第7話 公爵家
公爵家の馬車の前まで来て、なぜかルシアン様の動きが止まる。
それを見て、公爵家の護衛たちも不思議そうにしている。
「……あの?」
「あ、すまない。これから屋敷に戻るのだが、
馬車の中で二人きりになってしまうのが嫌であれば、
俺は御者席に乗ろうと思う」
はい?あぁ、馬車の中で男女が二人きりなのはふしだらとか?
でも、婚約している相手ならよかったはず。
「気にしません。
それにルシアン様とは婚約するのですよね?」
「あ、ああ」
「では、問題ないと思います」
「そうか」
手を借りて馬車に乗ると、ルシアン様も向かい側に座る。
公爵家の馬車は王家の馬車と同じくらい大きくて、
座り心地はこちらのほうが良さそう。
馬車が動き出したので窓の外を見ていたら、なぜか視線を感じる。
「……なにか?」
「ニネットはカミーユ王子と婚約していたんだよな?」
「ええ、つい最近まで」
「こんな風に二人きりで馬車に乗っていたのか?
もう少し警戒したほうがいいと思うぞ」
「いえ、カミーユ様と一緒の馬車に乗ったことはありません。
というか、男性と二人で乗るのは初めてです」
カミーユ様はオデットと一緒の馬車に乗ることはあったようだけど。
私とは一緒に乗るような事はなかった。
義父である侯爵とでさえ、侯爵の秘書が一緒だったし、
考えてみたら男性と二人で乗るのは初めてだ。
「そうか……勘違いしてすまない」
「わわ、気にしないでください!」
勘違いだとわかったからか、ルシアン様は頭をさげた。
まさか公爵令息に頭を下げられると思わず、驚いてしまう。
この人、本当に貴族なんだろうか。
今まで会った貴族とはまったく違うことばかり。
「今までこうして二人で乗ることがなかったというのに、どうして。
初対面なのに俺を信用してくれたということか?」
「それは、まぁ。ルシアン様は精霊が見えてますよね。
だったら、不用意に何かすることもないと思いますが」
違いますか?と聞けば、ようやく納得したようだ。
「そうか。精霊の祝福を受けているのがわかったから、
俺との婚約を承諾したのか」
「それもあります。どの候補も初対面でしたので、
精霊に気に入られている人なら少しは信じてもいいのではと思いました」
「はぁ……そうだよな。
初対面で婚約者を選ばせるなんて本当に何を考えているのか」
「カミーユ様との婚約の時は会いもせずに決まりました。
だから、会って選ばせてもらえただけありがたいと思います」
貴族令嬢の婚約なんてそんなもの。
当主同士の話し合いで決まるのがほとんど。
とはいえ、会わずに決めるというのはさすがにめずらしいか。
いくら政略結婚とはいえ、仲が悪すぎたら意味がないから。
「今まで侯爵家では苦労してきたようだな。
公爵家ではそんなことは起きないから安心して欲しい」
「ありがとうございます」
国王が読んでいた報告書、ルシアン様も読んだのかな。
オデットたちと暮らさなくて済むだけでもほっとするけど、
この人が安心して良いというなら大丈夫な気がした。
だって、私の周りにいる精霊がルシアン様を警戒していない。
侯爵家やカミーユ様の前ではいつも苛立って私を守るようにしていたのに、
精霊たちは休むようにあちこちで寝そべっている。
こんなに気を抜いている精霊を見るのは久しぶりだ。
王宮から遠くないのか、それほど時間はかからずに公爵家へと着いた。
手を借りて馬車から降りると、広大な敷地に大きな建物が三つ。
門から入って右手と左手に同じような建物が二つ。
正面に一番大きな建物。これが屋敷かな。
「左は使用人棟、右は私兵棟」
「私兵がいるのですか?」
「公爵家はこの国で一番大きな領地を持っている家だ。
そのため、私兵を持つことを許されている」
馬車の周りの護衛も多いと思ったが、私兵だったらしい。
「正面にあるのが屋敷なんだが、うちでは表屋敷と呼んでいる」
「表?」
「ああ。客が来た時にもてなしたりするための屋敷。
実際に生活するのはこっちだ」
手を引かれてついていくと、屋敷の裏側に出る。
そのまま渡り廊下を歩いていくと、途中で止まる。
通路に棚が置いてあり、大きな呼び鈴があった。
「この先は精霊の祝福を受けた者しか入れない。
ニネット嬢もこちらで生活してほしいのだが……」
「なにか?」
「その偽装、解除されると思うがいいか?」
精霊教会で精霊術をかけられてこの姿になっているが、
それは私がしたくてしたわけじゃない。
精霊が見えるルシアン様が相手なら、隠しても仕方ない。
それに、愛人の子として蔑まれるのにも疲れていた。
自分でも解除しようと思えばできるけれど、
精霊教会から何か言われるかもしれないからそのままにしていた。
解除されてしまったのなら、仕方ないよね。
「解除されても平気です」
「じゃあ、行こうか」
数歩歩くと、うにゅんとした膜を抜けて、周りの空気が変わる。
そこはまるで違う世界に来たように見えた。
「……精霊がこんなにいる」
「みんな、ここに逃げてくるんだ」
今までこの国でこんなにたくさんの精霊を見たことはなかった。
学園や王宮にいる精霊は精霊術で酷使されるせいで、
弱っていたり消えかけていたりする。
そういう精霊を見たら保護して、
消えないように私の力をそっと渡していた。
ここにいる精霊たちはそんな必要はない。
色とりどりの光を放ちながら楽しそうに飛び回って遊んでいる。
ふと、近くにいた精霊たちが私の髪をひっぱって遊び始めた。
茶色だった髪があっという間に銀色に変わっていく。
「あぁ、やっぱり綺麗だな。髪と目が元の色に戻った。
ニネットは精霊の愛し子なんだな」
「……ええ」
精霊の愛し子と呼ばれ、一瞬身構える。
だけど、ルシアン様はそのことにはそれ以上ふれず、
屋敷のほうへと歩いていく。
「さぁ、ここが本邸と呼ばれるところだ。
ここは余計な者は入ってこれない。
使用人も信用できるものしかいない」
たくさんの木の中に埋もれているような屋敷だった。
家のあちこちから木が生えている。
中に入っても、外と空気が一緒だった。
精霊が好き勝手して、床にも転がっている。
ルシアン様が戻ったのに気がついたのか、
奥から使用人たちが出てくる。
「おかえりなさいませ、ルシアン様」
「ああ、戻った。今日からここに住むニネットだ。
女主人として大事に扱ってほしい」
「ええ、もちろんです。
ニネット様、使用人頭のパトと申します」
「ニネットよ。よろしくね」
代表で挨拶をした高齢男性は使用人頭らしい。
後ろに並んでいる使用人たちも頭をさげた。
「ニネットには侍女をつけてくれ」
「かしこまりました」
急に連れてこられたというのに、
使用人たちからは歓迎されているのを感じる。
私に用意された部屋は絵や置物などはなく、
落ち着いた感じで広くて使いやすそうだった。
「今日からは好きに生活していいから」
「好きにとは?」
「ああ。本邸にいる間なら警戒する必要もない。
外に庭や池もあるし、本邸内も好きに歩いてかまわない」
「本邸にいれば……学園は?」
「しばらくは休めばいいし、試験さえ受ければ普段は通わなくてもいいはずだ」
「いいのですか?」
「ああ。とりあえず落ち着くまでは行かなくていい」
本当に好きにしていいらしい。
その言葉通り、次の日は起きたら昼近くになっていた。
ゆっくり眠れたならいいさと笑うルシアン様と昼食を食べ、
午後は池の周りを散歩して過ごした。
庭は広く、元気な精霊たちと遊ぶのも楽しい。
この国に来て初めて警戒せずに過ごせるからか、
あっという間に一か月が過ぎていた。
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