。これで問題なく、認めてもらえる。


もうあの国王やアンドレ様、精霊教会に従う必要はない。

この国から離れ、ルシアン様と結婚することができる。

もう……悩むことはない。幸せになってもいいんだ。


心からほっとして、笑ったら涙が一粒こぼれた。

ルシアン様が指でぬぐってくれたけど、そんなことをされたらまた泣いてしまう。


その時、ドアがノックされた。

入ってきたのはパトだった。


「準備が終わりました」


「表屋敷のほうは?」


「もう全員が外に出ました。誰もいません。

 王宮では騎士たちが準備を始めたそうです。

 こちらに到着する頃には王都から出ているでしょう」


「誰もいない?」


「デニスには言っておいた。

 私兵と使用人は小人数に分散して、ジラール公爵領を目指すようにと」


ジラール公爵領を目指して。

デニスたちも一緒にジラール公爵領に向かう。

ここはもう誰も戻ってこないんだ。


「本宅の者も準備はできたな?」


「はい。どうぞ、馬車へ」


「よし、行こう」


四人で馬車に乗ると、使用人たちも後ろの馬車に乗り込む。

全員の準備ができたところで、父様が本宅にいる精霊たちに声をかける。


「精霊たち、ジラール公爵領に連れて行ってくれ。

 もうここに残ることはない。みんなで行こう」


たくさんの光が馬車を包む。

窓のカーテンを閉めても光は入ってくる。

まぶしくはないが、馬車の中が昼間のように明るい。


「このまま公爵領まで行けるの?」


「ああ。すぐだよ。

 王家の騎士たちが乗り込んでくる頃には着いてる」


「そんなに早く?」


ジラール公爵領に行ったことはないけど、

王都から馬車で三日ほどかかるはず。

そういえば、父様が公爵家の当主になる話をするために行った時、

すぐに帰ってきたのを思いだした。


ふわっと身体が浮いた感じがした。

たくさんの精霊たちが馬車を持ち上げている。

このまま空を飛んでジラール公爵領に向かう?

少しだけ怖いと思ったけれど、ルシアン様が抱き寄せてくれる。


「大丈夫、心配いらないよ。

 叔父上はいつも国を出るまでこうして空を飛んで移動するんだ。

 精霊たちも慣れているから」


「いつも?」


「俺は存在していないことになっているからな。

 ジラール公爵家に出入りしているのを見られないように」


「あぁ、そういうこと」


死んだことになっている父様が出入りしているのを見られたら困る。

その存在を王家や精霊教会に知られないように、

出入りする時は空を飛んで本宅へ。


表屋敷にはルシアン様のお母様が住んでいた時もあるし、

馬車で普通に戻ってくることは難しかったんだろう。


それから数時間後。

馬車はジラール公爵領の屋敷の前についた。

屋敷の玄関前にはたくさんの使用人たちと、

ルシアン様のお父様が笑顔で待っていた。


「おかえり。やはりこうなってしまったんだな」


「兄上、仕方ないだろう?」


「ああ、ノエルを責めているんじゃない。

 やはりどうしようもない国王だったということだ。

 父上と母上もしょうがないと言ってくれるだろう。

 さぁ、中に入って。詳しい話を聞かせてくれ」

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