第14話



朝から気合いが入っていた。




私は今日で、絶対に先輩と別れよう。





昨日…家で冷静に考えて、気づいたことがある。




先輩は…私の気持ちを知ろうとしてないってこと。




先輩の浮気を聞いた時の、私のショックがどれほどのものだったのか、先輩は知ろうとしなかったよね…




毎日のように、連絡は取ってたのに。




どれだけ傷ついたのか、嫌いになってないか?とか。




そんな話は一切せず、以前と変わらないやり取りだったよね、ずっと。




私が怒ったり泣いたりしなかったからかも知れない。




でも…




それにしても…




なかったことのようにスルーできるほどの、軽い出来事ではなかったはずだ。




私から別れを言い出さなければきっと、これからも続いていただろう。




私が許せば。

私が我慢すれば。

私がまた先輩を受け入れれば…




でも…そしたら私の心は…?




私は嫌なんだよ?

手もさわれないのに、またいつか、それ以上をするように戻るの?

体の拒否反応と同時に、気持ちもなくなってしまったのに、彼女を続けろと言うの?




原因を作ったのは先輩のほうなのに…




別れない!しか言わない先輩は、私の心をまるで無視じゃないか…?って気づいてしまった。




別れる意思が、強く固まる。




今日に備えて、昨夜は早く寝たし。




どれだけ強く引き留められても、今日は諦めずに別れてくれるまで粘ろう。




頑張れ、私。




(体が拒否反応する)

(拒絶してる)

(気持ち悪いと思ってしまう)




昨日は言わなかった酷い言葉達も、一応頭の片隅に用意しておく。




本当のことだけど、これを言ったらヒド過ぎると思って昨日は言わなかった言葉たちだ。




どうしても、ってなったら…使う…かもしれない。




[もうすぐ着くよ]




先輩からのLINEに、




[公園で待ってます]




返信してから玄関を出た。




公園はきっと子供達が遊んでいるから、本当は家がよかったんだろうけど。




もう…家には上げたくなかった。




揉めそうな予想もあったし。




外なら、先輩も少し冷静でいられるんじゃないかとか。




いざとなったら私はすぐ帰れるし、と思って。




ベターな選択だ。




公園のベンチで、先輩の到着を待つ。




数分して現れた先輩の顔が…生気を失っているのを見て、私の意思が揺らぐ。




明朗快活って言葉がピッタリのような先輩が…




充血した目にクマをつけて、沈んだ表情のままベンチに腰をおろした。




「…」




何も言わない。




昨日は私の言葉を遮ってまで、


「やだ!」

「別れない!」


と、わめいてたのに。




こんな小さくなってる先輩が痛々しくて、いきなり「別れて」なんて、切り出せなくなっちゃった…




どうしていいかわからず、お互い黙ったまま。




「なにか…あったかい物買って来るね…」




いたたまれなくなって、私はその場を離れた。




自販にお金を入れて、迷わずミルクティーを選ぶ。




先輩が好きなミルクティー。

2番目がカフェラテで。

なかったら、ココアでも大丈夫。




スッと出てくる先輩の情報に




私達…付き合ってきたんだよね…




ちゃんと…彼氏・彼女だったよね…




うまくいってた頃を思い出して、胸がチクリとする。




あのままなら、よかったのにな…




学校の自販で、先輩がミルクティーを買って。




半分くらい飲んでから、




「もう大丈夫」って、私に手渡す。




猫舌な私のためだ。




最初は、買ってすぐ渡された。




「先飲んでいいよ」って。




ボトルを持ったまま、なかなか飲まない私を不思議がっていたよね。




「熱いの苦手で…」




「アハハ、猫舌かぁ。オッケー」




私の手からボトルを取ると、グビグビ半分くらい飲んで。




「大丈夫。もうそんなに熱くない。」




これが私達のスタイルになった。




学食のカレーも。

ラーメンも。

丼物も。




先輩が先に食べてみて。




「こんなもんかな?」




って、口にパクッと入れられて。




「あつっ…」




って、二人で笑い転げる時もあれば。




「うんうん」って受け取る時も。




甘い物が好きな先輩が、私のチョコパンにかぶりついてきたり。

食べてるプリンを「ひと口くれ」って、あーんしたり。




お昼を一緒にしてた私達には、こういうエピソードがたくさんある。




野球の試合もよく見に行ったな。




寒がりの私に、いつも部活のウィンブレを貸してくれた。コートの上から着てもダボダボな、先輩の大きなウィンブレ。




雨の中、強引に自転車で登校した私に

「バカか⁈無理しやがって」ってせっせと全身を拭いてくれたこともあったね。




具合悪い時も。

うまくできなかった時も。




「どうした?大丈夫か?」




って、いつでもすぐ気遣ってくれたよね。




私を良く見ていてくれた証拠だ。




気にかけて、私の分まで注意を払ってくれていた証。




しっかりしてて、頼もしくて。

みんなに好かれてて、優しくて。

私には、さらにさらに優しくて。




ヒーローみたいな先輩。




そんな先輩に、大切に大切にしてもらって。




こんなにたくさんの思い出をもらって。




ずっと好きでいてくれたのに。




私は…





手放そうと…。

失くそうとしている…





ベンチに戻って、先輩のそばにミルクティーを置く。




「…ありがとう…」




先輩の小さな声が、かすれてる。




今日、初めて聞く声。




今までたくさん聞いてきた、先輩の声…




…ごめんなさい…




こんなに傷つけてしまって。




心の中で呟く。




好きでいられなくて、申し訳なく思う。




先輩と同じ気持ちが返せなくて、同じ優しさがあげられなくて…本当にごめんなさい…




悲しくて、切なくて、泣きそうになる。




…言えない。




やっぱり、言えない…




痛々しくて…別れを言い出せない…




さっき買った私のお茶は、口に含むと生ぬるくなってた。




開けないまま置かれてる、先輩のミルクティーもそうだろう。




時間だけが過ぎていく。




4月の明るい日差しを受けて、先輩のスマホについてるストラップが光ってる。




私のスマホにもついてる、ペアストラップ。




半分のハートになっていて、二つで1個のハートになるやつ。




ディズニーで、一緒に選んだよね。




キラキラ光るストラップを見つめたまま、先輩が小さな声で話し出す。




「…わかってる…俺が、原因…作ったんだって…戻れないって…けど…




そこからまた、長い長い沈黙。




隣にいる私にまで、心の痛さが伝わってくるよう。




昨日とは全然違う先輩を見た時から、なんとなく悟ってた。




先輩は、受け入れようとしてること。

その覚悟で、今日来てくれたこと。




でも…




簡単じゃないよね…




りょーかい、じゃあね。で、終わりにできるような、薄っぺらい付き合いじゃなかったはずだから。




私からは、もう言わない。




ここまできてるなら、あとは先輩が決めるのを待つしかできない。




会ってからのほとんどが、沈黙の時間。




それでも。




お互いの言いたいことはわかってる。




たぶん、結論ももう、決まってる。




でもそれが…




言えなくて、苦しくて、心がついていかない。




ただ、時間だけが過ぎていってしまうんだ…

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