第13話
⑬
やっぱり。
先輩は私を見つけるなり、嬉しそうに駆け寄ってきた。
笑顔を返そうとしても、私はもう上手に笑うことさえできなくて、目をそらす。
こんなんで…1日デートなんて絶対無理だ…
会ってすぐ振るなんて、酷い気がするけど…
でも。
本心を隠して彼女の振りを続けるほうが、もっと失礼だと思うから。
つなごうとしてきた先輩の手を、私はつかまなかった。
宙ぶらりんになった先輩だけの手。
えっ?って表情。
とてもとても悪いことをしているようで…
すごく傷つけてるようで…
罪悪感で潰れそうになる、けど…
正直な気持ちを話すしか…ない…
「…ごめんなさい…この前の…話、から…あれから…どうしても、ダメで…もう…どうしても…ごめんなさい…」
先輩は一瞬キョトンとして、それからみるみる青ざめていった。
「…えっ…⁈だってマイ、なんとも…普通に映画みて、ご飯食べて…」
「…ごめんなさい…無理して頑張ってたの…
衝撃すぎて…どうしたらいいかも、わからなくて…普通に振る舞うしか…」
「…えっ、ちょっと待って…謝るから…俺が本当に悪かったから…」
「ううん、ごめんなさい…私が勝手に…もう…どうしても無理に…」
「やだよ⁈絶対やだ。怒っていいから。殴ってもいいから。無理とか言わないでよっ」
「…そういうんじゃ…怒って大丈夫になるっていうんじゃなくて…」
「別れない!いくらでも謝るから。俺は絶対、別れない!」
こんなやり取りを、もう1時間もしてる。
別れるって…こんなに労力が必要なんだと初めて知った。
もう、触れられたくないのだから、付き合っていくのは無理。
でも…
何度言っても、1時間話しても、別れてくれない。
どうしたらいい?
どうすれば、終わりにできるの?
頭も体も疲れてきて、諦めの気持ちが勝ち始めてる。
とにかくこの場を終わりにしたくて、
「…今日は…帰らせて?…明日…また来るから…」
「やだよ、まだ終わってない!明日なんて、どうなるかわかんないじゃん!来ないつもりだろ⁈」
興奮してる先輩の大きな声が、さらに私の体力を奪う。
「…本当に来るよ、約束する。明日もう一回ちゃんと話そう…?」
「じゃあ、迎え行く。マイんち行くから。でも俺は、絶対別れないから!」
先輩の強い声に頷いて、今日は解放してもらった。
ハキハキしてるしっかり者の先輩は…
こんな時も、やっぱり強いんだね…
大きな声で真っ直ぐと、自分の意思を貫こうとする…
やだ、別れない!
絶対別れない!の一点張りで。
…もう…手もつなげないくらい、私の体が拒絶反応してるのに…
それでも強引に繋ぎ止めようとする先輩に、私の体力はすっかり削がれてしまって…
とにかく先輩から離れたい…と思った。
…高校の頃は、毎日一緒にいたのにな…
明るい先輩の話にたくさん笑って。
みんなに羨ましがられながら、堂々と手をつないで帰った。
かじりかけのパンに食いついたり、同じストローで飲むのだって、全然平気だったのに。
…こんなこと、あるんだね…
生まれてしまった嫌悪感は、どうやっても消せないものなんだね…
順調に見えてた私達が、いま…別れ話でモメてるなんて。
流されるまま生きてきた、意思のない私から別れ話が出るなんて。
先輩も、ビックリしたんだろうな。
マイに別れる度胸なんてない、くらいに思ってただろうし。
私から言い出すなんて、ないと思ってたよね、きっと。
それでも。
流されることは、もうできない。
明日もう一度、しっかり言おう。
明日で、本当に終わりにしよう。
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