第33話 夜会の後

客室に閉じ込められた時には焦ってしまった。

何かあれば精霊の力を使うように言われていたけれど、

鍵を開けても廊下で待ち構えているかもしれない。


下手なことをすれば、逃げ出せないだけでなく、

精霊の力を使えることまで知られてしまう。


精霊たちを呼び寄せたのはいいけれど、

どう使うか迷っていたら、ドアが開いて令息が入ってきた。

見たことがあると思ったら、婚約者選びの時に会った、

オスーフ侯爵家のカルロ様だ。


「ふふふ。待たせてしまったみたいだね。

 あの時はふられたけれど、仲良くしようね?」


うれしそうに笑うカルロ様に、これはまずいと思った。

だけど、逃げようにも寝室しかない。


とっさに思いついたのは精霊に隠してもらうことだった。

寝室に逃げ込むと同時に姿を消してもらい、

入り口付近の壁際に立って隠れていた。


姿を見えなくしたとしても、触られたらわかってしまう。

何もない壁なら、探そうとはしないだろうから。


カルロ様が寝室のあちこちを探しているうちに、

ドアを開けて逃げようとしたけれど、鍵がかけられている。


カルロ様があきらめて出ていくのを待つしかない。

そう思っていたら、近衛騎士と女官が入ってきて騒ぎ始めた。


その後ろからルシアン様が入ってきたのを見て、

もう大丈夫だと安心できた。


一足先に廊下に出て、馬車へと急いだ。

途中、人がいない場所で姿を見えるようにしてから馬車に戻り、

ルシアン様が戻るのを待つ。


「大丈夫だったか?」


「はい!問題ありません!」


「それならよかった。帰ろうか」


「はい!」


心配そうに聞かれたけれど、何もされていない。

あのまま姿を隠さないでいたら、何をされたかわからないけれど。


「あれは何だったんですか?」


「ああ。あの三人は協力してニナを襲おうとしていたようだ」


「それはなんとなくわかりましたけど……」


カルロ様が女好きで愛人がいるのは知ってるけど、

私を襲うような人には見えなかった。


「ニナが浮気しているところを俺に見せたら、

 婚約破棄をして公爵家から追い出すとでも考えていたんだろう」


「カルロ様はどうしてそんなことを?」


「企んだのはカルロじゃないな。気がつかなかったか?

 あそこにいたのはカミーユ王子とオデットだぞ」


「……え?カミーユ様とオデット!?」


それって、近衛騎士と女官の二人?

言われるまで気がつかなかった。


というか、部屋に入るなり騒ぎ出してたけれど、

私は外に逃げるのに必死で、顔なんて見ていない。


「王宮内で近衛騎士と女官の制服を着てうろついていたんだ。

 牢に入れて調べるように言ってある。

 ついでにカルロ様も」


「牢に……王子なのに大丈夫ですか?」


カミーユ様とオデットに恨まれているかもしれないとは思っていた。

だけど、そんなことをしたらよけいに大変なことになるって、

思わなかったんだろうか?


「自分でしたことの責任を取らせるだけだ。

 姿を消さないでいたら、ニナはひどい目にあわされていただろう。

 だから、気にしなくていいんだ」


「それはそうですけど」


「それよりも、この後のことはわかっているよね?」


この後……きっと母様がいなくなったことに、

国王と精霊教会が気がついて探しにくる。

ジラール公爵家が一番疑われるはずだ。


「私とルシアン様は表屋敷で過ごすんですよね?」


「ああ。準備はさせてある。

 本宅へ続く渡り廊下から先は見えないようにしてある。

 表屋敷をくまなく探せば、いないとあきらめるだろう。

 落ち着くまでは俺たちも本宅へは行けない。

 母上に会わせるのは少し後になる……我慢できるな?」


「大丈夫です。

 母様が安全な場所にいるとわかっているなら、

 今は会えなくても大丈夫です」


「うん、必ず会えるから。数日もすればあきらめるだろう」


「はい」


慰めるように私の頭をなでながら、ルシアン様は窓の外を見る。

……少しだけいつもと違う。

この後のことを心配しているんだろうか?


ジラール公爵家に着くと、表屋敷の二階に案内される。

そこにはルシアン様と私の部屋が用意されていた。


「え?部屋がつながっている?」


「一応は当主と夫人の部屋だからな。

 あとは、おそらく騎士たちが屋敷内をうろつくことになる。

 ニナを離すのは危険だ」


「私が何かされるかもしれないと?」


「俺には何もできなくても、

 ニナになら強めに尋問してもいいと思っているかもしれない。

 だから、絶対に俺から離れないように。

 そのために寝るときも離れないように続き部屋にしたんだから」


「そういう理由ですか。わかりました」


婚約して一緒に住んでいるのだから、

夫人の部屋にいてもおかしくないのかもしれない。


初めて入った部屋だけど、普段から使っているように見せるためか、

クローゼットの中にはドレスやワンピースがかけられていて、

引き出しの中には下着などもすべてそろっていた。


鏡台には使いかけの化粧品なども置かれていて、

本当にここで生活していたように見える。


「とりあえず、俺はデニスと話してくる。

 その間にドレスを脱いで着替えておいて」


「わかりました」


表屋敷の侍女たちが部屋に入ってきて、ドレスを脱がせてくれる。

湯あみの手伝いは一人でできるからと断った。

夜着の上にガウンを羽織って浴室から出ると、ルシアン様が戻ってきていた。


「先に休んでいていいよ。

 俺も湯あみしてくる」


「あ、はい」


そうか。ルシアン様も同じ浴室を使うんだ……。

なんとなく、いけないことをしてしまったようで落ち着かない。

見かねた侍女がソファへ座るように声をかけてくれる。


冷たい果実水を飲み干したけれど、やっぱり落ち着かなくて、

ルシアン様が浴室から出てくる前に自分のベッドにもぐりこむ。


眠れないかもしれない、そう思ったのは一瞬で、

初めての夜会の疲れがあったのか、眠ってしまっていた。


なんだか騒がしい……

窓の外から誰かが叫んでいるのが聞こえる。


「……ニナ、起きている?」


「はい」


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