高校生

第1話



「あ~ぁ、時給もっと上がんねぇかなぁ~」




「深夜は?時給いいじゃない?」




「ダメダメ。そしたらマイと一緒にバイト、できなくなっちゃうじゃん。」




「ふふっ。そうだよね。」




「だろ〜⁈オレめっちゃ楽しいもん、マイと一緒に入んの。」




そう言ってヨッシーは、私に笑顔を向ける。




(…イケメン…だよなぁぁ〜)




黙ってるとキツそうな顔してるのに、笑うと、こんなにかわいいって…




(…反則級だよ?その顔)




モデルさんみたいにスラっとしてるし、オシャレだし。

チャラチャラして見えるけど、実は近くの国立大に通う高学歴。

話すほど、わかる。

知識が豊富で話がうまいもん。

それなのに、どんくさい私を見下したり、急かしたりしないで、むしろ、助けてくれる。




このコンビニでのバイトは、私のほうが少し先輩なんだけど、ヨッシーは仕事をすぐに覚えて、あっという間にできるようになっちゃった。




それでも、

「マイのほうが先輩なんだから」って、立てるところはちゃんと立ててくれるし。




うちの店長、男性ばかり雇いたがるんだよね。

「男のほうが気を使わなくてラク」って言って。

「深夜勤務も心配しなくていいし」って。




それはわかるけど…いっつも、年上の男の人と働くことになる私は気を使ってしまう。




私のお兄ちゃんと店長が幼なじみだから、店長にとっても私は妹みたいな存在で。

なんか…便利に使われてる感。




最初は店長の奥さんがお店に出てたんだけどね。赤ちゃんができてから、お店に出なくなって。




「困ってるから、行ってやれ」って、いきなりお兄ちゃんの車で連れて来られたんだよ⁈




そのまま、もう1年近く続いてる私って、えらいんじゃないかと思う!




新しいバイトが入ってくる時はいつも私とシフト組ませるし。

「今日から新しいの来るから頼むな〜」って。




ヨッシーの時もそう。

また男の人かぁ…5つも上かぁ…とガッカリしながら品出ししてたら、




「代わります」って、ヨッシーが私の手からパンを取った。




品出ししながらも、ちゃんと店内を見ているらしく、私にちゃんと必要なサポートをしてくれる。




…デキる人なんだな、とても。




半日一緒に働いただけでわかる。

周りが見えてるし、今何が必要か理解してる。賢くて器用なんだと思う。




怖いくらいのキリッとした見た目どおり、テキパキした、強めな人なんだろうな。




…私が1番、苦手とするタイプだな…




自他ともに認める、超のんびり屋の私は、素早い人が苦手だ。

強い人も、テキパキこなせる人も。




(待たせたら悪い)って焦ってしまうし、

(鈍くさ…)ってイライラしてるんだろうなって、萎縮してしまうから。




ヨッシーにもそんな警戒心があって、私からはなかなか話しかけられなかった。




いったん仕事が落ち着いて、ポツンとレジに立った私にヨッシーが近づいてきて、




「あいさつが後になっちゃったんですけど。

よろしくお願いします。いろいろ教えてください。」って、ペコッて45度に折れ曲がったまま、顔上げないの。




「あ、こちらこそよろし…え…え?ちょっと…あのっ…顔、上げてください」




動揺する私に




「敬語やめてくれる?あと、下の名前教えて」




って、顔を上げてニィ〜っと笑ったヨッシー。




ヨッシーは、グイグイくるタイプで。




そのおかげで、私達はどんどん仲良くなっていけたんだけど。




仲良くなっても、いまだに慣れないところがある。




ヨッシーの綺麗な顔だ。




1日中、二人勤務のことも多いし、バイトのメンバーでご飯やカラオケに行くこともある。




ヨッシーと、けっこうたくさんの時間を一緒にいるけど、いつ見ても「イケメンだなぁぁ…」と感心してしまう。

モデルや俳優さんみたいな格好よさ。

華があるってやつ。




口は悪いんだけどね。

ひどいことも言うんだけどね。




「マイって、同じくらいの年だと思ってた。」とか、真顔で言うし。

失礼じゃない⁈5つも下だよ⁈




…まぁ、確かに私…制服着てないと、高校生には見られないことが多い。

いつも、上に見られてしまうんだよね。




口の悪いヨッシーいわく、

「なんなんだ!?その、みょ~な落ち着きは??」




…って…そんなこと言われても…




落ち着いてるっていうより、動きが遅いからなんだろうなぁ、たぶん。




彼氏は、

「マイは穏やかで優しい」って言ってくれるけど…鈍臭くて、気が弱くて、何やってもうまくできなくて…私は、自分で自分があまり好きじゃない。





スポーツ推薦でうちの高校に入ったという2個上の彼氏は。

なんだか、校内にファンクラブができてしまうような人気者で。

何しても目立つし。

いつもキャーキャー言われてるし。




なんで私なんかと付き合ってるのか、自分でも理解不能。




ほんと…私なんかのどこがいいのか…




本当に謎。




「でさでさ、最近、彼氏とどうよ?」




お客さんのいない時を狙って、楽しそうにヨッシーが聞いてくる。

ヨッシーは、こういう話が大好きだ。




ヨッシーとは逆に私は…

自分から話さないなぁ、彼氏のこと。




「どう、って…」




「ラブラブエピソードないのかよ。格好いいんだろ?大好き~!って、のろけてもいいぞ?」




「え〜、そんなのないよ~。」




「まぁまぁ、遠慮するなって!ほれ、言ってみ?彼氏自慢」




「ないない」




「ないことないだろー⁈めっちゃ有名な彼氏らしいじゃん?みんなの憧れ、って西田くんに聞いたぞ!」




西田くんは、同じ高校のバイト仲間だ。




「あー、西田くんとシフト一緒だったんだ?面白いよね〜、西田くん」




「おい、話そらすなよ?西田くんはいいんだって。マイの彼氏の話!」




「え〜別に…」




「別にぃっ⁈毎日一緒なんだろ?同じ高校なんだからさぁ!毎日どうなの⁈って話よ」




「どうも…なにも、ないです」




「ないって…マジで言わないつもり?」




「いやいや、言うような話がないもん」




「…ほんっと、マイって言わないよなぁ。も〜やばいよマジで…絶対おかしいから!」




「え、なんでよ〜。おかしくない〜」




「いやいやおかしいって。高校生なんて、頭ん中、恋愛のことばっかだから!」




「ふふっ、そんなことないよ〜」




「そうなんだって!俺なんか、モテたいとかヤリて〜とか、そんなことばっか考えてたのに」




「えっ、そうなんだ〜。ヨッシー充分モテるのに。」




「おかげさまでね〜。って、いや、そういうの、もういらねぇんだ」




「そうだね。彼女さんいるしね。」




「そう!マジでさぁ〜。こんな変わるとは自分でもびっくりだよね。今はもう、彼女さえいれば、他どうでもいいわ。」




そうなんだよね。

ヨッシーは彼女さんのことが大大大好きで。




こっちまでニヤけてしまうくらい、幸せそうに彼女さんとのことを教えてくれる。




「かわいいんだよなぁ。ツンデレなとこがまた、かわいいんだよなぁぁ」




「うんうん」




こんなに愛されてる彼女さんは、とても幸せだろうな。




「めちゃめちゃかわいいから、先に就職されんの怖いんだけどね…」




「あ、そっか…専門学生だったよね?そっか、もう就職か…」




こんなに大きな愛があるヨッシーと彼女さんなら、どんな状況になっても続いていけそうだけどな。



「出会いが増えるよなぁ〜。今みたいに、いつでも会えなくなるよなぁ〜。…はぁぁぁ〜、ヤダなぁぁ…」




そっか。そうだよね…




メイクやネイルが好きだという彼女さんは、美容関係に就職する、と、前にヨッシーから聞いていた。




ネイルサロンとかかな?

化粧品のお店とかかな?




どちらにしても、土日も仕事だよね、きっと。帰りも遅かったりするのかな…




大学生と休みが合わないと、なかなか会えなくなっちゃうのかな…




「あれ?マイの彼氏ももう卒業じゃん?大学、一人暮らしって言ってなかった?」




「そう。一人暮らししてみたかったみたいで」




「そっかぁ。まぁ、出てみたいよなぁ。俺も一人暮らしだからわかるよ。自由だもん。あ、そしたらマイ、行きたい放題じゃん。」




「そうだね」

うちは全然厳しくないから、先輩の所へ泊まりに行くと言っても大丈夫だとは思う。けど、毎日一緒に過ごした高校に、もう先輩がいないのかと思うと、不安になる。

私はずっと、先輩の後をついてきたから。




私の学校は、大学の附属校で。

中学・高校が同じ敷地内にある。

校舎は違うけど、グラウンドや学食など共用部分も多くて。

先輩の所属する野球部のグランドにはいつも、学内の野球ファンが応援にきてた。

私は野球、全然わからないし。興味もなかったから、すごい選手がいるんだなーくらいにしか思ってなくて。グランド横を通り過ぎた先にある駐輪場から、毎日自転車下校してたんだけど。





なぜか、中3の時、高校生だった先輩からいきなり告白されて。

いつも見てたって。

ずっと気になってたって。




接点なんかないのに、なんで?って驚く私に、今までのエピソードを話してくれた。




雨の日の帰り、タオルを拾った私を見た、と。




(あー、そんなことあったね…)


グランド横にタオルが落ちてるのを見つけた私は、雨と泥でベチャベチャになったタオルを絞って、自分の自転車のカゴに入れ、持ち帰ったんだ。洗ってジップロックに入れて、ベンチの上に戻しておいた。いつの間にかなくなっていたから、持ち主が持って帰ったのかな?と安心したけど、先輩の野球部仲間の物だったそうで。

「いい匂いー。めっちゃ綺麗になってるー」と喜んでいたって。




駐輪場で自転車ナギ倒した人を手伝ったこともあったでしょ?と。




学食で、置きっ放しになってた誰かの食器、片付けたのも知ってる、と。




友達と楽しそうに笑ってるところも。

真剣に勉強してるところも。

文化祭の準備頑張ってたことや、持久走大会で具合悪くなったことだって知ってるよ、と。




そんなことまで知ってるの…とビックリする私に、




「いろんなところを見てきた。ずっと、いい子なんだろうな、かわいいなって思ってた。いきなりだから戸惑うと思うけど、これから、好きになってもらえるように頑張るから、めちゃめちゃ大事にするから、付き合ってください。」

って、先輩は頭を下げた。




誠意は伝わってきた。

きっと、いい人なんだろうってことも。

でも。

この場で決められるほどの勇気、私にはない。

好きでもないのに…良く知らないのに付き合うって…私にはできそうもない。




「…すみません、ごめんなさい…」




断って、これで終わると思った。でも先輩は、




「粘ってもいいかな?これから知ってもらって、付き合ってもらえるように、頑張りたい。とりあえずは友達でいいから」




「友達なら…」と、LINE交換して、ばったり会えば話をするくらいの仲にはなった。




といっても、先輩がばったりを装ってタイミング合わせてることも多かったんだけど。




会うと、「マイ」って、呼び捨てにするのも気になってはいたんだけど。




でも私は、ただの先輩後輩のつもりだった。

そもそも、人気者の先輩が、いつまでも私なんかを好きでいるはずないって。




…それなのに…




周りが放っておかなかったんだ…




告白を知った人が言いふらし。

ファンが、野球部が騒ぎ出す。




先輩は一応「ごめんね」って言うけど。

いやいや…わざとそっち方向に持ってってない?とさえ思う。




騒がれても、まんざらでもない顔して、それっぽく振る舞うから。




ポニテしてきた私を見かければ、「かわいいじゃん」って頭を触るし。




私の同級生の野球部員には、「マイに優しくしてな。助けてやってな」って言ったそうで。




周囲は「やっぱそうなんだ」って空気になってく。




有名人の先輩が、堂々と気持ちを見せるから。




周囲のほうも、

「彼が大事にしてるマイちゃんなら、みんなも大事にしよう!応援しよう!」みたいな空気ができてきて。




…意味わかんない。




告白、断ったはずなのに、公認カップルみたいに扱われて。



先輩はすっかりその気になって、部活がない日は「一緒に帰ろーぜ」と、中等部まで迎えに来ちゃうし。




部活がある日は、駐輪場へ向かう私に向かって、

「マイー!気をつけて帰れよー。夜、電話するわー!」ってグランドから声を張り上げる。




もともと注目されてる人なのに、余計目立つことを…って思う反面、注目されるのが好きだから、あえてやってるのか?とも思う。




「やめて」とか、「付き合ってないよね?」とか。

言おうと思うのに、いつもチャンスを逃す。

たぶん、言わせないように先輩がうまくやってるんだろうな…




それでも、無理矢理にでも終わりにしなかったのは。




大事に大切に扱われる心地よさを知ってしまったから。

大きな存在から、絶対的に守られてる安心感を、覚えてしまったから。




優しい穏やかな流れに、そのまま流されるのも…ありかなのかも…なんて。




先輩は、最初に言ったとおり、本当に、すごく大事にしてくれた。

関係を隠すこともなく、誰の前でも堂々と手をつなぐ。

どんなにからかわれても、胸を張って「マイが1番」って公言する。

いつでも私を気にかけてくれて、助けて、守ってくれる。

連絡もマメだし。

会ってる時も、電話でも、ラインでも、「かわいい」とか「大好き」って欠かさないし。




以前、私は、塾が一緒の男の子と付き合ってたんだけど、お互い不慣れでぎこちなかった。

塾の後、ファストフードでご飯食べて帰るとか。

休みの日にショッピングモールをウロウロするだけ、みたいなデート。

結局、私が塾を辞めてから会う機会も減って、自然消滅しちゃったんだけど。




それ以外、私に恋愛経験はなくて。




…だから…




真っ直ぐな気持ちを隠さない、堂々とした先輩の態度に。

 



私がポーっとしてても、先輩のほうから見つけに来て、グイグイ連れてってくれるような強さに。




私には…こういうほうが向いてるのかもしれないな…




なんて。




押されるまま、流されて。




いつの頃からか、手をつないでキスするまでになっていた。





力強い、しっかり者の先輩の後ろを。

ついていけばいいんだと思える安心感が、私には大きくて。




…情けないけど、私はそういうタイプなんだ。




小さい頃から、お母さんとお兄ちゃんに言われるままだった。




10こ年上のお兄ちゃんの後を、守られながら生きてきた。




気の強いお母さんに、言われるまま従ってきた。

この学校だってそう。

お母さんが「中学からあそこ入っちゃいなよ」って言うから、中学受験して、今に至る。




自分の意思がないんだよなぁ。




感情はあるけど、それを出すのは苦手。




みんなが嫌なほうが、よっぽどイヤ。




私はいいやって思ってる。




迷惑かけたくない。

嫌われたくない。

困らせたくない。




それなら自分が我慢しようって技が、身についてる。

その技が、私はとても得意だってことも。



先を行く人がいて。

グイグイ引っ張ってくれるなら。

私はそれに従うよ。

それが私らしいスタイル。



2年先を行く先輩の後を…

先輩がどんどん切り開いていく後ろを…



私は追いかけていけばいいんだ。

それが1番私らしい。




だから。




先輩が附属じゃない大学へ進学すると言った時、私はかなりうろたえた。




先に先輩が附属の大学へ行って。

2年後に私も同じ大学へ…と思っていたのに。




先輩もそのつもりだったはずなのに。




野球部引退の少し前から、先輩は肩に違和感があって。周りは止めたけど、最後まで投げたいと、頑張ってしまって。そして、引退したら、スパッと野球をやめた。




附属の大学で野球を続ける仲間の中、「俺はやり切ったからもういいわ」と、少し離れた大学での一人暮らしを決めた。




本当は、野球を続ける仲間と離れたかったんじゃないかと思う。

自分だけ、みんなと野球できなくなるのがつらかったんじゃないかな。




心配する私に、




「野球漬けから解放されたいだけだよ。一人暮らしもしてみたかったしね。マイ、俺先行ってるから、2年後来いよ?」




…あ、そうか。

私も附属じゃなく、先輩と同じ大学受ければいいのか。



将来やりたいことも見つかってない私にとって、こっちだよ、と引っ張ってくれる先輩の存在は大きい。




だから。

先輩がいて良かった。

私は先輩の背中を見てればいいんだよね?

先輩が引いてくれる手を、離さなければいいんだよね?

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