ヒロ側①
第11話
⑪
[ヒロ側①]
マイの存在は、ヨッシーからよく聞いていた。
バイト先で、仲良くなった子がいるって。
かわいくて、めちゃくちゃいい子なんだ、と。
でも彼氏いるからな〜。紹介はできねぇわ、なんて…女っ気のない俺に嫌味ったらしく言ってたっけ。
…いらねぇし。
その頃は。
頻繁にヨッシーが話す、マイのエピソードを適当に聞き流してた。
会ったこともない女子高生に、興味なんか湧くはずもなくて。
俺はずっと男ばっかの環境にいたし。それが居心地よくて、満たされていたから。
デジタル系が大好きな俺にとって、同じような奴がいっぱいいる大学は、この上なく楽しいし、知らない情報を得られたり、わからないことは教えてもらえたり…メリットだらけだ。
仲間がいて、自分の車があって、夢も、それを語る環境もそろってる。
こんな充実した毎日で…たぶん恋愛感情に乏しい俺は、彼女を欲しいと思うこともなかった。
だいたい、女の子…面倒くさいしな…
男三人兄弟で育った俺はきっと、女の子の扱いが苦手なんだと思う。どうすればいいかわからない。
一応、彼女ってものがいたことはあったんだけど。
告白されて、わけわかんないうちに…一年くらい?まぁ、付き合っていた、彼女は。
別れ際に散々文句を吐いて、去っていった。
高3から通い始めた予備校で知り合った彼女。
同じくらいの成績だった俺らは、励まし合いながら、助け合いながら、受験を乗り切って、お互い希望の大学へ入学した。
受験生の頃は、お互い受験優先って考えだったから、デートらしいデートもしたことなかったけど。
大学生になって、初めて本当の彼女を知ることになる。
俺の中で、当たり前と思うことが…できない。
常識がなってないと言うのかな。
二人でいる時、ばったりうちの母さんと鉢合わせしてしまって。
彼女いたのね?って、嬉しそうに笑顔を向ける母親を前に。
ニコリともしない。
母親のほうから挨拶されても、無言でペコリとしただけで。
…嘘だろ…?
今までも、ちょこちょこ、気になる部分はあったんだ。
それでも…母への態度は想像を超えていた。
彼氏の母親にニコリともせず。
お店の店員には、高圧的な態度で。
注意すれば、倍くらい返ってくる。
頭いいからなんだろうけど、理詰めで攻撃的。
自分の否は認めないくせに、こちらの反発には感情むき出しで隅々まで突くんだ。
勉強さえしていれば、成績さえ良ければ…って家庭だったそうで、勉強に必要ないことは何もせずに育ったらしく。
イヤだな、って思う時もあったし、マジかよ…ってひく時もあったけど。
俺が細かいんかな…
女の子って、こういうもんなのかな…
って、目をつむってきた。
そこまでして、付き合い続けられたのは、彼女との会話が楽しかったからだ。
俺の知らない世界を、たくさん知っている。
議論したり、意見を出し合ったり。
勉強になることも多いし、俺が言おうとしてた答えが先に返ってきたりするから。
「そうそうそう!」って、わかってもらえた喜びが爆発して。
まさに、打てば響くってやつ。
頭のレベルが、答えに辿り着くプロセスが、同じなんだと思う。
だから、別れは考えていなかった。
こんな楽しい時間を失くすなんて、もったいないとさえ思っていたんだ。
けど、彼女は違った。
頭は良いけど、他の部分が俺とは異なるから。
一緒にいても、せっかちな俺がサッサと歩いて行ってしまうこととか。
無駄を省きたい俺が、先のその先まで読んで、勝手に動いてしまうとか。
彼女を優先しないとか。
何でも一人で決めてしまうとか…
ま〜、次々と…出るわ出るわ…
別れの時に、そんな言う?ってくらい。
これでもう会わないなら、もう言わなくて良くね?って…ムカムカを抑えながら聞いてた俺。
…懲りた。
本当に、懲りたわ。
疲れるだけで、イライラするだけで、彼女を作るメリットなんて一つもない。
同じように話せる男友達がいれば充分だわ。
バイト仲間の女友達に告白されたこともあったんだけど…
いい子なのは、知ってんだけど。
いや…好きとか、彼女とか…俺にはうまくやれそうもないし…
無理だ…って尻込みして。
結論。
俺は、男の中が向いてんだと思ってる。
女の子と遊びまくってるヨッシーを、
「労力、すげぇ…」
呆れながら見てる。
根は真面目な奴なんだけどなぁ。
格好いいから、モテちゃうんだよな。
それをそのまま、受け入れるから。
彼女なのか、遊びの女なのかわかんないようなのが、取っ替え引っ替えだったな、ずっと。
それが変わったのが、大学2年。
飲み会で知り合ったらしい彼女に、夢中になったヨッシー。
今までを知ってる俺らがひくほどの変わり様で。
確かに、な…
綺麗な子だよ。
ヨッシー好みの、パッと目をひく華のある子。
芸能人かよ、っていうのが、俺の第一印象だけど…これで、1コ下⁈とも思ったのは事実。
ヨッシーは、周りの声なんか聞こえない程のハマりようで。
いい奴なんだけど…
格好いいし、面白くて、めちゃめちゃ優しいんだけど…
惚れっぽいんだよなぁ。
見る目、ないんだよなぁ。
俺が言える立場じゃ、全然ないんだけども。
そんなヨッシーは、彼女を見せたくて仕方ないらしく、大学にも連れてくるし、俺らとの交流も持とうとする。
別にいらねぇんだよ、と何度も断わるけど、たまにはな…付き合ってやるか、って、実現したのが、あの飲み会。
そう、マイと出会うことになった、コンビニ集合の、あの飲み会だ。
マイを初めて見た時、
(…出た…)
と思った。
(見つけた)と…
一目惚れなんて、ありえないと思ってた俺。
だってそうだろ?
そんなの結局、顔だけじゃん。
見た目だけで、どこをどう好きになんだよ⁈
って、全く理解できなかったのに。
…違ったんだ。
一目惚れって…
見た目だけじゃない。
その人の持つ雰囲気だったり。
纏ってる空気だったり。
そういうのに、魂ごと持っていかれる感覚。
マイと会った瞬間…
磁石のように引き込まれた俺。
マイを包んでる空気がなんとも心地良くて、穏やかな笑顔も、丁寧な動作も、柔らかい話し方も…なぜだろう…なんか、凄く凄く安心する。
どれをとっても、好きだ、と思ってしまった。
たぶん、凄くおっとりした子で。
俺とは正反対。
すべてのペースがゆっくりだ。
それなのに。
困ってる人にはすぐ手を出せる。
相手が何を必要としてるのか、ちゃんと見えてる。
遅刻してきた奴のおかげで、30分もコンビニで待ってた間に、ずっと見ててわかった。
周りを不快にさせない、ちゃんとした子だと。
話しかけると、ふわっと笑う。
何を言っても、柔らかい声で、肯定的な言葉を返してくれる。
もう行くぞ!とヨッシーが呼ぶけど、俺、このままこの子と喋ってたい…
そう思った。
「また話そう」
せめて、次に繋がれば…
そう言い残して店を出たけど。
店を後にしてからもずっと、マイのことばかり考えてる。
飲み会なんか、どうでもよくて。
さっきの、ふわりとした笑顔を。
大きな、優しい瞳を。
思い出しては、幸せな気持ちで満たされる。
家に帰ってからも、ずーっとそんな調子で。
かわいかったなぁ。
肌キレイだったなぁ。
声もかわいかったなぁ。
…なんて。
ずーっとマイのことを考えてしまっている。
そのたびに…いやいや…ダメでしょ…
自分で気持ちを打ち消す。
ダメに決まってる…ってか…ダメってなにがだよ?
…頭の片隅に残ってる、冷静な自分と、自問自答を繰り返してばかりだ。
一目惚れ否定派の俺が⁈
いやいや、彼氏いる子だし…
やめとけ、やめとけって。
言い聞かせてる自分と…
何も手につかなくて
やべぇな…
どうしよう…
認めたくない自分がいる。
けど…
頭から消えない。
また会いたいと、強く思ってしまう…
…美化し過ぎかもしれないしな。
もう一回会ったら、やっぱ思ってたのと違ったわ…って、あっさり冷静になれるかもしれない。
そんな期待をして、もう一度、彼女に会いに行ってみようと思った。
ヨッシーに探りを入れて、マイのシフトを聞き出す。
…明後日か。
よし!
明後日、俺はあのコンビニに行こう。
そこでもう一度、自分の胸に聞いてみよう。
…そのつもりだったのに…
…明後日を、心待ちにしている自分がいる…
(明後日、会える…)と。
ドキドキしてる胸に、ため息が出る。
…やばい…会えるってなんだよ…
ドキドキしてんじゃねぇかよ、オレ…
…行かなくても…もう…結果、わかってんじゃん…
はぁぁぁ〜…
気持ちを自覚したら、急に怖くなってきた。
会ったら、さらに好きになってしまわないだろうか?
諦めるどころか、もっと気持ちを持っていかれたらどうすんだよ…
やっぱり…
行かないほうがいいんじゃないか…?
これ以上、頭を支配されたらもう…戻れなくなる気がする…
迷いながら、それでも、会いたい気持ちが勝ってしまって。
平静を装って、コンビニのドアを押したんだ。
レジにいたマイは。
俺の脳裏に焼き付いてるままのマイで。
俺の胸を支配してる笑顔、すっかりそのまま俺に向けてきた。
覚えててくれたんだ!
飛び上がるほど嬉しいけど、気持ちがバレないようにしないとな。
警戒されたら、これ以上、仲良くなれない。
雑誌を読むフリをして、呼吸を整える。
落ち着け…俺…
マイを見た途端、俺の中で、諦めのような覚悟が決まった。
…この気持ちと、共存するしかないって。
彼氏がいる子に、告白するわけにはいかない。
でも。
なかったことにするのは、無理だ。
もう…簡単に消えるレベルじゃない…
友達でも、お兄ちゃんでもいいから。
とにかく、マイと繋がりたいと思った。
さぁ…どうすっかな…
この前の続きから入って、話しながらチャンスを探すしかねぇよな…
雑誌とドリンクを手に、レジへ向かってみる。
なんだか、前回よりおとなしい印象のマイ。
ちょっと…やつれたか?
疲れてるような、悩んでるような顔。
俺の庇護欲がうずく。
どうした、どうした?
少しでも気持ちがラクになればいいと、明るい声で、いろんな話を振ってみる。
はい、しか言ってくれないけど、これで少しでも、マイが話しやすくなってくれればいい。
言いたそうなのに、なかなか言わないマイはきっと、深刻な悩みでもあるんだろう。
マイの役に立てるなら、いくらでも話聞くよ?
やっとマイから言い出したのは、俺にヨッシーの相談をしたいと言うことだった。
あんな深刻な顔で相談って…
ヨッシーを好きになっちゃったってことじゃないだろうか…
ヨッシー、モテるしな。
マイが落ちても、そりゃわかるけど。
ヨッシーには彼女がいる。
マイにも彼氏がいる。
それなのに、好きになっちゃってどうしよう…
って相談なら…
俺はどうしたらいい?
やっと見つけた、この気持ちを。
こんなに考えてばかりいてしまう、マイのことを。
ヨッシーに取られるのか?
いや、別にヨッシーのものではないんだけど。
心臓を掴まれたように、ギュとなる。
イヤだ。
マイは…マイだけは、取られたくない…
マイにとっては俺なんて、視界にも入ってないだろうけど。
友達としてでもいいから、マイとずっと…
ヨッシーの相談話を機にどんどん距離が縮まって。
LINEを教えてもらったから、友達の顔して俺は頻繁に連絡した。
マイは…
誘えば応じてくれるから。
彼氏の気配も全く出さないし。
罪悪感が片隅にありつつも、会いたい気持ちに勝てず。
友達の顔して会って。
LINEして、電話もして、また誘って…を繰り返す。
こんなの良くないってわかってはいるけど。
彼氏いる子だよ?って、自分でも突っ込みたくなるけど。
やめられなかったんだ…
マイに会うたび、強くなってく想い。
マイを知るたび、どんどん好きになる。
せっかちな俺と、おっとりなマイなんだけど。
真逆なんだけど。
嫌だと感じることが同じだったり。
いいなと思うものが同じだったりする。
居心地が良くて、楽しくて、幸せで。
会えば会うほど、手放せなくなってく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます