第12話 歓迎しない訪問者

オデットがジラール公爵家に来たと聞いて、

何をしに来たのかと首をかしげる。


とりあえず先触れもなかったことで、

ルシアン様はオデットを追い返すことを決めた。


それはそうだ。

力のある侯爵家とはいえ、公爵家に先触れもなく、

当主でもない令嬢のオデットが訪ねてくると言うのはおかしい。

これを許してしまったら、ほかの貴族家からも同じようにされていいと思われる。


すぐに戻ってくるかと思っていたが、パトが戻ってこない。


「何か問題があったのでしょうか」


「何があったとしても、追い出せるよ。

 うちには私兵がいるから」


「ああ、そうでした」


ジラール公爵家には私兵がたくさんいる。

王家の騎士団から追い出された者たちを雇っているらしく、

騎士団に匹敵するほどの私兵がいる。


しばらくして、ようやくパトが戻ってきた。

いつも穏やかに微笑んでいるパトが疲れた顔をしている。


「戻りました」


「何の用だった?」


「ニネット様に謝りたいとのことでした」


「は?」


オデットが私に謝りたい?

あのオデットがそんなことを言うとは思わなくて驚く。


「謝るというのは、どれのことだ?」


「ルシアン様が知っているほとんどのことですね。

 バシュロ侯爵夫人と一緒にニネット様の名で買い物をしていたこと、

 お茶会などでニネット様の悪評を広めたこと、

 カミーユ王子との仲を邪魔したことなどを言っていました」


「……本当にオデットが謝ったの?」


「いえ、ニネット様本人に謝りたいとのことで、

 謝罪の言葉は聞いておりません」


「……そうなんだ」


それを聞いて、本当にオデットらしいと思った。

伝言であっても、使用人に対して謝るようなことは絶対にしないだろうから。


「バシュロ侯爵令嬢は帰ったんだな?」


「一応は帰ったのですが、また来ると」


「先触れをしろと言ったか?」


「はい。それは最初にお伝えしました」


「では、先触れなく来た場合は門の外で追い返していい」


「わかりました。そのように指示いたします」


その時はそれで終わったとほっとしたけれど、

バシュロ侯爵家の家紋が入った封筒でお伺いが来た。

私に会いたいので訪ねていくと。


「どうする?

 いずれ、試験を受けに学園に行くことになる。

 どうせ会わなくてはいけないのなら、ここで会って話したほうがいい」


「そうですね……謝りたいというのは信じてませんが、

 これを断ってもまた来そうです。

 侯爵家の紋があるということは、オデットが勝手に来ているわけじゃないんですよね」


侯爵家の家紋入りということは、侯爵が認めている。

オデットだけで考えた行動でないのなら、何かしら思惑があるのだろう。


「そうだな。侯爵が後ろにいるのなら、断らないほうがいい。

 まだニネットは侯爵家に籍がある。

 下手に断り続けると陛下に呼び出されることになるだろう。

 そうなれば、侯爵家に帰るように命じられるかもしれない」


「それは……嫌です」


ここで過ごすのが快適すぎて、もう二度と侯爵家には行きたくない。


「わかりました。次にオデットが来たら会います」


「では、俺も一緒に会おう」


「ルシアン様も?」


「ああ。俺も一緒なら下手なことは言わないだろう。

 それに義妹とはいえ、敵のようなものだ。

 何かあったらすぐに守れる場所にいさせてくれ」


「ありがとうございます」


今までオデットに暴力をふるわれたことはない。

だけど、これからもそうかはわからない。


オデットは敵のようなもの。

一度も会ったことがないルシアン様でさえそう思っているのなら間違いない。


オデットと会うと決めた日、時間通りに公爵家に着いたオデットは、

表屋敷の応接室で二時間待たされていた。

何を企んでいるのかはわからないため、

オデットをイラつかせて、本性を出させるのが目的だった。


「では、そろそろ行くか」


「はい……」


「どうかしたか?」


「いえ、ドレスが着慣れなくて。

 少し歩くのが大変で」


「ああ、歩きにくいか。

 俺の腕に捕まって」


「はい」


差し出されたルシアン様の腕に手を添え、少し寄りかかるようにすると歩きやすくなる。

用意されたのはオデットがお茶会に着ていくようなドレスだった。


だが、布もレースも高級なのが見てわかるくらい、

オデットが買っていたものよりもずっといいドレス。

これを見ただけでもオデットの機嫌は悪くなりそうだと思う。




久しぶりに本邸の外に出る。

渡り廊下を抜けて表側に抜けると、世界が色あせて見える。

精霊のいない世界。


「少し待って」


「え?」


ふわっとルシアン様の匂いが身体を抜けた気がした。


「髪と目の色を戻しておいた。

 まだ精霊の愛し子だとは知られないほうがいい」


「あ、そうですね。謝罪どころではなくなりそうです」


精霊の力を借りて偽装してくれたらしい。髪を見ると茶色に戻っていた。

オデットに銀色の髪で会ったら、

それだけで騒がれて会話にならなかったかもしれない。


今、ルシアン様は精霊術じゃないのに力を借りた。

精霊の愛し子じゃなくても、祝福があれば力を使えるらしい。

自分以外の者が精霊に力を借りているのを初めて見た。


とはいえ、今はそれを話している場合じゃない。

ルシアン様に手を引かれ、表屋敷へと入る。


応接室のドアを開けると、疲れ切った顔のオデットが座っていた。

私を見て駆け寄ろうとして私兵に止められる。


「離して!」


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